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3話 小さな信頼
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とりあえず、人の目があまりない屋上前のドアで話し合うことにした。屋上に出るのは校則で禁止されているため、人も寄り付かない。密会にはもってこいだ。
彼女の名前は伊南月葉。月葉は落ち着きを取り戻して、ちゃんとした自己紹介がまだだったねと俺に気を使ってくれた。いい人なんだろう。実際、春休み明けにクラス全員が自己紹介していた気がするが、覚えていない。自己紹介とともにペンのことも話してくれた。なくしたペンは留学した親友と交換したもので、留学から帰ってきたら再び交換して、返す約束をしていたらしい。いわば友情の証だそうだ。そんな大事なものなら追いかけて返すべきだったな。
「さっきは本当にごめんなさい。つい冷静でいられなくなって」
「いや、俺の方こそ。事情を知らなかったとは言え、すぐに渡しに行くべきだった。ごめん」
「気にしないで!」
本当にいい人だ。俺を気にかけてくれている。今ではクラス、学校でも除け者状態の俺に親切すぎるな。
「なんでそんなに優しくするんだ?俺が奪っているかもしれないのに」
「確かにそうかもだけど、空くんは謹慎開けたら授業は真面目に聞いてるし、先生のお願いとか嫌な顔せず引き受けてるでしょ?だからいい人、なのかなぁ?って・・・」
なるほど。合点がいった。不祥事起こして、これ以上評価は下げられないからな。とにかくいい人になろうとしたわけではないけど、良いと思えることができるならやろうと思ってやってただけだ。しかし、よかった。真面目にやってて。
「あと、ちょっと怖いからたてついたり、したくない・・・っていうか・・・」
「なるほど、そりゃそうだ」
「ご、ごめんなさい!あの変なつもりで言ったわけじゃ・・・」
「いや、気にしなくていいよ。慣れてる。それより早く、そのペン見つけよう」
「協力してくれるんですか?」
月葉は嬉しさを表情いっぱいで表した。顔に出やすいんだな。
「当たり前だろ。なんかこのままだと罪悪感も残るし、そういうのは懲り懲りだ」
彼女は深々と頭を下げ、「ありがとう」と告げた。
「とりあえず、事務室に聞き込みに行くか」
「私も行きます!」
「でも・・・」
やはり、一緒にいるところを見られるのは月葉に悪いと思ったが。
「大丈夫です!空くんは悪い人じゃないのはなんとなくわかりましたから。あの事件にも何か理由があってのことだと・・・」
この子は鋭いのか、疑うことを知らないのか。でも今は理解してもらうのは優先事項ではない。早く『友情の証』とやらを見つけに行こう。
事務室に着いて、昨日のことを聞いた。
「昨日、ピンク色のペンを届けたんですけど、ありませんか?」
「届いてないなぁ」
「そうですか。じゃあ昨日の下校時間に事務にいた人はいますか?」
「昨日の下校時間っていうと・・・」
そう言って、事務員のおじさんはホワイトボードを見た。
「昨日は長谷川さんっていう女の人だったね。今日は休みだけど」
長谷川。確かにネームプレートにはそう書いてあったのを覚えている。廊下を歩きながら色々整理してみた。
「その人に渡したの?」
「ああ。ということは多分、ペンを受け取りに来たのは今日じゃないんだと思う。事務のシフト表は午前と午後で分かれている。だから今日取りに来ているならあのおじさんはペンの存在を知っているはず。でも知らないということは、俺が届けたすぐ後にペンを受け取りに来た人がいるってことだ」
「すごい。探偵さんみたいだね」
感心している隙ではない。なかなか面倒なことになった。明日、長谷川さんが出勤予定らしいが、それだと遅い。というか落ち着かない、生徒全員調べようにも昨日のことなら、家に置いている可能性も高い。何より現実的ではない。とりあえず、1限が始まるので、昼休みに捜索を再開することになった。
授業中もずっと考えていた。どうして昨日、月葉は走っていたのだろう。このことが妙に突っかかった。
昼休みになって、再び屋上のドアの前に集まった。
「なあ。どうして昨日走ってたんだ?」
「え?あー、えっとね。早く帰りたくて」
早く帰りたいか。それにしては、下駄箱とは逆方向に走って行ったな。さらには鞄も持っていなかったから、教室に戻る必要があっただろう。なのに、教室の方向から走ってきた。3年の教室と職員室は2階にあり、俺らのクラスと職員室はL字型の校舎の端と端だ。だから一番遠い。にもかかわらず、教室の方から来たのは妙だ。
