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第一章:穢れの森編
例のパーティー
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領主の執事、セバスチャンからの依頼を引き受けた翌日。私は薬屋のドアに『薬草採集のため、二、三日留守にします』という札をかけ、街の中央広場で開かれている市場へと足を運んでいた。
これから向かう森の奥地は、普段の「趣味」で行く場所とは少し違う。特殊な薬草が生えている場所は、それだけ魔力の影響が濃く、予期せぬ事態も起こりやすい。準備は万全にしていくに越したことはない。
「あらリリエル先生、お出かけかい?」
「うん、布屋のおかみさん。少し遠出するから、丈夫な保存用の布が欲しくて。湿気は通すけど、薬草の成分が逃げにくいような、いい布はない? 」
「それなら、ドワーフが織ったこの『風切り布』がいいよ! 丈夫だし、通気性も抜群さ。先生なら、この布の良さが分かるだろう?」
市場の活気は、私の心を弾ませる。
色とりどりの野菜や果物、香ばしい焼き菓子の匂い、人々の賑やかな話し声。
その全てが、生命力に満ち溢れている。
馴染みの店主たちと会話を交わしながら、私は旅に必要なものを手際よく揃えていった。
保存食用の干し肉と硬いパン、それから、万が一に備えて、傷口を縫合するための極細の針と丈夫な糸。
薬師の仕事は、薬を作ることだけじゃない。その材料を採りに行くための準備もまた、重要な仕事の一部なのだ。
頭の中では、すでに森の地図と、目的の薬草までの最短ルートを描き出している。
今回は「仕事」だ。寄り道をしている暇はない。
必要なものをあらかた買い揃え、最後に新しい水筒を品定めしていた、その時だった。ふと、背後から突き刺さるような、いくつかの視線を感じた。
一つは困惑、一つは純粋な好奇心、そしてもう一つは……明らかな敵意。
ゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは、数日前の夜、カラムの崖で出会った三人の冒険者パーティだった。
◇
気まずい沈黙が、市場の喧騒の中、私たちの周りだけを切り取ったかのように落ちた。
リーダー格だった大盾の戦士は、まるで石像のように固まっている。その隣に立つ斥候の女性は、興味深そうに首をかしげて、じっと私を観察していた。そして、一番年下に見える魔術師の少年は、忌々しげに顔をそむけ、腕を組んでいる。
(ああ、そういえば……)
私はようやく、彼らのことをはっきりと思い出した。崖で騒いでいた人たちだ。私の大事な月見スポットを、ゴブリンに荒らされていた、あの。
「やあ」
とりあえず、当たり障りなく声をかけてみる。すると、硬直していた戦士が、びくりと肩を震わせた。彼は意を決したように一歩前に出ると、ぎこちない、まるで錆びついたブリキ人形のような動きで、私に向き直った。
「君は……先日の夜、カラムの崖にいたエルフだな」
「うん、そうだよ。どうも。崖で出会った皆さんだよね」
私がそう言うと、戦士の男が一歩前に出てきて、少しだけ頭を下げて言った。
「先日は……その、すまなかった。そして、我々を助けてくれたことには、感謝する」
「え? ああ、うん。どういたしまして?」
なんだか、すごく真剣な顔をしている。私はただ、うるさいゴブリンたちに静かにしてもらっただけなんだけど。
「一つ、聞きたい。君は一体、何者なんだ? あの魔法……あれは、ただの薬師が使えるような代物じゃない。ギルドにも、君のような高位の魔法使いは登録されていないはずだ」
リーダーの戦士は、まっすぐに私を見つめてくる。その瞳には、疑いと、ほんの少しの恐怖と、そして冒険者としての純粋な探求心が混じり合っていた。
なるほど。彼らは、私のことを何かすごい魔法使いか何かだと勘違いしているらしい。面倒くさいことこの上ない。
「うーん、だから、ただの薬師だって言ってるじゃない」
