『勇者リリアと迫り来る魔王の軍団』 Eden Force Stories II(第二部)

風間玲央

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『第七話・4 : 焦げ砂糖と改宗する本』

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焦げ砂糖の匂いがまだ残る店内で、頁の奥からひゅうと冷たい風が逆流した。空気が一瞬、息を引き返すように震える。

「油断したな、リリア! 今度は――お前丸ごと喰うてまうわ!
 お好み焼きもたこ焼きも、具はお前やでぇぇ!!」

「――死ねやぁッ!! ボケェッ!!」

裂けるような紙の音が、店の空気を切り裂いた。
呪いの本はかすかに震え、頁が次々とめくれていく。
めくれた紙の縁から黒い文字がこぼれ、刃のように空間を裂いた。

瞬間、リリアの体が反射的に動いた。
レーバティン・ゼロの柄が閃き、呪いの本の中枢――背表紙の芯を叩き抜く。

「ぐえーーッ!!」

本は床の上で紙束が暴れるように散り、ページをばら撒きながらのたうった。
一滴のインクがこぼれ、焦げ砂糖の跡にじゅっと吸い込まれていく。
煙のような黒がふっと立ちのぼり、店の空気に甘苦い匂いを残した。

(……うわ、反射でやっちゃったけど、今の完全にカウンターだったな……)

本は床の上で痙攣するみたいに跳ね、
「ぐ…ぐぐぐ……!」と苦しげにページを震わせていたが――

やがて、ぴたりと動きを止めた。

しん、と店内の空気が固まる。
リリアとセラフィーが息を呑む。

一枚だけ、破れかけた紙片が、
空気の流れもないのに――ふわりと揺れた

――次の瞬間。

「ま、ま、ま、まぁっ!! これは軽い冗談ですわ!!! ほんまにやるわけないやないでっか!!!」

ばっ!と勢いよくページが整い、表紙が“無理やり笑顔”の形に折れ曲がる。

「はい!ドッキリ大成功で~す!!」

「いや回ってねぇよカメラ!!」
「どこがドッキリだよ、ただの暴挙だろ……」
「……もうさ。お前、マジで燃やすぞ?」

リリアは眉を吊り上げ、剣を肩に担いだ。

「リリア! また男言葉になってる!」
セラフィーの制止は風に消えた。

場の空気がぎゅっと締まる。呪いの本はぴくりと震え、頁の端が不気味に波打った。

「ま、まってぇな、女神はん!」
本が慌てて叫ぶ。

「ワイ、もう悪さなんてせぇへん! 二度とや!
反省やのうて――改宗や!!!」

「今日からワイは、女神はんの“棚”で生きる本や。
ページはミルフィーユみたいに忠誠重ねて、
余白には生クリームみたいにそっと添えて、
綴じ糸一本まで信仰で縛り固めますんや。」

本は表紙ごと床にぺたんと伏せ、震える。

「だからお願いや、燃やすんは勘弁してや……
ワイ、燃えたら中のジャムごと『パァン!』て爆ぜて、
店じゅうカスタードまみれにしてまうタイプやねん。
後片付け地獄やで、ほんま。」

そこから声が、すっと低くなった。

「――命ごと女神はんに預けまっせ。
開けと言われりゃ開くし、破れ言われりゃ破れる。
余白の白まで捧げます。
逆らう気は、一文字ぶんの影もあらへん。」

煤けた頁は床にぺたりと貼りつき、
古参の従者が額を地にすりつけるように、徹底的に平伏していた。

「お前ふざけんなよ! 調子乗るなっての!!」
リリアが剣を肩に担いだまま怒鳴る。

「……また男言葉になってるわよ。」
セラフィーが肩をすくめる。

「それにしても、ほんと、やかましい本ね……」
セラフィーがこめかみを押さえ、深く溜息を落とした。

呪いの本は、ぺこぺこと頁を折り曲げ、
必死に土下座のような形を作っている。

「すんまへん! もう二度と逆らいまへん! ほんまに反省しとりまっせ!!」

その声が店内に反響した瞬間、セラフィーはふっと微笑んだ。
「ここまで頭を下げてるなら……もう許してあげてもいいんじゃない?」

「はあ?」

リリアは舌打ちした。
怒りはまだ胸の奥に熱を残している。
けれど、握る剣の先は、ほんのわずかに下がっていた。

焦げ砂糖の匂いが、まだ空気に残っている。

(……あーーー、ほらな。内心ちょっと満更でもねぇ俺が一番情けねぇ。
 これでケーキ一個出されたら、多分もう許してんだろ……俺……)

喉の奥が、ひとつ鳴った。

「ちゃんとやれよ。……それでいいから。」

呪いの本はぱっと頁を跳ね上げ、涙目のように文字をにじませた。
「ほ、ほんまか!? ワイ、女神はんのために何でもするでぇぇ!」

「何でも、ね……。」

リリアがわざと意味深に呟くと、本はぴたりと動きを止めた。
「……お手柔らかに頼んますわ……!」

セラフィーが小さく笑う。
「ふふっ。こうして反省してるなら、悪くないんじゃない?」

焦げ砂糖の香りが、ふっと甘く変わる。
セラフィーは、胸の奥にやっと息が戻ったようにそっと目を伏せた。
まるで新しい菓子が焼き上がった瞬間の、やわらかな空気。

呪いの本は小さく身を震わせ、頁の端をそっと折った。
それは、恥ずかしそうに返す「……はい」の仕草のようだった。

空気が、すこしだけやわらいだ。

店の奥で、オーブンが小さく――こん、と鳴った。
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