緋色の蛇は宵に咲く

羽純朱夏

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一章

拾話

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次の日会社に出勤すると、男性社員の姿がなかった。
どうやら今朝から連絡が取れないようだーーー。
社内の社員たちがざわついている。

「物騒なもんだ……家族の人も行方がわからないって」
「そうなんですか……?」

横で同期の女性が、恐ろしいことを口にする。

「まさか、テレビで噂の神隠しーー?もう何人か被害でてますよね?」

テレビでのニュースや、ネットでの記事でもそんな噂が多く取り上げられている。

ゴシップ紙には、「暗闇の中から不気味な笑い声」、「蛇のような大きな尾が、道路脇でうねっていた」などと書かれている。
蛇のような尾ーー。
不意にあの赤い蛇が浮かんだ。
神隠しと関係があるというのかーー?もし、彼も狙われていたとしたら。

休み時間になった為、紬は不安を抱えながら、彼の公式アカウントを見る。投稿しているのは本人ではなく、関係者のようだ。
ライブの主演スケジュールなどが挙げられている。
最新の告知には、出演中止の文字があった。


「えっ??」

思わず声が出てしまった。体調不良のようで、回復までしばらく休養するとのこと。

「やっぱり、体調悪かったんだ……」

その内容に対して、ファンからの心配の反応が多く寄せられている。
自分も即座にコメントを送った。
お弁当を広げ。彼の曲を聞きながら食事を始める。
「弁天」を聞くと今日見た夢が、僅かながらに浮かんでくる。

音に興味を持ち、番を求めていた赤い蛇ーー。
香りのないことで悩み、神様に聞いていたような。

(君が……僕の番)

あの言葉が心の底で静かに染みて来る感じがした。

「番……」

ふと番について検索をする。 
「二つのものが組み合わさり、一つになること」「互いに関係のある夫婦、または恋人」

あの蛇にとって番は大事なものなのだろうか?
色々と考えながら、昼休みは過ぎていったーー。


一方、陰りがある沼地に大蛇の影があった。

『柘榴様……貴女を絶対に蘇らせてやります。あぁ、見ましたよね?瑪瑙が生きていたのを……貴女に恋い焦がれていた。我々より、劣っていたあの赤蛇を』

香りが目覚め、番を探しているーー。

あの琥珀と同じように、人になろうとしているというのか。

『番を殺さねば。もうあいつは知っているはずーーその番には悪いがな』 

大蛇から黒い瘴気が放たれる。それは意思を持ったかのように、素早い速さで沼地を抜けていく。
翡翠は、瑪瑙の香りの位置を目掛けて声を発した。


『さぁ、瑪瑙ーーお前の番を殺してやるぞ。守れるかーー?」

『っ!!』

池の水底で目を冷ます。彼女が危ないーー。

『翡翠、貴方という方はなんてことを……』

すべての生活を止めて、しばらく発情している熱に耐えていようとしているのに。
大人しくさせてはくれない。

『……どうすれば。彼女を守れる?』

水底から身体を出し、人に顕現する。

「……彼女に関わるのはいけない。だが、僕でなければ助けられない」

彼女の気を辿るように、意識を集中させる。
番なら見つけ出せる。本能がそれを知っている。
どれだけ離れていようともーー必ず。



*** 

日がかげってきた時、紬は一人会社を後にする。
不意に背後から何かに、後をつけられている感じがした。
嫌な予感がするーー。

「っ、まさか……あの神隠しーー?」

黒い靄が漂ってくるのを感じた。
足早に逃げる、駅の近くまでいかなければ。
今日に限って、周りには人がいない。 

「助けて……」

スマホから彼の曲を音量を上げて流す。


(瑪瑙さん……怖い)


『お前が、あいつの番かーー?』

靄が声を上げて、迫ってくるのがわかる。また、曲に混ざり声が響いてくる。
番なんて知らないーー。

「番なんて、知りません。どこか行ってください!」

必死に駆け出すと、近くで花の香りが鼻を掠めた。
金木犀の香りーまだ秋の時期ではないというのに……。
近くに神社へと並んでいる灯篭が見えた。香りは正面から香ってきている。

