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異世界編
(13)事情説明
しおりを挟む~紗彩目線~
「…………相性、よくないんですか?」
ジョゼフさんお言葉に、私は思わず聞き返してしまった。
いや相性が悪い人がいるとは説明を聞いていたから理解はできるけど、まさか自分がそうとは思わないし。
私の質問に、ジョゼフさんは頷く。
『そうだね。まあ、心配せずとも文字やこの国の言葉は私たちが教える。安心していい』
「え…………でも、忙しいですよね?」
狼さんたちから直接仕事の内容を聞いたわけじゃないけど、たぶん彼らの服装からして軍関係の人だとは思うけど。
それに、目の前にいるジョゼフさんは医者だって明言していたから忙しいはず。
それなのに、私の言語習得を手伝ってくれるの?
『遠慮しなくてもいいよ。困ったときは、周りに頼りなさい。私も他の者も、君が頼ったとしても怒る者はいない。さて…………これから診察をするから、君たちは出て行ってくれ』
ジョゼフさんが私に言うと、狼さんと黒猫さんの方を向いて入り口のドアの方を指さして言った。
あ、やっぱり診察だから服を脱いだりするのかな?
それなら、さすがに医者じゃない狼さんたちがいるのは恥ずかしい。
『私たちですか』
『君たち以外に誰がいるんだい? それとも、レディの裸体を見たいのかい?』
『いえ! そういうわけではありませんが…………』
黒猫さんが、ジョゼフさんの言葉を否定しながら私の方をチラチラ見てくる。
何か、私とジョゼフさんを二人きりにしてはいけない理由でもあるのかもしれない。
よくよく考えれば、彼らからすれば私は何処から来たのかもわからない不審者だ。
それをふまえると、彼が私とジョゼフさんを二人きりにさせたくないのもうなずける。
私がそう考えていると、ジョゼフさんは溜息をついた。
『まったく、心配せずともこの子はちゃんと私が見ておくから安心しなさい』
『…………確かに、俺たちがいても役には立たないな』
『その代わり、君たちはセレス君とノーヴァ君に彼女のことを伝えてきてくれないかい? 診察は、魔法があるとはいえ時間がかかるからね』
『ああ』
『わかりました。では、行ってきますのでお願いします』
ジョゼフさんが呆れたように言うと、狼さんがポツリと言う。
いや、別に役立たずってわけじゃないんだけど。
ただ、いくら命の恩人でも裸とかは見られたくない。
そう思っていると、ジョゼフさんが狼さんと黒猫さんに提案して、二人が了承して部屋から出ていく。
なんだか、一方的とはいえ相手がなんて言っているのかがわかるのっていいものかもしれない。
少なくとも、何を言っているのかわかれば無駄に不安な思いを抱くこともないし。
ジョゼフさんは部屋から出て言った二人を見送った後、私の方を向いた。
『さて、診察の準備が終わるまでまだ時間がある。その間、一緒にお話ししようか』
「はい」
ジョゼフさんは、呆れたような表情から真面目な表情に変わった。
ジョゼフさんはお話と表現しているけど、実際には事情説明みたいなものなんだろう。
とりあえず、この話し合いでどれだけ自分が無害であるかを相手にわかってもらわなきゃいけない。
下手に答えを間違えて勘違いされた結果、相手が私を危険視した場合私が一番危ない。
彼らが本気を出せば、私なんて一発で体を拘束されてしまうだろうし。
身長とか力の差もあるけど、何より男と女で身体能力はかなり変わってくる。
とにかく今の私にできることは、私がここにいるのは私の意思ではないことと、私に敵対する意思はないってことを分かってもらうこと。
今は帰れるかとか考える前に、これだけは伝えなきゃ。
『それじゃあ、どうしてあの森の中にいたのかわかるかい?』
「それは…………わかりません。気付いたら、あそこにいたんです」
『気付いたら?』
やっぱり最初に聞かれたことは、どうしてあの森の中にいたのかか。
これに関しては、まあ予想通り。
そう思っていると、あそこに来る前のことを思い出す。
確か、私は徹夜と今までの疲れから会社に着くまで電車の中で眠ろうとしていたんだ。
徹夜で書類を作っている時に実家の母さんから連絡が来て、イライラからあたっちゃってそれが悲しくて少し泣いちゃったから余計に疲れていた。
幸い、会社は最後の駅で降りるから寝過ごす危険性もなかったし。
それで眠って、何か違和感を感じて目を覚ましたらあの森の中にいた。
うん、今思い出しても本当に意味が分からない。
異世界に行く小説って、死んで神様に出会うか召喚されるかの二つのパターンなのかと思っていた。
というか、まずあの小説って創作だから現実に起こるなんて思わなかった。
「はい。仕事先に向かっている途中、眠たくなって眠ったんです。それで目を覚ましたら……」
『あの森の中にいたということだね』
ジョゼフさんの言葉に、私は頷いた。
私が頷いたのを見たジョゼフさんは安堵しているけれどどこか苦々しそうな表情を浮かべていた。
『そうか。教えてくれてありがとう。君が、二人に保護されてよかったよ』
「私も二人にお礼が言いたいです。あのままじゃあ、きっと餓死していたと思いますし」
『そうだね。あの森は夜になると霧も発生して出ること自体怪しくなるから、基本よほどのことがない限りはあの森に入らないようにしているんだよ。あそこの魔物は、とても強い。君が無事で、本当に良かったよ』
ジョゼフさんの言葉を聞いて、私は背筋がひやりと冷たくなったのを感じた。
もし、あの時彼らに会わなければ?
魔物って言うのは、たぶん二人が追っていた牛みたいな化け物のことかもしれない。
もし、彼らがあの化け物を追っていなかったら?
私は、死んでいたかもしれない。
そう考えると、途端に不安がやって来る。
もしかしたら、あの鋭い角に貫かれて死んだかもしれない。
空腹で体が動かなくなって、孤独を感じながら餓死したかもしれない。
何より、母さんとあんなふうに喧嘩別れしたまま誰にも知られないで死んだかもしれない。
どんどん悪いあったかもしれない未来を想像して、とても不安になってくる。
目頭がツンとなって、泣きそうになる。
なんで、私がこんな目に合うんだろう?
私は、ただいつも通りに行動していただけなのに。
泣きそうになるのをこらえていると息苦しくなり、思わず俯いてしまう。
泣きそうになるけれど、私は大人だ。
転んだだけで泣いてしまう子供じゃない。
子供が泣けば周りは心配するけど、大人が泣いていれば白い目で見られる。
ただでさえ、味方がいない環境なのに周りからそんな目を見られればどうなる?
耐えろ、泣くな。
大丈夫、理不尽に怒られたり仕事を押し付けられた時もあった。
今だって、ある意味その状況と似ているじゃないか。
耐えろ、あの時だって耐えれた。
大丈夫、笑え。
笑って、なんとか周りを味方につけろ。
そう自分に言い聞かせていると、床を見ていた頭に温もりを感じた。
『…………大丈夫だよ。君が泣いて怒る人は、いない。だから、安心して泣いていいんだよ』
「でも」
『でも、じゃないよ。自分の感情を抑え込む時が必要な時もあるが、君は抑え込む必要はない。そんなに抑え込んでしまっては、いつか爆発してしまうよ』
ジョゼフさんの優しげな言葉を聞いて、彼に撫でられて我慢していた心が壊れた気がした。
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