「何か隠してないか?」
「何も隠してないよ。そもそも、協力してくれているのに隠し事なんてできないよ」
そう。そもそもだ。
「とりあえず、その話は置いといて。そもそも、何も知らない奴が偶然でもない限り忘れ物を受け取ることができないはずだよな。あそこは正確に物の特徴を伝えないと返してくれない不親切な仕様だし」
月葉は黙り込んでしまった。やはり、何かあるのだろう。
「何かあるなら言って欲しい。信用できないかもしれないけど、力になれるなら、なりたい」
そう告げると、俯いた顔をこちらに向けた。正座した膝の上で強く拳を握っている。今にも泣きそうな表情だ。
「助けて欲しいの・・・」
やっと出た言葉は「助けて」だった。
月葉は事情を説明してくれた。俺とぶつかったあと、すぐにペンを落としたことに気づいたらしい。そして、そのあと事務に行って受け取ったというのが経緯だ。大切な物であることは間違い無いらしい。問題はなぜ走っていたか。月葉よく告白をされるらしい。モテ体質なのだ。確かに髪も綺麗で、足も細い。目も大きく可愛らしいが、それが問題の引き金になった。
ある日、いつものように下校していると他クラスの男子に話しかけられたそうだ。その男子には彼女がいる。にもかかわらず、月葉とともに下校し、それを彼女に見られた。このことを彼女が男子に問い詰めたが、その彼氏の方が逆ギレ。別れを切り出されたそうだ。その怒りの矛先が月葉に向いたという完全にとばっちりだ。かわいそうで聞くのが辛くなった。この話がこのまま収まればいいのだが、女の嫉妬とは怖い物で、昨日教室で襲われたらしい。しかも、カッターで。それは逃げるしかないだろうな。
ペンがないということにしたのは放課後も俺と一緒に探すことで、1人になる時間を減らしたかったからだそうだ。言ってくれればいいのに。
「事情はわかった。今日も呼び出されてるのか?」
「・・・うん」
「なら俺もついてく。そこで話をつけよう」
「ほんと!?・・・でも、危ないよ」
「俺がどんな人間か知ってるでしょ。だから、安心して」
何も安心する要素なんてないが、ひとまず月葉を落ち着かせることが重要だ。解決方法なんて浮かんでいない。でも、頼ってくれたなら、やるしかないよね。
6限が終わり、放課後となった。誰もいない教室で俺たち2人は互いの緊張を感じあう。下駄箱に向かい、運動靴に履き替える。これはいつでも逃げ出せるようの保険だ。
指定の場所にはその女子生徒がすでに待っていた。
彼女の名前は伊南月葉。月葉は落ち着きを取り戻して、ちゃんとした自己紹介がまだだったねと俺に気を使ってくれた。いい人なんだろう。実際、春休み明けにクラス全員が自己紹介していた気がするが、覚えていない。自己紹介とともにペンのことも話してくれた。なくしたペンは留学した親友と交換したもので、留学から帰ってきたら再び交換して、返す約束をしていたらしい。いわば友情の証だそうだ。そんな大事なものなら追いかけて返すべきだったな。
「さっきは本当にごめんなさい。つい冷静でいられなくなって」
「いや、俺の方こそ。事情を知らなかったとは言え、すぐに渡しに行くべきだった。ごめん」
「気にしないで!」
本当にいい人だ。俺を気にかけてくれている。今ではクラス、学校でも除け者状態の俺に親切すぎるな。
「なんでそんなに優しくするんだ?俺が奪っているかもしれないのに」
「確かにそうかもだけど、空くんは謹慎開けたら授業は真面目に聞いてるし、先生のお願いとか嫌な顔せず引き受けてるでしょ?だからいい人、なのかなぁ?って・・・」
なるほど。合点がいった。不祥事起こして、これ以上評価は下げられないからな。とにかくいい人になろうとしたわけではないけど、良いと思えることができるならやろうと思ってやってただけだ。しかし、よかった。真面目にやってて。
「あと、ちょっと怖いからたてついたり、したくない・・・っていうか・・・」
「なるほど、そりゃそうだ」
「ご、ごめんなさい!あの変なつもりで言ったわけじゃ・・・」
「いや、気にしなくていいよ。慣れてる。それより早く、そのペン見つけよう」
「協力してくれるんですか?」
月葉は嬉しさを表情いっぱいで表した。顔に出やすいんだな。
「当たり前だろ。なんかこのままだと罪悪感も残るし、そういうのは懲り懲りだ」
彼女は深々と頭を下げ、「ありがとう」と告げた。
「とりあえず、事務室に聞き込みに行くか」
「私も行きます!」
「でも・・・」
やはり、一緒にいるところを見られるのは月葉に悪いと思ったが。
「大丈夫です!空くんは悪い人じゃないのはなんとなくわかりましたから。あの事件にも何か理由があってのことだと・・・」
