キャンバスに優空

koinobori

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4話 認めたくない2号

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 待っていた女子生徒の名前は真白朝陽ましろあさひ。朝陽という名前にふさわしく、いつも明るく、爽やかな女子生徒らしい。あまり知らないけど。まあ普通に陽キャの部類かな。とりあえず第一印象は髪色が明るいということだ。月葉も明るいがそれ以上だ。

「やっと来たわね」

 朝陽はとても機嫌が悪そうだ。声には棘しかない。

「それより、問題児の西野なんてつれてどういうつもり?」

「西野くんは話し合いの仲介役としてきてもらいました」

 月葉の声は対照的に怯えている。しかし、怖いながらもちゃんと話せている。

「そういうことだ。だから俺が立ち会う」

「関係ないでしょ?これは私とそいつの問題なの。部外者は口出しせず帰って」

「そういうわけにはいかない。事情は全部聞いた。昨日みたいに危険なことをさせないようにな」

 朝陽の怒りは凄まじいのだろう。女子高生がして欲しくない怒りの表情を浮かべている。

「私には愛斗しかいない。なのに、私から…あんたは!!!」

 愛斗というのは朝陽の元カレだ。こいつだけは知っている。1年の頃からあまりいい噂を聞かない。誰これ構わず女生徒にちょっかいを出す『女たらし』だ。彼女ができて落ち着いたという噂だが、そうでもなかったらしいな。

「私は別に、何もしてません!あの時はただ愛斗くんが勝手に着いてきただけで…」

「言い訳はいい!!!」

 これでは何を言っても無駄そうだ。朝陽はゆっくり鞄からからカッターを取り出した。もうヤケクソなんだろう。ゆっくり刃をだしながら近づいてくる。徐々に走って襲いかかる。月葉は完全に怯えてしまっている。逃げやすくするためにわざわざ運動靴で来たのに、これじゃ意味なかったな。
 もう刃が月葉に届く距離まで詰められた。振りかぶる朝陽と怯えて固まる月葉の間に割って入る。

「くっ…!!!」

 俺の右腕から血が流れる。月葉を押し倒してなんとか掠めるだけで済んだ。とても熱い。ワイシャツの袖が赤く染まっていく。

「西野くん!?」

 心配してくれている月葉をよそに、俺は朝陽を見た。

「邪魔しないでよ!関係ないのに!何もわからないくせに!!!」

 そう言うと、カッターを持っている手を振り下ろしてきた。一度かわして、もう一度振り下ろそうとしたタイミングで、俺は咄嗟にカッターを持っている手を蹴り飛ばした。すると、カッターは朝陽の手を離れた。朝陽は驚いた表情でその場に固まる。カッターを回収するには今しかない!
 一歩俺の方が朝陽より早く動けたので、先に回収できた。

「もうこんなバカなことはやめろ」

 朝陽はそのままペタンと座り込んだ。流した涙はポタポタとこぼれ落ちる。

「嫌よ。なんでなのよ。なんで私だけ傷つかないといけないの…。ふざけないでよ…」

 そう言って、地面を殴る。

「もうわかってるだろう。こんな事しても意味ないって」

 朝陽の目はとても虚だった。俺と一緒だな。希望がないと人は空っぽになる。今までそんな感じだった。だから朝陽の気持ちはなんとなくわかる。

「わかってる。何もかも。何が悪いのかも。どうしたらいいのかも…。でも、それを認めたくない。だって。認めてしまったら…。この好きだった気持ちはどうなるのよ…」

 言葉を発するにつれて怒りと後悔が表情に現れていた。
 しかし、俺たちは何も言えなかった。朝陽自身の問題だ。ついでに愛斗の。もう言うことなんてない。言ったとしてもそれは彼女への侮辱になるだろう。後は自分がその気持ちどう向き合うかだ。

