緋色の蛇は宵に咲く

羽純朱夏

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一章

拾壱話★

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あの日以来、紬は瑪瑙の公式アカウントを確認することなく過ごしていた。
首の跡は大分治ってきた気がするが、まだ少し違和感が残っている。
ベッドで横になっていると、姉から着信が入った。

「あ、もしもし、紬?今日のライブで瑪瑙出ててさ」
「あ。そう……」
「何、喜ばないの?推しの彼でしょ?体調良くなったみたいで、普通に演奏してたよ。あ、アカウント見た?今度のソロライブ……」
「お姉ちゃん、私もう……あの人のライブ行かない」
「え。何で?」
「私、もう興味なくなったから。ごめん眠たいから切るね……おやすみ」

再びベッドに横になり天井を見上げる。
また彼の姿を見たら、きっとあの時の光景を思い出して怖くなる。
人に見えていても、異形の蛇神ーー。

紬は瑪瑙の曲をまったく聞かなくなっていた。

「寝よう……」

今夜も変わることなく、紬は瞳を閉じて眠りについた。

眠りにつくと同時に、以前のような不思議な光景が浮かぶ。
その夢は変わらず彼のことのようだった。

ーー『羨ましい……あの方は人間の番と結ばれようとしている』

また、あの赤い蛇の声ーー彼の声が浮かんでくる。
以前見た景色とは違う、暗く淀んだ場所、一人赤い蛇が池に自分の顔を浮かべながら呟いている。

『主様は、私を見てくれない……自分があの方に愛されることは、もうない』

一人寂しそうに水面に顔をつついている、小さな波紋が広がった。

『かつての主はもういない。この聖域は、酷く淀んで枯れてしまった……』

傍で、緑色の蛇が近づいて来るのが見える。

『瑪瑙、柘榴様がお呼びだ。お前を所望している……』
『……主様が、本当に?』
『あぁ、だが……喰われないといいがな……』

緑色の蛇は嘲笑うかのように呟いていた。赤い蛇はそのままどこかに向かっていく。

夢の光景がぼんやりと変わっていく。
薄汚れた場所……生き物だろうか?黒いものがたくさん映る。
そこに先程の蛇がいた。

『……仲間が。こんなに……何故?』

祠の暗闇の中から女の声がするーー。

『瑪瑙、やっと来たな。さぁ、私と戯れようぞ。こちらへ来い……』
『……主、どうして!仲間をこんなに殺した……のですか』

赤い蛇は叫ぶように主へと声を放つ。だが、女の声は嘲笑いながら声を放った。

『満足しないからだ、どれもつまらぬ。やはりあの片割れでないと……』
『っ……慕っていたのに。私はもう、貴女を……』
『音しか奏でられない、愚かなお前をこうして呼んでやったのだ……来い』

白い肌と赤色の目の蛇が現れる。どこか黒い瘴気を漂わせながら。
現れた相手に、赤い蛇は後ろへと後退する。

『何を逃げる?ほら、愛してやろう……私と楽しもうぞ』
『いりません……私はっ、もう一人で十分です!』
『本当に、使えぬ蛇だ……消えろ』

次の瞬間、風を切るような音がし、赤い蛇は宙へ浮かび谷底へと落ちていく。


ーーー危ない。

思わず手を伸ばそうとすると、また光景が変わる。
傷を負い倒れたその蛇は、突然顕現をし人の姿になった。

「……何をやっていたんでしょう。私は結局、何も得られるものなどなかった」

地面に倒れ込んだまま、土を掴むように握る。

『私はきっと殺される、自らの香りも知らずに……でも最後に、あの方たちの行く末を見てみたい』


手元に琵琶を現すと、静かに旋律を奏でる。
あの曲だと思ったーー「落涙」の旋律。

(瑪瑙さん……)

胸が締め付けられるように痛い。手を伸ばそうとしても彼には届かない。
これは夢だと思うが、実際のことなのではと錯覚してしまうほどに。

『……人と結ばれるとは、どんなものだろうか』

琵琶を抱きしめながら、彼の瞳からは涙が流れている。

『今では、あの方のように、心を通わす番が欲しいと願います……過去に殺した罪は消えないけれど、もし会えたのなら、次は守ってみせる……』


そう言い残し、再び蛇に姿を変え、消えていく。

夢はそこで覚めたーー。まだ夜中の三時だった。
もう彼の姿を見に行かないと思ったのに。曲も聞かないと思っていたのにーー。
こんなにも気になるのは、何故なのか。

「……変な夢、もう行かないって決めたのに」

(でも、もう一度見たい。あの人のことが知りたいーー)

紬はスマホに手を伸ばし、瑪瑙のアカウントを開いた。次回のソロライブの内容を見る。
指先が素早く動き、チケットを申し込んだ。
まだ怖い気持ちは残ったままだが、紬は彼を見にいく決心をした。