「金木犀ーー?」

香りに導かれるように、足早に灯篭の道を進んでいく。
やがて鳥居が見えると、そこには一つの人影があった。

「あの、助けてください!」

必死にその人に助けを求めると、その姿は揺らめくように消えた。

「え?」

そう思った矢先、背後からの声が近く響いた。

『さぁ、捕らえたぞーー!』
「いやっ!」


終わりだと思った時、何かに受け止められ身体が浮いた気がした。

直後、静かに声が聞こえた。甘い金木犀の花の香りも共に。

「もう、大丈夫です」
「っ、何が起きて……?」

気がつけば誰かに抱きしめられている。優しい指先が頬を撫でた。
ふと顔を上げると、知っている彼がいる。

「なんで、瑪瑙さん……?え、どうしてここに?」


体調不良で休養してるはずの彼が、こんなところで一人で何をしていたというのか。
すると一言、意味深なことを彼は告げる。

「……貴女は、僕の番。できるなら、巻き込みたくありませんでした」
「え、何言って……」
「まだ今は、関わりたくはなかった……」

そうこぼした後、辛そうな表情を浮かべ苦しそうに倒れ込む。
額からは大量の汗が吹き出している。

「っ、やはり……駄目だっ。僕から離れてください!」
「え?き、救急車呼びますね!」

スマホを手にした時、腕に彼の手が強く握られた。

「呼ばなくていいです……いつものことです」
「そんな、でも」
「あの、瘴気の影は消しました。大丈夫です。僕を放って帰って……はぁ……っ!」

突然、彼が発作を起こしている様子を見て、心配でその場から動けない。
金木犀の香りが濃くなりーー何かに囚われるような感覚に陥る。
鼓動が早くなり、心臓の音が鼓膜の裏に響いてくる。

「瑪瑙さん、いったい……」
「離れてって……言ってるんです……今、貴女が傍にいたら危険なんだっ……」
「危険って……?」

その言葉を最後に、強引に手を引かれ背後から抱きしめられる。

「何、嫌っ!!ちょっと……!」
「はぁ、紬さん……っ。貴女が悪いんです。逃げないから……」

突如、首筋に何かが刺さる気がした。
噛まれているーー。何故こんなことになっているのか、思考が追いつかない。
その箇所から、次第に鮮血が滲み出る感じがした。

「痛……!いやぁぁ」

その血を舐める音と共に、吸い付くような音が響く。
首にかかる熱を帯びた彼の息が、獣のように思えた。
怖いーー襲われる。
好きになった人が、こんな酷いことをする人だったなんて。
恐怖を覚え、涙がこぼれ頬を伝う。

数分して我に返ったのか、瑪瑙は懺悔のように声を絞り出して話した。

「すみません……私は、貴女にひどいことを。こんなことをしたいわけじゃない!!傷つけたくないのに……本能が抑えられなくて……」
「酷いっ……!!瑪瑙さんが、こんなことするなんて……っ!」

緩んだ手を振り払い、足早にその場所から立ち去った。
鳥居から出た瞬間、風が吹き荒れ雨が降り出した。
咄嗟に後ろを振り返ると、目の前に映ったのは瑪瑙の姿ではなく、一体の蛇だったーー。
それは、あの夢の赤い蛇のようだった。
ライブで目にした彼の傍で映っていた赤い蛇ーー。

普通の蛇ではないような、神聖で重い気があると思った。
身が一層震え、その場でしゃがみこむ。
地面は雨で湿っていて冷たいと感じたが、怖さが勝り動けなかった。

この異形のものが、彼だというのかーー?

その赤き蛇は、自分に向け静かに、弱々しく語りかけてきた。

『……僕は見ての通り、化け物です。人に紛れた愚かな蛇神……。酷いことをしてしまい、すみません』
「そんな、貴方が蛇だったなんて……」

彼の正体が蛇だというのを知り、会場で感じていた不思議な光景が腑に落ちた。
蛇の声はただ、悲しそうに震えている。

『こんな醜い姿……見たら怖いですよね。でも……番の貴女には知ってほしくて伝えます』
「どうしてそんな……」

さらに、彼は言葉を続ける。

『……番である貴方が敵に知られた以上、守るためです』

蛇が少し近づいてくる。薄っすらと光の靄を纏っており、赤い身体に黒い線の模様が目から尾まで伸びている。胸元には一部銀色の鱗がきらりと光って見えた。

また襲われるのではないかという恐怖に、紬は叫んだ。

「っ、……来ないでくださいっ!!」

止まない雨の中、紬は再びその場所から離れた。今度は二度と振り返ることのないまま。

その姿を赤い蛇は静かにその場から見送った。
赤い蛇の目元から一粒の涙が伝う。その雫は雨と共に地に落ちた。

『……傍にいるなんて望まない。貴女を影で守る……』

先程までの狂おしいほどの熱は、少しだけ静まったように思えた。

『これは番の力ーー?』

そう疑問を投げかけたが、わかるはずもないまま。
赤い蛇は、静かに社の闇の奥へと姿を隠していった。

しばらく走り続けた後、雨は止んでいた。
紬は、丁度到着した電車に乗り込み、帰路につく。
車内はほぼ空席だったが、服が濡れていたため、座席には座らず立ちながら乗った。
突然知った彼の本当の姿ーー神々しくも、恐ろしい蛇だった。
まだ、首元に痛みが残る。最後に悲しそうに呟いていた言葉。
最初に助けてくれた時の、優しい指先の感触を感じ頬を撫でた。
恐怖のあまり傷つけてしまったかもと、少しだけ申し訳なく思えた。それでもあの時の恐怖が消えない。

紬は車窓を見つめながら、不意に祖父のことを考え、心の中で呟いた。

(蛇が人になっている人は存在した……おじいちゃん、私どうしたらいい?)

今日は瑪瑙の曲は聞かないまま、電車が目的地へ到着するのを、紬はただ待ち続けた。



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