【完結】守り鬼

朔灯まい

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1.可愛い鬼のキーホルダーがイケメンに化けた

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 なんて事ない普通の高校生活を送りたかっただけなのに、いったい私が何をしたの?

「あー、またやってる」
「それくらいにしないと先生に怒られるわよ」

 くすくすと私の姿を見てせせら笑う女子達

「やべっ、本当に来るぞ」
「おい逃げろ!!!」


 先ほどまで私の机の周りに集っていた男子達は先生の気配を察したのか足早に去っていった。
 いつの間にかそれを見ていた女子達もいなくなっていた。
 私以外誰もいなくなった教室。残ったのは破られた教科書とボロボロのバッグに、綿が出た鬼のキーホルダー

「オー、くん」

 幼い頃お母さんに買ってもらったピンクと紫の二本角がトレードマークのぬいぐるみキーホルダー。
 オーくんと名付けたそれは、汚れれば洗って、ほつれがあれば縫って、大切に大切にしてきた私の宝物。
 それが、ビーズで出来た目は一つ取れて、破れた足からは綿が飛び出している。
 

「…っ」

 無惨な状態のオーくんの姿に我慢していた涙が途端に溢れてきた。

「とまれ、とまれ…」

 ぱらぱらと机の上に落ちる涙は止まるどころか酷くなるばかり。

「んぐ…うっ、…うう…っ…」
「貴女に涙は似合いませんよ」
「……っ…えっ?」

 突然響く男の声。
 私しかいないはずの教室から聴こえてきた声に思わず顔を上げたが、そこには誰もいない。

「はっ…??」

 後ろを振り返るも、やはり姿はない。教室のドアが開けられた形跡もなく、窓も閉じてる。
 一体どこから…?

「ここですよ、ここ」
「え?」
「あれ?もしや私の姿見えてない?」


 またしても聴こえてくる男の声と共にぶちりと何かがちぎれる音がした。
 そして私の目には信じられない光景が広がる。

「あっ、え…」
「やっと貴女と言葉を交わせるようになったというのに、この状況は芳しくないですね」
「はっ、」
「どうも、貴女の大好きなオーくんですよ」


 あまりにも非現実的な事象を前に、止まらなかったはずの涙はいつの間にか止まっていた。



#


「私は夢を見てるのかな」
「夢じゃありませんよ、現実です」
「私の知ってる現実では、キーホルダーが勝手に喋りだしたりしない」
「んー、どうしたら信じてもらえますかねえ」

 突然話し出した鬼のキーホルダーこと、オーくん。あまりにも突飛すぎる状況に涙は完全に引っ込んでいた。
 先ほど聞こえたちぎれた音は、どうやらチェーンからキーホルダーが取れた音らしく、私のバッグにはオーくんがぶら下がっていない。
 信じたくはないが机の上にちょこんと立っているオーくんは、私のバッグにぶら下がっていたオーくんで間違いないらしい。
 ……目は取れてるし、足から綿も出てる。

「オーくん、ねえ…」
「まだ信じてませんね?」
「それはそうでしょ、信じる方がどうかしてる」

 目の前のキーホルダーを持ち上げてどこかに小型のマイクでもついているのか確認するが、どこにもそんなものは見当たらない。

「ちょ、お腹押しすぎですよ、綿が出てきちゃいます」
「後で縫うから…いいの…それより何かしら機械取り付けられてんの見つけなきゃ…」
「そんなものありませんよ。はあ…こうなったら仕方ありません」

 マイクもそうだが、盗聴器でも仕掛けられてたらたまったもんじゃないと、必死で探していたら何故かため息をつかれた。
 それでも探すのをやめずにオーくんのお腹を押しながら触っていたら、身を捩り私の手から離れていった。

「う、動いた…」
「先に言いますが、遠隔操作はされていません。ましてや、盗聴もされてませんし、マイクもついてません。私は私の意思で話しています」
「本当に…キーホルダーが話してるの…?」

 キーホルダーに命が宿ったとでも言うのだろうか。そんなあり得ない事、ある?

「仕方ない、奥の手を使いましょう」
「奥の手…??…っわ!!!」

 そういうなり、オーくんの体からぼふっと煙が上がり、一瞬であたり一面を煙が覆い尽くした。
 慌てて立ち上がって逃げようとすると、立ち上がった拍子に倒れた椅子に足が引っかかった。
 
「やばっ、」
「っと、危ない」
「…え、」

 体に衝撃が訪れることはなかった。
 反射で閉じた目を開ければ、あれだけ立ち昇っていた煙はなくなっており、目の前にはピンクと紫の角を生やした男が私を抱き止めていた。

天音あまね、私は貴女をずっと見守っておりました」
「はっ?いや、う、そ…」
「嘘ではありません、私は貴女が小さい頃から見守ってましたよ」
「そ、そうじゃなくて…!」
「ですから、先程から言っているでしょう。私がオーくんですよ、天音」
「ス、ストーカー…」
「…目の前でキーホルダーがこの姿になっても、まだ信じられませんか?」


 いまだ私の腰に手を回したまま、ずいっと私に顔を近づけ、満面の笑みを浮かべる自らをオーくんと自称するコスプレストーカー男…。と言いたいところだけれど、いい加減私は目の前で起こるこの事象を現実として受け入れなければならないのかもしれない。

 …それより、顔が近い!!!無駄に整ったその顔を近づけないで!!!!!!


「…かっ、帰るから離れて!!」
「そうですね、名残惜しいですが、ここではゆっくり話もできませんから帰りましょう」

 当然のようにボロボロになった私のバッグを持つとスタスタと歩きだした。……え???

「ほら、帰るんでしょう?行きますよ」
「えっ、と、」

 え、私の家に来るつもりなの?
 声に出してはいないが顔には出ていたようで、それが気に入らなかったのか、男は満面の笑みを浮かべて、言い放った。

「天音の家ですが、私の家でもあるでしょう?」
「本気で言ってる…?」
「冗談に聞こえますか?」

 非常にまずい。いくらおかしな状況が続いてるとは言え、見ず知らずの男を家に上げるわけにはいかない。
 どうやってこの状態から抜け出そうか考えていた焦っている私とは対照的に余裕の笑みを浮かべている無駄に顔はいいストーカー男。

「ふむ、ではこれはどうでしょう」

 少し考えるそぶりをした男の次の発言に私は酷く動揺した。

「オーくん用読み聞かせ絵本、また読んで欲しいですね。最後に読んでもらったのは小学2年生頃だったでしょうか」
「それ…!!!!」
「どうです?信じてくれました?」

 あの頃の私しか知らないはずの事を、嬉しそうに語る男

「ああ、しかし懐かしいですね…いろいろ読んでいただきましたが、最後に読んでいただいたタイトルは確か【天音とオーくんの悪者退治】、一度しか読んで頂く機会はありませんでしたが、私は覚えていますよ」
「…!!!!!」

 先ほどまでの疑惑はもうなかった。目の前の男は、彼、はストーカーではない。私にしか知り得ないはずの事を、知っている。

「…すみません天音、失言でした」

 止まっていたはずの涙が零れ落ちたのを見て、男…オーくんは整った顔をくしゃりと歪め私を優しく抱きしめてくれた。

「私のことを信じて欲しいばかりに貴女に辛い出来事を思い出させてしまいました」
「ううん…オーくんも私の大事な家族なのに…ごめんね」
「謝らないでください、いきなり信じろと言う方が悪かったのです」
「でも、今のでわかった…貴方はオーくんなんだね」
「はい」
「帰ろう、うちに」

 

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