キャンバスに優空

koinobori

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7話 心配

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 いよいよ面接だ。穏やかそうなマスターだ。白い口髭を生やし、白い髪をあげてオールバック。蝶ネクタイも上品につけこなしている。ザ・マスターというような感じだ。

「2人は同じ高校の生徒さんかな?」

「はい!そうです!」

 月葉は緊張が飛んだのか、元気よく返事をした。

「そうか。ならどうだろう。一緒に面接しようか?」

 予想外の展開だ。ここまできたらどちらでもいいが。

「はい!そうします!」

 俺の意見は無視らしい。まぁ、いいけど。

「なら、空いてる席に座っていてくれ」

 そう言って裏へ行ってしまった。俺たちはとりあえず、一番近い席に座り、マスターを待った。

「まさか一緒に面接受けることになるなんてね」

 笑顔からは本当に緊張が消えているように見える。

「驚いたよ。こんなこともあるんだな」

 マスターが書類やボールペンを持って再び現れた。

「お待たせ。実際、君たち以外応募者いないから君たち雇うつもりなんだよね。だから気楽に君たちのこと教えてね」

 え?どうゆうことかよくわからなかったが、応募者が俺たちだけだから俺らを雇う。でも問題がある人間じゃ困るからどういう人間か教えてくれってことなのだろうか。
 とりあえず、一通りプロフィールや応募理由なりを話した。

「うん。だいたいわかったよ。お疲れ様。これから一緒にがんばろう」

「よかったぁ」

「緊張したかい?」

「はい。緊張しました」

 結構、大丈夫そうだったが緊張してたのか。

「いやー、助かったよ。この辺は微妙にアクセスが悪いからバイトが集まりにくくってね」

 なるほど。確かに駅から20分前後だとそれよりアクセスの良いバイト先なんていくらでもあるしな。しかも、個人経営っぽいからちょっと気が引けたのだろうか。知名度も無さそうだし。しかし、これでバイトの件はなんとかなったな。高校生だから22時以降は働けないが、十分だ。
 店を軽く見渡してみる。良い雰囲気の店だ。趣があるといえば良いのだろうか。路地裏で、隠れ家的な感じも良い。月葉も気に入った様子だし、なんとかやっていけそう。昨日の優希の言葉が頭を過ぎる。俺も酒をシェイクするのだろうか。

 そんなこんなで俺たちの初バイトは明日に決まった。

 月葉を途中まで送り、アパートへ帰ろうとしたが、一つ気になることがあった。

 そういえば、今日はいるだろうか。昨日のことがあるから、いないかもしれない。しかし、気になって向かわずにはいられなかった。まだ3時前だから下校後に絵を描いていたとしたら、まだ間に合うだろう。

 今日もかなり暑い。走ると汗がとめどなく流れる。体力はそこそこあると思ってたが、意外としんどいな。

 息を切らして河川敷に到着した。

「ハア。ハア。いないか」

 優希の姿はなかった。

「あれ?どうしたの?めっちゃ汗かいてるけど」

 いたのか。缶ジュースを飲みながら歩いてきた。

「いたのか。今日は絵を描かないのか?」

「うん。まあ昨日のこともあるしね。ここでは描かない」

 なるほどな。

「ならどうして?」

「ん?えっと。空がいると思って?」

「嘘をつくな」

「バレたか」

 嘘なのかよ。

「本当はここを見ようと思ってね。描く意欲を沸かすために」

 ここは優希にとってのパワースポットなんだな。だから、いつもここで描いているのかな。

「なぁ聞いても良いか?」

「良いよ。昨日のことでしょ」

 お見通しか。

「金澤先生って」

 言いかけたところで、割り込んで口を挟んできた。

「私の親戚で今お世話になってる人だよ。色々事情があってね。私にも」

 事情、か。これ以上は答えてくれないかもな。

「あの人は先生だからさ。勉強させて私を大学にいかせたいのさ」

「美大じゃだめなのか?」

「さあ。よくわかんない。安定した生活をしてもらいたいのかも。昔はあの人も絵が好きだったんだけどなぁ」

 金澤先生にも何か訳があるようだな。しかし、2人にこんな事情があったとは。でも、まだ気にかけてくれる人が近くにいるだけ良いと思うが。

「これあげるよ。飲みかけだけど」

 そう言って缶を渡してきた。

「って、入ってねーじゃねーか」

 こいつまた俺を揶揄いやがって。

「ふふ。じゃーねー」

 全く。少しくらい残しておいてくれっての。でもまさか2人が親戚だったとは。学校はそれを知っているのだろうか。それか知っている上でそれを容認しているのか。優希のことを知りたいと思えば思うほどわからなくなる。人のことを知るというのはこんなに難しいものだったのか。知らなかった。
 俺は他人とは距離をおいて過ごしてきた。だからなのかな。力になりたいけど、なれないもどかしさがこんなに辛いのは。

───────────────

「いらっしゃいませ!」

 この店は昼から空いているらしい。こういう休日にはバイトしやすいな。早速、月葉の元気のいい接客が店内に響く。

「あれ?マスターバイト雇ったのかい?」

「そうなんですよ。今日が初バイトでね」

 よくこの店を利用してくれお客さんらしい。

「へー。そっか。がんばってね」

「ありがとうございます!」

「お嬢ちゃんの元気に免じて今日は飲むぞー」

「良いんですか?奥さんお怒りなられるんじゃないですか?」

「良いんだよ今日は夜まで帰ってこないし」

 これがバー特有のお客との距離感なんだろうな。俺は使ったグラスや食器を洗う作業を黙々とこなす。

「西野くん。それが終わったら果物を教えた通りに切っておいてくれるかな?」

「はい。わかりました」

 一人暮らしをしているから包丁捌きには自信がある。
 しかし、和やかな雰囲気でとても良いバイトを見つけてしまった。成人していればマスターの酒が飲めたのに残念だ。


「初日のバイトはどうだった?」

「楽しかったです!」

 確かに月葉は楽しそうに仕事している。少し羨ましいくらい。

「僕も楽しかったです」

「そうか。よかった。また頼むよ」

「はい!」

 もう外は夕方だった。

「楽しかったね!」

「そうだな」

「西野くんはバイトここが初めてじゃないんだよね?他と比べてどう?」

「どうって言われてもな。あんま変わんないよ」

 強いていうなら気が楽ってことくらいだな。知り合いも働いてるし。

「それより、人生初バイトだったから疲れたんじゃないか?」

「ちょっとはね。でも楽しかったし、嬉しかった」

 嬉しいか。面白い感性だな。

「その。西野くん」

 改まってどうしたんだろう。

「いや、やっぱりなんでもない!」

 そう言って走って帰っていってしまった。顔が赤いようだったから暑かったのかも知れない。大丈夫だろうか?

 優希も大丈夫なのだろうか。
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