「あーあ。女の子泣かしてる。空は悪い人だね」

 無言の空間に聞き覚えのある声が俺を揶揄う。声の方向を見てみるとやはり。そこにはいつものパーカーにこの学校のスカートを履いた優希の姿があった。

「優希。どうしてここに?」

「どうしても何もここに通ってるからね。」

 期待はしてみるものだな。同じ高校に通っているとは。とても嬉しい。しかし、その前にこの状況をどうにかしないと。優希はゆっくり朝陽に近づいた。

「ずっと陰からやりとりを見てたよ。かわいそうにね」

 優希は朝陽の前に片膝をついて話しかけた。

「あんたなんかに何がわかるのよ」

「完全にはわからないけど、気持ちが伝わらない辛さはわかるよ。私もその経験あるし。そういう時って怖いよね。理由もわからないし、存在を否定されてる気がしてさ」

 優希は朝陽を慰めるように言った。こう言うことが言える人間なのか。俺は彼女を何も知らない。その優希の言葉は初めて彼女の絵を見た時と同じ感覚になった。ほっと心が落ちつくような。
 朝陽は顔をあげ、優希を見つめる。フードで優希の表情はわからない。いつものことだが。朝陽からは多分顔が見えているだろう。でも、優しい表情をしているんだと思う。朝陽の表情が優しくなったから。眉間によってたシワはほぐれ、釣り上がった目も柔らかくなった。

「愛斗の本心に気づいてる私に気づくのが怖かった。愛斗との日々は初めてなことばかりだった。だった。だから、私に飽きた愛斗の気持ちに気づくのが嫌だった。そしたら私に価値なんてなくなっちゃう…!」

 大粒の涙を流しながら、震える声で話してくれた。袖で目を押さえる朝陽を優希は優しく抱き寄せた。そしてずっと見ていた。月葉も朝陽に駆け寄って、抱きしめた。

「私、そんなこと全然知らなくて、昨日、もっとちゃんと話を聞こうとしてればよかった…!」

 月葉の目にも涙が浮かんでいた。女子同士思うところがあったんだな。優希が徐にリュックからスケッチブックを取り出した。そして、ページの一枚を破って朝陽に渡した。

「これは?」

「私が適当に被写体を探してる時に良い感じに笑う人たちがいてね」

 その絵は朝陽とその友達の笑っている絵だった。月葉はすごいと声を上げた。朝陽は頬を赤らめてその絵を見つめていた。

「泣いているよりか、笑ってる方がいいね。あなたの価値は男に愛されるためだけのものじゃない。少なくとも私はこの笑顔で元気をもらえたな。それに被写体にもなってくれたしね。だから自分の価値を自分で小さくしないでよ」

 朝陽は再び涙を流した。これは多分嬉し涙だ。

「ありがとう…。愛斗にもそんなこと言われたことない…。この絵もらっても良い…?」

「気に入ったならあげるよ」

 朝陽は本当に嬉しそうな顔でその絵を抱きしめた。優希は立ち上がりリュックを背負った。

「優希。あの…」

「今日分の絵描けなかったから、明日描くよ」

 そういうと歩き出した。ちょっと歩いたところで振り返った。そして、朝陽に再び話しかけた。

「そう言えば。その恋覚えてるの辛いでしょ?忘れたいと思ってるなら、私のこと好きになりなよ」

 ん?突然何を言ってるんだこいつは。しかも年上に対して。思わずキョトンとしてしまった。

「もちろん。ファン2号としてね」

 なんだ。そういうことか。もちろんわかっていたが。月葉は驚いた表情をしている。朝陽はというと。・・・満更でもなさそうだ。
 優希がこちらに歩いてきて俺の右腕を叩いた。

「痛っ!!!」

「早く処置しなよ。じゃーね、また明日」

 いや、じゃーねじゃない。言いたいことが山ほどあるわ。でも、それどころじゃないな。処置は保健室で大丈夫だろうか。
 
 でも、朝陽と月葉が笑いあっているのを見たら痛みも不安も大したことじゃないな。


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