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『第二十八話・2 : スカイパレス防衛戦──金の犬と十竜の夜』
しおりを挟む「……嘘……竜族……?」
セラフィーは寝間着の裾を握りしめ、震える指で押さえた。
その瞳が夜空をとらえた瞬間、息を飲む音がかすかに響く。
群青の雲を裂くように、巨大な影が月光を遮った。
信じられない数の竜が、空を滑っていた。
月光を裂くようにして翼が広がる。
夜気が震え、鱗のひとつひとつが冷たい光を返した。
その尾がわずかに炎を曳き、群れは一直線にスカイパレスを目指して飛行してくる。
「ま、待って! 本当に攻撃してくるの!?」
セラフィーは叫んだ。
しかしその答えよりも早く、竜たちは一斉に咆哮した。
紅蓮の炎が奔流となって空を渡り、蒼雷が夜を裂き、氷の礫が流星のように降り注ぐ。
天地を焼き、砕き、凍らせる三つの力が、怒涛の奔流となってスカイパレスを目指して押し寄せた。
しかし――次の瞬間。
金色の光が塔の外壁を走り抜け、空間そのものが硬質な膜を張った。
空気が震え、見えない壁が現実に輪郭を持つ。
炎も雷も氷も、その透明な層に触れた瞬間、弾かれ、霧散した。
衝撃は空気の層の向こうでねじ曲がり、爆音だけが遅れて耳を打つ。
膜の表面に無数の光が花のように咲き、夜空を金に染めていく。
塔の外壁は微動だにせず、その中心でスカイパレスが静かに輝いていた。
まるで神の息吹が“形”を得て、この地を守っているかのようだった。
「ぎゃああああ!! 何のボス戦や!? BGM鳴ってねぇのに世界終わりそうやん!!」
ブッくんが光の粉を撒き散らしながら、空中でぐるぐる旋回していた。
(なんでこうなる!? ドラゴン十数体で同時ブレスとか、誰が想定してんだよ!)
(……でも、障壁は動いてる。ちゃんと仕事してる。よし、そこは評価する。)
(──ただこの出力……おいおい、設計限界どころか安全基準ブッ壊してねぇか!?)
光が空を裂くたび、リリアの髪が静電気でふわりと舞う。
(ていうか俺んちの上空で、今ドラゴンバトル起きてるんだが!?
修繕費どころか、保険屋が泣くレベルだぞこれ!!)
次の瞬間、上空の竜たちが再び動いた。
まるで合図でも受け取ったように、全群が翼をひるがえす。
第一波の炎と雷に続いて、今度はそれぞれが属性を掛け合わせるように口を開いた。
紅蓮に蒼雷が混ざり、黒紫の閃光が空を貫く。
氷の礫は砕けた瞬間、雷の尾を引いて散り、
竜たちの息が夜空を一枚の戦場に塗り替える。
空気が震え、地平線まで光が走った。
(第二波……!? しかも、さっきより規模が……!)
セラフィーが叫ぶ。
「もう一回!? こんな短時間で!? バカなの!?」
ブッくんが羽を震わせながら絶叫する。
「おい、今度のブレス、複合属性やんけぇぇぇ!! 蒸発すんぞこれぇ!!」
颯太は唇を噛み、息を詰めた。
(くそ……こいつら、本気でここを落とす気か……!? 頼む、耐えてくれ……!)
そのとき――足元でワン太がぴたりと動きを止めた。
吠えもせず、ただ夜空を見上げている。
毛並みの奥で、淡い金の光がふわりと灯った。
(……ワン太? なに、その光……?
待て待て待て、何のエネルギー反応だよそれ!?)
次の瞬間、金色の紋が夜空に花のように咲いた。
花弁のように広がる光の輪は、幾重にも重なり、まるで天そのものが防御陣を描いているかのようだった。
(……これ、俺の力じゃねぇ!! なんだよこれ、神域スケールか!?)
黒紫の閃光は触れた瞬間に光へと還り、
蒼白の雷は障壁に吸い込まれて無音の閃光へと変わる。
氷の礫は届く前に霧散し、ただ金の粒となって夜空へ還っていく。
金の光が空を覆った瞬間、世界そのものが息を止めた。
雲も風も、ただその奇跡を見守るために存在しているようだった。
空そのものが反転し、世界が“守られる”という行為の形をとって咲いていた。
「お、おおおお!? 跳ね返しとる! いやもう反射どころか倍返しどころか、神返しやんけぇぇぇ!!」
ブッくんの悲鳴が響く。
「……嘘でしょ……あれ、全部はね返したの?」
セラフィーが呆然と呟く。
寝間着の裾を握ったまま、まるで夢の中の光景を見ているような顔だった。
ワン太は微動だにせず、その金の瞳で光を追っていた。金色の障壁の反射が、瞳の奥でゆっくりと揺れている。
その瞳の奥で、ほんの一瞬だけ──竜たちが怯んだ。
その瞳の奥に、微かに──理性ではない何かが灯っていた。
スカイパレスの外壁は、まるで最初から“傷つく”という概念を知らないかのように無傷だった。
ただ静かに、金色の障壁だけが脈打つように呼吸し、夜空を包み込んでいた。
セラフィーがリリアの腕をつかむ。
「ねえリリア、あなた……いったい、どこまでの規模を扱ってるのよ……?」
(いや俺が聞きたいわ!! “軽く直した家”が、今ドラゴン軍団返り討ちにしてんだけど!?)
(ていうか、空の戦争起きてんの俺んちの玄関前だからな!? 自治会どう説明すんだよこれ!!)
(そもそも……俺、軽く家を直しただけなのに。なんで“伝説級迎撃魔導要塞”が建ってんだ……)
風が止み、空に金色の粒が舞った。
焦げた雲が裂け、群れを成していた竜たちが、次々と翼を折って離脱していく。
セラフィーが息を呑んだ。
「……あの竜たち、撤退してる……まるで、何かを……恐れてる……」
わん太は、ただ空を見上げていた。
風が止んでも、その金の瞳だけは揺らがない。
そこに映るのは、過去でも未来でもない――“記憶より古い光”だった。
(ワン太……? まさか、さっきの防御陣……お前が張ったのか?)
(いや、そんなわけ……でもこの光、完全に同じ波長だぞ!? やばいやばい、うちの犬のぬいぐるみ、魔導炉搭載してんのか!?)
金の光は静かに消え、夜が戻る。
(……やっぱり、ワン太……何かヤバい神様かなんかじゃ……?)
雲間に滲む金の光が、それに答えるように、ひときわ強く瞬いた。
そんな颯太のぼやきだけが、崩れた雲の隙間に溶けていった。
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