私は肩をすくめて答えた。
「あの魔法みたいなのも、おばあちゃんに教わった、害虫駆除のためのおまじないみたいなものだし。大したものじゃないよ」
「害虫……駆除……だと……?」
魔術師の少年が、わなわなと拳を震わせる。自分たちが命がけで戦ったロックゴブリンの群れを「害虫」と言われたのが、彼のプライドに障ったのだろうか。
「あ、いや、別にゴブリンのことを害虫って言っているんじゃなくて、その、語弊だよ!ごめんなさいっ!」
さらに噛みつこうとしてくる魔術師を、戦士の男は片手で制して再び口を開いた。
「とにかく! 俺たちは、君に礼も言いたいし、話も聞きたい。俺はCランクパーティ『ブレイズホーク』のリーダー、ダリオスだ。こっちが斥候のキーラ、魔術師のレオン。君の名前を教えてくれないか」
ダリオスと名乗った戦士は、真摯な態度でそう言った。きっと、彼なりに、すごく誠実に対応しようとしてくれているのだろう。
でも。
「ごめん、今ちょっと、急いでるんだ!あ、私の名前はリリエルだよ!」
私には、彼らの生真面目な問答に長々と付き合っている時間はなかった。頭の中は、これから始まる「仕事」のことでいっぱいなのだ。
「これから、すっごく面白い薬を作るための、大事な材料を採りに行くの! だから、お話はまた今度ね!」
私は、太陽みたいな満面の笑みを彼らに向けた。
「それじゃあ! 皆さんも、もうゴブリンなんかに負けないで、お仕事がんばってね! ばいばーい!」
言いたいことだけ言うと、私はくるりと背を向け、人混みの中へと駆け出した。後ろで三人が呆然と立ち尽くしている気配を感じたけれど、もう振り返らなかった。
残された三人のうち、リーダーのダリオスは、差し伸べようとした手の行き場を失い、ただ立ち尽くす。
魔術師のレオンは、侮辱されたと感じたのか、悔しそうに唇を噛みしめる。
そして、斥候のキーラだけが、面白いおもちゃを見つけた子供のように、私の消えていった方を眺めながら、小さく呟いた。
「……薬師、ねえ。ますます、分からなくなってきたわ」
彼らの私に対する「謎」が、さらに一つ、深まった瞬間だった。
これから向かう森の奥地は、普段の「趣味」で行く場所とは少し違う。特殊な薬草が生えている場所は、それだけ魔力の影響が濃く、予期せぬ事態も起こりやすい。準備は万全にしていくに越したことはない。
「あらリリエル先生、お出かけかい?」
「うん、布屋のおかみさん。少し遠出するから、丈夫な保存用の布が欲しくて。湿気は通すけど、薬草の成分が逃げにくいような、いい布はない? 」
「それなら、ドワーフが織ったこの『風切り布』がいいよ! 丈夫だし、通気性も抜群さ。先生なら、この布の良さが分かるだろう?」
市場の活気は、私の心を弾ませる。
色とりどりの野菜や果物、香ばしい焼き菓子の匂い、人々の賑やかな話し声。
その全てが、生命力に満ち溢れている。
馴染みの店主たちと会話を交わしながら、私は旅に必要なものを手際よく揃えていった。
保存食用の干し肉と硬いパン、それから、万が一に備えて、傷口を縫合するための極細の針と丈夫な糸。
薬師の仕事は、薬を作ることだけじゃない。その材料を採りに行くための準備もまた、重要な仕事の一部なのだ。
頭の中では、すでに森の地図と、目的の薬草までの最短ルートを描き出している。
今回は「仕事」だ。寄り道をしている暇はない。
必要なものをあらかた買い揃え、最後に新しい水筒を品定めしていた、その時だった。ふと、背後から突き刺さるような、いくつかの視線を感じた。
一つは困惑、一つは純粋な好奇心、そしてもう一つは……明らかな敵意。
ゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは、数日前の夜、カラムの崖で出会った三人の冒険者パーティだった。
◇
気まずい沈黙が、市場の喧騒の中、私たちの周りだけを切り取ったかのように落ちた。