この子は鋭いのか、疑うことを知らないのか。でも今は理解してもらうのは優先事項ではない。早く『友情の証』とやらを見つけに行こう。
事務室に着いて、昨日のことを聞いた。
「昨日、ピンク色のペンを届けたんですけど、ありませんか?」
「届いてないなぁ」
「そうですか。じゃあ昨日の下校時間に事務にいた人はいますか?」
「昨日の下校時間っていうと・・・」
そう言って、事務員のおじさんはホワイトボードを見た。
「昨日は長谷川さんっていう女の人だったね。今日は休みだけど」
長谷川。確かにネームプレートにはそう書いてあったのを覚えている。廊下を歩きながら色々整理してみた。
「その人に渡したの?」
「ああ。ということは多分、ペンを受け取りに来たのは今日じゃないんだと思う。事務のシフト表は午前と午後で分かれている。だから今日取りに来ているならあのおじさんはペンの存在を知っているはず。でも知らないということは、俺が届けたすぐ後にペンを受け取りに来た人がいるってことだ」
「すごい。探偵さんみたいだね」
感心している隙ではない。なかなか面倒なことになった。明日、長谷川さんが出勤予定らしいが、それだと遅い。というか落ち着かない、生徒全員調べようにも昨日のことなら、家に置いている可能性も高い。何より現実的ではない。とりあえず、1限が始まるので、昼休みに捜索を再開することになった。
授業中もずっと考えていた。どうして昨日、月葉は走っていたのだろう。このことが妙に突っかかった。
昼休みになって、再び屋上のドアの前に集まった。
「なあ。どうして昨日走ってたんだ?」
「え?あー、えっとね。早く帰りたくて」
早く帰りたいか。それにしては、下駄箱とは逆方向に走って行ったな。さらには鞄も持っていなかったから、教室に戻る必要があっただろう。なのに、教室の方向から走ってきた。3年の教室と職員室は2階にあり、俺らのクラスと職員室はL字型の校舎の端と端だ。だから一番遠い。にもかかわらず、教室の方から来たのは妙だ。
「何か隠してないか?」
「何も隠してないよ。そもそも、協力してくれているのに隠し事なんてできないよ」
そう。そもそもだ。
「とりあえず、その話は置いといて。そもそも、何も知らない奴が偶然でもない限り忘れ物を受け取ることができないはずだよな。あそこは正確に物の特徴を伝えないと返してくれない不親切な仕様だし」
月葉は黙り込んでしまった。やはり、何かあるのだろう。
「何かあるなら言って欲しい。信用できないかもしれないけど、力になれるなら、なりたい」
そう告げると、俯いた顔をこちらに向けた。正座した膝の上で強く拳を握っている。今にも泣きそうな表情だ。
「助けて欲しいの・・・」
やっと出た言葉は「助けて」だった。
月葉は事情を説明してくれた。俺とぶつかったあと、すぐにペンを落としたことに気づいたらしい。そして、そのあと事務に行って受け取ったというのが経緯だ。大切な物であることは間違い無いらしい。問題はなぜ走っていたか。月葉よく告白をされるらしい。モテ体質なのだ。確かに髪も綺麗で、足も細い。目も大きく可愛らしいが、それが問題の引き金になった。
ある日、いつものように下校していると他クラスの男子に話しかけられたそうだ。その男子には彼女がいる。にもかかわらず、月葉とともに下校し、それを彼女に見られた。このことを彼女が男子に問い詰めたが、その彼氏の方が逆ギレ。別れを切り出されたそうだ。その怒りの矛先が月葉に向いたという完全にとばっちりだ。かわいそうで聞くのが辛くなった。この話がこのまま収まればいいのだが、女の嫉妬とは怖い物で、昨日教室で襲われたらしい。しかも、カッターで。それは逃げるしかないだろうな。
ペンがないということにしたのは放課後も俺と一緒に探すことで、1人になる時間を減らしたかったからだそうだ。言ってくれればいいのに。
「事情はわかった。今日も呼び出されてるのか?」
「・・・うん」
「なら俺もついてく。そこで話をつけよう」
「ほんと!?・・・でも、危ないよ」
「俺がどんな人間か知ってるでしょ。だから、安心して」
何も安心する要素なんてないが、ひとまず月葉を落ち着かせることが重要だ。解決方法なんて浮かんでいない。でも、頼ってくれたなら、やるしかないよね。
6限が終わり、放課後となった。誰もいない教室で俺たち2人は互いの緊張を感じあう。下駄箱に向かい、運動靴に履き替える。これはいつでも逃げ出せるようの保険だ。
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