上 下
28 / 29

28

しおりを挟む


「んでだっ、オレ様は、言われた通りに……ぐぁあああっ!!」 

 サテュロスの手のひらに鋭い刃先が突き刺さった。
 ランスロットは刺していた剣を引き抜くと、忌々しげに口元を歪めた。

「ホラガイを盗んだ罪は許すと言ったが、リリト姫に狼藉を働いた罪は償ってもらう」

「は!?  んなの、聞いて……がっ!」

 サテュロスが言い終える前にランスロットがその喉を貫いた。
 噴き出る血を振り払って、ランスロットは表情を一つ変えずに私のほうへ手を差し出した。

「さぁ、姫。こちらへ」

「サ、サマエル様をどうするつもりですか……!」

 ランスロットの背後で痙攣するサテュロスの姿がみえて、おのずと声が震えてしまう。

「殺しはしない。私は君を守りたいだけなんだ」

「私は別にーー」

「よせ、リリト。事件を起こした以上話し合いでの解決は無理だ。下がっていろ」

 サマエルが私を遮ると、背後に庇いながら手を振り上げた。すると、虚空から漆黒の魔力球が超高速でランスロットに向かっていったーーが、光魔法を纏うランスロットの剣に打ち消された。
 
「チッ、……シャドウブレード」

 サマエルが小さく呟いた。
 改良された現代魔法でも詠唱することでより強力なものにできる。しかし、消耗する魔力量が多いため、長期戦には向かない。

 グンと数倍大きくなった影の刃がランスロットに迫る。

「……無駄」

 空中で闇と光魔法が衝突する。
 魔力の火花を散らしてサマエルの魔法が払われた。

 この世界の剣は魔法を増幅させる魔道具そのものだ。
 攻撃範囲こそ制限されるが、間合いに入れば勝ち目がない。

 サマエルはどうにか距離を取ろうと魔法を連続で繰り出すが、すべてランスロットに打ち落とされた。

「……くそ」

 ランスロットは傑出した光魔法の使い手だ。
 魔力量で言えばサマエルは決して劣っていないのだけれど、なにぶん相性が悪い。

 それにサマエルは魔法より剣術を得意としている。
 無理して上級魔法を連発したから、既に息が荒くなっている。

 サマエルの剣さえあれば……

 どうしようと焦っていたところ、サテュロスの手がぴっくりと動いたのが目を惹いた。

 ランスロットにやられた腹いせか。
 サテュロスは最後の力を振り絞って、井戸のほうを指差しながら私に目をやった。そこに隠したんだ!
 
「剣を取ってきます!」

「……頼んだ」

 ハクに飛び乗って駆け出すと、サマエルは不安げな色を瞳に浮かべながらも頷いてくれた。

「危ないから止まるんだ、リリト姫」

「いや!」

 ランスロットは一瞬躊躇してから、困った顔で私のほうに手のひらを向けた。
 
 ピカぁっと眩しい光が視界を覆う。
 スタンライトだ。
 殺傷力はないものの、私たちの行手を阻むのに最適であった。

「ヒーン!」

「っ!!」

 気づけば勢いよく投げ出されて、コロコロと何回転かしてからようやく止まった。

「リリト!?」

「大丈夫、です! ……いったたぁ」

 とりあえずサマエルに無事を告げた。
 転ぶ際にぶつけたのだろう。身体中が痛い。特に額がじんじんする。

 ランスロットもこちらを気にする様子をみせたが、サマエルを攻撃する手を休むことはなかった。

 痛むところを抑えながら起き上がると、向こうに倒れているハクが見えた。

「ハク、大丈夫!?」

『んぅ、平気なのだ』

 どうやら視界を奪われた際に石塀にぶつけて転んだようだ。

 ハクは立ちあがろうとしたが、バランスを崩して倒れた。 

「足が腫れてる! 折れているのかもしれないから無理しないで!」

『大丈夫。姫を、ぼくが、守るのだ……!』

 言いながらハクがヨロヨロと起き上がった。
 塀にぶつけた足がよほど痛いのだろう。片方の足を持ち上げていた。

 安静してといくら言っても聞いてくれない。
 サマエルがまだランスロットを引きつけている内にハクを支えながら、なんとか井戸の前までたどり着いた。

 石井戸の丸い口から覗き込むと、濁った水の中に光る漆黒の柄が見えた。

 深みがそこそこあって、弓などで引っかけそうにない。

「私が入って取ってくる」

『ダメなのだ! 井戸の水深が分からないから、姫に万が一あってはいけないのだ!』

 屋敷の前でランスロットの剣を躱しながらサマエルが魔法攻撃を仕掛けている。いつも通りの澄まし顔を保てているが、その額からタラタラと汗が滲んでいた。

「サマエル様が持たない! 1人で入れるから、ハクはそこで待ってて!」

『姫!』

 石壁に沿って身を滑らせながら井戸の中に入っていく。

 ひんやりと湿っぽい岩肌の感触に全身鳥肌が立ってきた。暗くてじめじめするから怖い。
 速く剣を拾って出ていこう……!