リーダー格だった大盾の戦士は、まるで石像のように固まっている。その隣に立つ斥候の女性は、興味深そうに首をかしげて、じっと私を観察していた。そして、一番年下に見える魔術師の少年は、忌々しげに顔をそむけ、腕を組んでいる。
(ああ、そういえば……)
私はようやく、彼らのことをはっきりと思い出した。崖で騒いでいた人たちだ。私の大事な月見スポットを、ゴブリンに荒らされていた、あの。
「やあ」
とりあえず、当たり障りなく声をかけてみる。すると、硬直していた戦士が、びくりと肩を震わせた。彼は意を決したように一歩前に出ると、ぎこちない、まるで錆びついたブリキ人形のような動きで、私に向き直った。
「君は……先日の夜、カラムの崖にいたエルフだな」
「うん、そうだよ。どうも。崖で出会った皆さんだよね」
私がそう言うと、戦士の男が一歩前に出てきて、少しだけ頭を下げて言った。
「先日は……その、すまなかった。そして、我々を助けてくれたことには、感謝する」
「え? ああ、うん。どういたしまして?」
なんだか、すごく真剣な顔をしている。私はただ、うるさいゴブリンたちに静かにしてもらっただけなんだけど。
「一つ、聞きたい。君は一体、何者なんだ? あの魔法……あれは、ただの薬師が使えるような代物じゃない。ギルドにも、君のような高位の魔法使いは登録されていないはずだ」
リーダーの戦士は、まっすぐに私を見つめてくる。その瞳には、疑いと、ほんの少しの恐怖と、そして冒険者としての純粋な探求心が混じり合っていた。
なるほど。彼らは、私のことを何かすごい魔法使いか何かだと勘違いしているらしい。面倒くさいことこの上ない。
「うーん、だから、ただの薬師だって言ってるじゃない」
私は肩をすくめて答えた。
「あの魔法みたいなのも、おばあちゃんに教わった、害虫駆除のためのおまじないみたいなものだし。大したものじゃないよ」
「害虫……駆除……だと……?」
魔術師の少年が、わなわなと拳を震わせる。自分たちが命がけで戦ったロックゴブリンの群れを「害虫」と言われたのが、彼のプライドに障ったのだろうか。
「あ、いや、別にゴブリンのことを害虫って言っているんじゃなくて、その、語弊だよ!ごめんなさいっ!」
さらに噛みつこうとしてくる魔術師を、戦士の男は片手で制して再び口を開いた。
「とにかく! 俺たちは、君に礼も言いたいし、話も聞きたい。俺はCランクパーティ『ブレイズホーク』のリーダー、ダリオスだ。こっちが斥候のキーラ、魔術師のレオン。君の名前を教えてくれないか」
ダリオスと名乗った戦士は、真摯な態度でそう言った。きっと、彼なりに、すごく誠実に対応しようとしてくれているのだろう。
でも。
「ごめん、今ちょっと、急いでるんだ!あ、私の名前はリリエルだよ!」
私には、彼らの生真面目な問答に長々と付き合っている時間はなかった。頭の中は、これから始まる「仕事」のことでいっぱいなのだ。
「これから、すっごく面白い薬を作るための、大事な材料を採りに行くの! だから、お話はまた今度ね!」
私は、太陽みたいな満面の笑みを彼らに向けた。
「それじゃあ! 皆さんも、もうゴブリンなんかに負けないで、お仕事がんばってね! ばいばーい!」
言いたいことだけ言うと、私はくるりと背を向け、人混みの中へと駆け出した。後ろで三人が呆然と立ち尽くしている気配を感じたけれど、もう振り返らなかった。
残された三人のうち、リーダーのダリオスは、差し伸べようとした手の行き場を失い、ただ立ち尽くす。
魔術師のレオンは、侮辱されたと感じたのか、悔しそうに唇を噛みしめる。
そして、斥候のキーラだけが、面白いおもちゃを見つけた子供のように、私の消えていった方を眺めながら、小さく呟いた。
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彼らの私に対する「謎」が、さらに一つ、深まった瞬間だった。
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