***

月日が過ぎ、ライブ当日の日がやってきたーー
蒸し暑い気候になり、涼んでいこうと思い会場近くのカフェへと入った。
また、誰かが彼の会話をしていないか耳を澄ます。

「瑪瑙さ、まだ本調子じゃなさそうで心配。頑張り過ぎかも……」
「色々動いてるしね、にしても私生活が見えない」
「甘いもの好きじゃなかったっけ?イラストにお饅頭描いてくれたのあった」
「へ~~意外」

甘い物好きと知り、思わず笑ってしまった。

「あ、そういえばこの前のライブ会場で、一人誰か消えたみたい」
「マジ?神隠し……やっぱ怖いよね。今日起きたらどうしよ……」

神隠しーー?
あの時の黒いもやだろうか?段々と被害が広がっているように思える。
すると姉から連絡が来た。

「もしもし?」
「あ、紬。瑪瑙のライブ来てる?」
「うん、もうすぐ……」
「あの時、すごく心配したけど……戻ってくれて良かった。感想待ってる!」


電話を終えると、「落涙」を聞く。あの不思議な夢が思い出される。

「私は、本当に番……なの?」

あの時、金木犀の香りに捕らわれて、動けなかった。
今日も香りがするのだろうかーー?
そう思いながら、席を立ち会場へと向かった。

会場の中へ入ると、席にはいつものフライヤーが置いてあった。
今日の蛇のイラストは雨に傘を差しているイラストだ。
ふと、あの香りを感じた。近くに彼がいるーー。
その香りを軽く吸い込みながら、ステージの幕があがるのを待った。

開演になり、証明は真っ赤に染まり演奏は始まる。
中央の席に腰掛け、琵琶を手にしている彼が見えた。
琵琶の音が静かに奏でられる……新しい曲だろうか。どこか曲調が幻想的に響き出す。
赤が映える着物がかっこいいと思えた。短めに曲を終えると、静かに彼が語りだした。

「こんばんは、本日はお越しいただき、ありがとうざいます。今の曲はまだ作り途中のため、短いですが演奏してみました……」

その言葉に観客から拍手が沸き起こる。
さらに、瑪瑙は言葉を続けた。

「まだ体調がすぐれず、ご迷惑をかけてすみません。僅かな時間ですが、精一杯演奏しますので……よろしくお願いします」

言い終わると、次の曲を奏でだした。
「弁天」だとわかる。彼は空を見つめ、ばちを可憐に弾いた。
流れるように、心に染み渡ってくる。
あの情景が思い浮かぶーー天女のような神に、無邪気に自分の夢を語っていた様子を。
水の波紋のように、音が心に届く。

(紬さん……)

「っ……!」

声が音の中で聞こえてきた。思わず身体が軽く跳ねた。


(もう、来ないと思ってました……)

その声は、静かに頭の中へ響いてきた。


(あの……この前は大きな声を出して、すみませんでした……)

そう心の中で呟くと、返事が返ってくる。

(いえ、酷いことをしたので怒って当然です……また、聞きに来てくれて嬉しい……)

音に乗せての会話がただその場で交わされる。
それは、自分と彼しか知ることがない不思議な感覚で繋がっている気がした。
嬉しいという言葉に、一瞬胸が温かくなった。


それから瑪瑙からの声は途絶え、紬は演奏をただ聴き続けた。
顔を観客へ向けることもないまま、ただ瑪瑙は演奏に集中している。
アコースティックギターの曲を終えると、再び琵琶に持ち替え演奏を始める。
自分が一番聞いている曲を、「最後の曲」と呟いて。

そして、再び音に乗せて声が響いてきた。


(紬さん、今日はありがとうございました)

(今日も素敵な時間をありがとうございました、あの、瑪瑙さんは本当に蛇……なんですか?)

その言葉に対し、少し黙り込んだ後答えが返ってくる。

(えぇ、私はあの赤い蛇……嘘偽りはないです。番である貴女に正直に伝えました)

(あの。番っていったい何ですかーー?)

(よくわかりません。でも、貴女は私にとって特別です)

(と、特別ーー?)

(えぇ、私はあの神社にいます。もし、嫌でなければ会いにきてください)

彼の言葉に戸惑いを感じつつも、紬は決意して答えを返した。


(わかりました……会いに行きます)


(……)

その言葉の後、彼の返答は途絶え、曲が最後に向けて流れた。
演奏が終了すると、彼は突然、琵琶を抱きかかえ項垂れた。
瞬時に、拍手とざわめきが起こった。



拍手が小さくなる頃に、頭を起こした彼の顔は、泣いているように見えた。
証明が薄暗くなると、静かに彼はステージの奥へと去っていった。

客席が明るくなり席を立ち上がろうとすると、前方の席の人が騒いでいた。

「泣いてた、最後泣いてたよ瑪瑙……」

「何かに感極まってた感じ。リアルな「落涙」だった!」


ファンの会話を聞きながら、紬は会社帰りにあの神社に立ち寄ろうと決意し、会場を後にした。
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