常闇市逢魔町の日常怪奇譚

坂神ユキ

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1章:水鏡の向こうから呼ぶ声

(2)

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 気がつけば、私は門の前に立っていた。

 目の前には、ドアが腐り落ちて開いたままの門。
 門の中には、古ぼけ荒れ果てた日本家屋。
 障子は破れ、壁がボロボロになっている。
 雑草はボウボウと生い茂り、ずっと人の出入りがないことがわかる。
 辺りは暗く、街灯もない。
 日本家屋の周りは、うっそうとした森が広がっている。

 なんというか今にも崩れ落ちそうで、お化け屋敷よりも不気味な雰囲気を漂わせている。

 ゾクリと不気味に思っていると、ヒューと流れっる生暖かい風を感じあまりの不気味さに腕をさすった。

 私は長そで長ズボンの春用のパジャマだった。
 靴は履いていなくて、裸足のままで土の上に立っている。
 足の裏で、地面のザラザラとした感触を感じる。

 ドクンドクンと早鐘を打つ胸を抑える。
 心臓の音が、外からでも聞こえてしまいそうなぐらい大きくなっているのを感じる。
 逃げ出したいのに、逃げだせない。
 まるで崖の先に立っているようで、逃げようと動いた瞬間落ちて死ぬんじゃないかと思ってしまう。

 なぜ、そう思ってしまうのかわからない。
 もしかしたら、目の前の風景やこの空間の雰囲気からそう感じてしまったのかもしれない。
 今すぐ逃げたい。
 そう強く思ってしまう。


「ミユ……ミユ……、さあ此方へ」


 誰かが、私を呼ぶ声。
 まったく聞き覚えがなく、低いけれどまるで鈴の音のようなどこか不思議な雰囲気が漂う声。
 そんな声が、古ぼけた壁に囲まれている今にも崩れ落ちそうな日本家屋の中から聞こえてくる。

 声からわかるのは、私を呼んでいるのが男性だということだけ。
 でも、行くことはできない。
 私の勘が、行ってはいけないと言っている。
 私の勘は昔からよく当たったから、行ってはいけないのはきっと正しい判断なんだ。


「ミユ…………なぜ、貴方は私のもとに来てくれないのですか?」


 声は、悲壮感が漂う悲しげな声音だった。

 一瞬、前に足を踏み出しそうになるのをなんとか耐える。
 行ってはいけないと思い、目をつぶり、両手で両耳をふさぎその場にしゃがみ込む。


「…………なぜ、来てくれないのでしょうか? クロ」
「わからん。こちらから行くか?」


 耳をふさいでいるのに、しっかりと聞こえる二つの声。
 片方は、私を呼ぶ声。
 もう片方は私を呼ぶ声よりも低く、まるで沼の底のように冷たく重い雰囲気が漂う声。
 どうして、耳をふさいでいるのに聞こえてくるの?

 そう思ったけど、違うと自分で否定した。
 耳からじゃない。
 声は、頭の中に直接聞こえてきた。
 そのことに恐怖しながらも、冷静になろうと今の状況について考える。
 きっと考えれば、なにかこの状況から逃げる方法を思いつくかもしれない。
 相手の言っている【くろ】。
 もしかしたら、相手の名前かもしれない。
 名前というよりは、愛称かもしれないけど。


「ええ、ええ。そうしましょう。ミユは怪我をしていましたからね。足が痛むのでしょう」


 どうして、知っているの?
 冷静になって考えようと思っていたのに、驚くべき情報を聞いて思考を停止してしまった。
 いや、茫然としてしまった。

 私の足の怪我。
 私が怪我を負ったのは、中学の頃だった。
 その後、高校入学のために東京に引っ越してきた。
 怪我をして陸上をやめたけど長時間走らない限り日常生活には影響しなかったから、高校のクラスメートは知らない。
 だから、私の怪我のことを知っているのは同じ高校に入学した幼馴染と両親だけなのに。
 それなのに、どうして貴方達が知っているの?
 幼馴染と両親しか知らない事実を知っていることに、相手への畏怖で固まってしまった。
 どうして、相手は怪我のことを知っている?
 私は、あの声の人たちに知らないうちに会っているの?
 そう思ったけど、相手が言った言葉を思い出す。


【こちらから行くか?】


 重い雰囲気の声の人は、そう言った。
 そのままの意味をとれば、相手は私の元に来る。

 慌てて逃げるために立ち上がろうとするけれど、さっきまで動いていた体が動かない。
 何か、見えないものの強い力で上から押さえつけられているようだ。

 逃げられない。

 そう、本能的に思った。
 なんとか自分を押さえつけている見えない存在から逃げようともがいていると、急に体が自由になりフラリとバランスを崩しそうになる。

 ぶつかる!!

 小さな衝撃に耐えるため目をつぶると、誰かに左手首を掴まれグイッと引っ張られる。
 その瞬間、今までに感じたことのない冷たさに思わず身震いしてしまった。
 冷たいなんてものじゃない。
 掴まれた瞬間、全身の鳥肌がザワリとたっているのを感じる。



 恐る恐る顔を上げると、目の前にいたのはニヤリと笑う白銀の髪と紫銀の瞳を持つ男性だった。
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