 井戸の中は狭い。
 私が手を伸ばすと体重を支えられた。
 これでずいずいと下りられーー

「ーーくっ!」

 ピリッと肩に鋭い痛みが走った。 
 肩に負荷がかかって、転んで打ちつけたところを痛めちゃったみたい。

『姫! どこか痛いのか? 戻ってくるのだ!』

「だ、大丈夫! あと少しだから……!」

 もう片方の肩に重心をおいて、ゆっくりと下りていく。
 水面に浮かぶ剣の柄がみえて、慎重に手を伸ばしーー

「くぅ……っ」

 ずきんずきんと動かした肩が痛い。

『無理するな、姫! 落ちるのだ!』

「だい、じょ……ひゃっ!!」

『姫!!』

 足を滑らせて、ドボンと派手な音を立てて落ちた。

 どっと鼻に水が侵入してくる。肩が痛いから泳げない。やばい、詰んだかも! ……と思ったが、

「……あれ」

 上体を起こすと、濡れて膨らんだスカートがふわっと水面に浮いた。
 
「浅い……?」

 尻餅をついたままでも、水深は胸元くらいであった。
 よくよく考えたら、水中に投げ込まれた剣が半分も見えるのだ。浅いに決まってる。

『姫、無事なのか?』

「うん! 平気! すぐに登るから待って……はぇ?」

 剣を手にして周囲を見回し、登れるところがないことに気づいて愕然とする。

「嘘でしょ……」

 剣を咥えて石を掴もうとしたが、滑りとしていて無理だった。
 井戸は浅いが、背を伸ばして出れる高さではない。
 
『姫、早くするのだ! バカ皇太子がやられてしまう!』

 険しい顔でハクが覗き込んでくる。
 呑気にしている場合じゃない! 

「登れないの、ハク! 近くに縄とかない?」

 ハクは左往右往してから、何かを発見したようで駆け出した。

『これに捕まるのだ!』

 垂らしてくれたのは長めの蔓であった。
 それをハクが咥えて私を引き上げる作戦らしい。
 
 痛めた方の肩でロングソードを抱えて、もう片方の手でしっかりと蔓を掴む。

「いいよ!」

「ヒーン!」

 吊り上がった蔓が手に食い込んで痛い。

「…ぅ」

『大丈夫か、姫?』

「平気……!」

 ハクも足を痛めているのだ。
 それでも痛みに堪えながら私を引き上げている。私も頑張らないと……っ

「ふあっ! やっと出れた……! ごめんね、ハク! 痛かったでしょう? 休んでて!」

 井戸口に捕まって飛び出ると、ハクの頬を撫でてからサマエルのほうへと駆け出した。

 ランスロットの攻撃を結界でなんとか抑えている感じだが、そろそろ限界がきそうだ。その頬に数箇所の切り傷が入っている。

「サマエル様!」

 サマエルに剣を投げたが、途中でランスロットに打ち落とされた。
 サマエルに剣を握らせないつもりだ!

「ランスロット殿下! これ以上サマエル様に危害を加えたら許しませんよ!」

 弓をひいてランスロットの足元に矢を放った。
 射る姿勢を保てるだけでドクンドクンと肩が痛い。

「くっ、……もうやめましょう! ちゃんと話し合いをーー」

「私が君を帝国から解放する。話し合いはその後だ」

 私が撃てないと確信しているのだろう。
 ランスロットは背中を見せたまま私の言葉を遮った。
 
 解放するとか、守るとか……私の意見も聞かないでーー

「身勝手すぎますよっ!」  

「!?」

 振り上げるその肩を狙って射た。
 虚をつかれたランスロットだが、急きょ腕を盾にして矢を止めた。

「リリト、姫……?」

 相当ショックだったのだろう。
 ランスロットが固まったまま私のほうを振り向いた。

「忠告はしたはずです。私は殿下が思ってるほど優しくないですよ。大切な人を守るためなら、悪魔にでもなってみせます!」

 ランスロットの碧眼がゆらりと揺れた。
 その顔は驚いた表情のまま私をまっすぐに見つめてくる。

「はっ!!」

 隙をついて剣を手にしたサマエルが斬りかかったが、間一髪でランスロットに防がれた。

「リリトを平気で傷つけたくせに、自分が撃たれたのがそんなに意外か!?」

「ぐ…っ!」

 鍔迫り合いになったのは本の一瞬で、両者の激しい剣戟が宙に眩い銀閃をまき散らす。

 サマエルの重たい剣を流していくランスロットだったが、次第に腕の傷が響いたようで力が抜けーー

「!!」

 澄んだ音を立てて、ランスロットの剣が叩き飛ばされた。

「チェックメイトだな」

 サマエルがランスロットの首に剣先を突き当てた時、

「お兄様ーー!!」

 遠くから甲高い女性の声が響いた。
 振り向けば、騎士たちと共に馬を駆けてくるニニアンの姿が見えた。
 サマエルが飛ばした伝書鳩を受け取ったのだろう。

「た、助かったぁ……」

 気を抜くと脱力してペタリと座り込んだ。
 
 一緒に駆けつけた王国騎士は目前の惨状に驚愕している。その反応からしておそらくランスロットが1人で計画していたのだろう。

 ニニアンは剣先からランスロットを庇うように身を挺したが、サマエルは最初から斬るつもりがないらしく、すんなり剣を引いて鞘に戻した。

「お兄様、どうしてこんなこと……」

 ニニアンの涙にさすがのランスロットも観念したようで、無言で項垂れるのであった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

身に覚えがないのに断罪されるつもりはありません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:262pt お気に入り:1,261

【完結】捨てられ正妃は思い出す。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:8,690pt お気に入り:5,595

突然の契約結婚は……楽、でした。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:85,952pt お気に入り:2,527

主役達の物語の裏側で(+α)

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,824pt お気に入り:43

処理中です...