『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)

風間玲央

文字の大きさ
19 / 161

『第三話・6:聖女の黒歴史 ─神に愛された恥辱─』

しおりを挟む

壁の向こうには、涼やかな空気と祈りの静寂があるはずだった。
──わずかに香る、聖油と古い木の匂いが風に乗って流れてくる。
その境界を越えれば救いがあると知っていても、一歩が、あまりにも遠い。

「神よ……!」
リリアの震える声が石壁に反響する。

「破廉恥な格好をしてしまった私を……お許しください……!」

膝が石畳に触れる。
その冷たさが、心の奥まで染み込んでくる。

風も光も息をひそめ、ただ彼女の声だけが礼拝堂の外に残った。

「これは、罰なのでしょうか……?
 それとも、試練なのでしょうか……?
 教会に入ってもよろしいのでしょうか……?」

(……単なる呪いだから、しょうがねーんじゃねーかな。
まあ、神様も許してくれるって!)

(ていうかお前、神様に懺悔する前に俺に謝れよ……! この羞恥イベントに付き合ってるの誰だと思ってんだ!)

風が吹き、胸の布がふわりと持ち上がる。
(やめて風さん……もう、この子のHPは限界だよ。許してあげて!)

空気がまだ、その揺れの名残を抱いていた。
祈りとも嘆きともつかぬ沈黙が、彼女のまわりに落ちていく。

リリアはそんな声も知らず、両手を胸の前で組んでいた。
その仕草はあまりに純粋で、あまりに痛々しく、
“呪い”という言葉さえ、少しだけ優しく聞こえた。

彼女の唇が、かすかに震える。
それは祈りというより、赦しを求める子どもの息だった。

その時──静寂が、何かの予兆を孕んで揺れた。
扉の向こうから、規則正しい足音が響く。
重い木の床を踏む音が、ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。
その一歩ごとに、礼拝堂の空気がこちらへと押し寄せてくるのが感じられた。

ギィ……
古びた扉が、ほんの少しだけ開く。
差し込んだ光がリリアの肩を照らし、その輪郭を金色に縁取った。
同時に、礼拝堂特有の澄んだ香りが頬を撫でる。
その光は、香りまでも淡く揺らめかせるようだった。

そして――その瞬間、奇跡が、演出を選ばずに訪れた。

吊るされた銀の燭台が風に揺れた。
反射した光が壁や祭壇を跳ね返り、いくつもの筋となってリリアの背に重なっていく。
重なった光の線が、まるで天使の翼のように広がった。

誰もが息を呑んだ。
ただの偶然だったのに──その光景は、あまりにも神々しかった。

次の瞬間、拍手が爆発のように広がった。

音が石壁を震わせ、天井の聖像すら微かに揺らす。

「詩だ……神の啓示だ……!」

人々の喉から、感極まった叫びが一斉にこぼれ落ちる。誰もがこの瞬間を、天からの奇跡だと信じて疑わなかった。

熱狂が、静寂を食べていく。
光はまだ降り注いでいるのに──そこに神の気配はもうなかった。

拍手の音を聞きながら、リリアは悟った。
――この祈りは、もう神のものじゃない。
自分の羞恥も、涙も、誰かの感動にすり替わっていく。
それが救いなのか、それとも終わりなのか、彼女にはもうわからなかった。

その瞬間、世界は“解釈”を始めた。

──誰かが、最初の音を鳴らす。

熱狂に応えるように。
吟遊詩人がリュートを掻き鳴らし始める。
銀の弦が陽光を弾き、街のざわめきと混じり合って旋律を描く。

「おお……真昼の市街に舞い降りし“水着の聖女”!
余は必ず、この恥辱と勇気を歌に残そうぞ!」

「やめてえええええ!!お願いだから未来に残さないでぇぇぇ!!」
リリアは顔を覆って絶叫した。

しかし、彼女の悲鳴はすでに届かない。
拍手と歓声、そしてリュートの音色が波のように押し寄せ、
そのすべてが一つの祭りへと変わっていった。

吟遊詩人は目を閉じ、恍惚とした表情で唄い始める。
まるで神が本当にそこに降り立ったかのように──。

「……神暦一二三年、盛夏の午後。
水着姿の乙女、礼拝堂の前にて天を仰ぎ、涙は真珠のごとく石畳を濡らす。」

「その胸に宿る汗は、七色の宝石のごとく光り、
白きリボンは、烈日の中にあってもなお、希望の旗のごとく翻る──!」

「彼女が抱くは、かの勇者の魂を宿した聖なる護符──
形はぬいぐるみに似て、しかし神々の息吹を秘めしものなり!」

その場にいた書記官は、無表情のまま、しかし朗々とそれを読み上げ、同時に記録していく。
カリカリ……カリ……。
羊皮紙を削る筆音が、黒歴史を確定させる儀式の刻印のように響いた。

彼の瞳に光はなく、まるで神の意志を転写するだけの装置だった。
いや──それはもう、人ではない。
“黒歴史自動筆記機”。
その名を冠するにふさわしい、無慈悲な筆運び。

インク壺の黒は奈落のように揺れ、
そこからしたたる一滴一滴が、リリアの羞恥を永久保存する冷たい祈りの液体へと変わっていった。

「おお……!」
老婆は震える手で涙を拭いながら十字を切り、青年は鼻血を垂らしたまま天を仰ぐ。

「尊い……水着の聖女よ……!」
どこからともなく、嗚咽混じりの声が上がった。

その横で、商人が声を張り上げる。
「水着の聖女ステッカー! 一枚一枚手描きだよ! 転売禁止だよ!」

「公式ロザリオ型アクキーもあるよ! 限定五十個、祈りつき!」

鍋を叩いてリズムを取る子どもたち。
ドーナツ屋は「奇跡味、今だけ五銀貨!」と叫び、
隣の肉屋までも「祝福ソーセージ半額だ!」と続く。

そして──極めつけに聖職者が壇上で叫んだ。
「布面積少なきは、信仰深き証!」

……その瞬間、信仰と商売と狂気の境界線が消えた。

哲学者は後にこう記す。
『恥とは、神が人に与えた最も完成されたUIである。』

教会前は、もはや礼拝ではなくフェスだった。
聖歌のかわりにリュートと鍋のセッションが始まり、誰かが踊り出す。
「神よ……これ本当に啓示ですか!?」という声すら音楽の一部に溶けていった。

そんな喧騒の中、修道女の少女だけが口を押え、小さく呟いた。
「やめて……あの人、泣いてる……」

だが、神もログも、修正ボタンを押してはくれなかった。
笑いと賛美と商売の渦のなか、リリアは扉の前でただただ震えていた。
救済を願った祈りは、別の形で勝手に“祭り”へと変えられてしまっていた。

リリアは悟った。──恥とは、世界を動かす最初の祈りなのだと。

世界は、それを祝祭として記録した。
その日のことを、リリアは一生忘れなかった。

そして、その日は、五十年後──“聖女水着の日”として祝日となった。

──後の世の学者たちは語る。
「水着の聖女事件」は、宗教と商業とエンタメの融合を象徴する最初の祝祭であった──と。

そして、今日も誰かが言う。
『恥を恐れるな、それは奇跡の前触れだ』──と。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
 ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる

僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。 スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。 だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。 それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。 色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。 しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。 ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。 一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。 土曜日以外は毎日投稿してます。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

処理中です...