キャンバスに優空

koinobori

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9話 何故

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 後ろから声をかけてきたのは知らない奴らだった。無視して帰れる雰囲気ではない。しかし、薄々事情はわかる。どうせそういうことだろう。

「お前、面かせ」

 そう言われ、学校外の路地裏に連れて行かされた。道中、質問をいくつかしたが、答えてはくれなかった。

「なんだよ。一体」

「お前、学校のメンツ潰しといてよくのこのこと学校来れるよな」

 そうニヤニヤしながら一番体格がいい奴が言ってきた。どうせそんなことだろうとは思っていた。そして、こいつらはそんなこと思っていない。気晴らしの相手が欲しかっただけだ。だから皮肉を込めて言ってやった。

「おかげさまでな」

 そういうと、全員の機嫌があからさまに悪くなった。もちろん挑発したので、そうなることは予測済み。かなり一触即発の雰囲気が漂う。俺にとっては懐かしい。

「調子に乗るなよ。お前は今日から俺らのおもちゃだ。いいな!」

「知るか。お前らと違って俺は忙しいんだ。それにこれ以上問題も起こせないんでな」

「気にすることはねぇ。お前が誰にも言わなければ、バレないように遊んでやるからよ」

 アホくさい。どちらが勝っても、俺の状況が悪くなるのは明らかだ。なのにここで喧嘩を買うのはバカの所業。つまりここは一択。

『逃げる!』

 取り巻きのわずかな隙間をすり抜け逃げ出した。

「お、おい待て!テメェ!」

 逃げるが勝ち。この言葉を考えた人間はノーベル平和賞をあげてもいいレベルだ。しかし、今日も暑いのに走ることになるとは。しかも、どこへ向かうでもなく。全く、いい迷惑だ。あいつらも、そして俺自身も。

 なんとか逃げてきたが、追っ手を撒くことができただろうか。家について考えることでもないな。明日もあいつらに会わないといけないなんて憂鬱にも程がある。俺以外に被害が行かないだけマシか。

 このまま諦めてはくれないだろうがな。

 普通に登校すればまた絡まれることは必然だろう。だから普段使わない道を使い登校した。しかも少し早めに登校するという俺にしては慎重すぎるな。おかげで平穏な朝を迎えられた。しかし、放課後はそう甘くなかった。

「よう。今日は昨日みたいに逃がさねーぜ」

 下駄箱で待ち伏せされていた。さっさと帰ってしまえばよかったと後悔しても遅そうだ。なんとか逃げる手段を探すが、今回は詰んだかもしれない。すると背後から声をかけられた。

「西野くん。今日こそは進路希望調査書いてもらうわよ」

 俺の心は安堵に包まれた。声の主が金澤先生であることは見なくてもわかった。まあ、厄介な人に捕まったのには変わらないが、幾分かマシだ。

「チッ。今日は見逃してやる」

 3流ヤンキーみたいなセリフを吐いてあいつらは帰って行った。

「何かあったの?」

 ここであいつらのこと言ってしまってもいいが、なんだか先生が疲れている様に見えた。優希の事か。それとも違う事なのか。俺にはわからない。ここでこの人に伝えれば何らかの対処はしてくれるかもしれないし、何より認識してくれる。そうすれば、反撃の手段をとれるだろう。

 しかし、そこはかとなく疲れている様子の先生に気を使わせるのは気が引けたので、何も言わなかった。何とも愚策というか何というか。失策であったことには間違いないなと思いつつ、先生の説教を受けた。

 帰り道も気が抜けない。周囲に気を配らせて帰らなくてはならないとは、気付かれで倒れてしまいそうだ。ここまで精神的ダメージを与えているのだから勘弁してもらえないものだろうか。
 疲れのせいか暑さのせいか喉が渇いたのでコンビニ立ち寄った。俺の入店とともに音楽鳴る。この入店を歓迎してもらってる感が悪くない。

  店の奥にある飲料水のコーナーから紅茶のペットボトルを取り出し、レジへ持っていこうとした。またしても誰かに声をかけられた。

「あれ?西野じゃん」

 何だ朝陽か。あいつらの手先かと思ってびっくりしてしまった。

「どうしてこんなところに」

 動揺してどうでもいい質問をしてしまった。

「何でって、別にいいでしょ。それより、あんたこそ何してたのよ。昨日とかそそくさと帰ってたのに」

「先生に進路希望のことで呼び出し食らってた」

 俺たちはレジで会計を済ませると店を出て途中まで一緒に帰ることになった。

「あんた最近鬼門たちにちょっかい出されてるでしょ?」

「鬼門?」

「あのでかい図体のやつよ。ラグビー部の」

 あいつは鬼門っていうのか。しかもラグビー部か。図体のデカさに合点がいった。

「でも俺があいつらに狙われてること知ってたのか」

「まあね。月葉が心配してたから」

 月葉にも知られていたか。なるべく騒ぎは小さくしたかったけど。

「心配かけてるみたいで悪かったな」

「別に心配なんてしてないわよ。あんたなら返り討ちにできるでしょ?」

 淡々とそう言われた。

「返り討ちって、分が悪いにもほどがあるだろ」

「でも5人殴って謹慎くらったやつならいけそうじゃない?」

 何とも思い出したくないことを穿り返された。心身に巣食った蟲が羽音を荒らげ飛び回るかのように恐怖が巡る。そんな俺に気づいたのか月葉がこちらを見て声をかけた。

「大丈夫?ごめん。無神経だったわね」

「いや、気にすんな。事実だし」

 そう。俺が謹慎を喰らった理由は喧嘩だ。謹慎としては1、2週間だった。だが3ヶ月学校に行かなかった。いや、行けなかったんだ。

「とにかく、月葉に心配かけんじゃないわよ。あと優希さんにもね」

 何とも耳がいたい。というより『優希さん』呼びをなんとかできないのだろうか。頭がこんがらがる。

 しかし、いつの間に俺は考えなければならない事が増えたのだろうな。

────────────────

「よう」

 朝っぱらから絡まれた。どうやらついに俺の動きが読まれたらしい。

「朝からなんだよ」

「今日は遊びに誘おうと思ってな」

 遊び。そんな生易しいものであるはずがない。思わずため息を漏らしてしまった。
こいつらのニヤついた顔は本当に腹が立つ。だが、ここは我慢するしかない。問題を起こすわけにはいかない。そして、あの日と重なってくるのが嫌なんだ。

授業が終わり、迅速に下駄箱に向かった。はずだった。取り巻きの2人が待ち構えていた。

「ここは通行止めデース!」

 ムカつく顔にむかつくテンションでぶん殴ってやろうかと思ったが、朝の誓いを思い出し気もちを鎮める。

「邪魔だ。俺は帰りたい」

殴りたい気もちを殺して言ってみたが、通用しない。顔がやたら俺を挑発してくる。

俺たち3人の緊張感を引き裂く様にポップな通知音が鳴った。俺のではなく、あいつらのものだった。その内容を確認するとこちらを見て楽しげに言った。

「準備が整ったらしいからついてこい」

 準備。そう言った。一体何のことかわからなかった。しかし、とてつもなく嫌な予感がしたので質問をした。

「俺がここで逃げたらどうする?」

「構わねーけど、どうなっても知らねーぞ」

 やはりだ。おそらく、#__・俺ではない誰かが巻き込まれている__#。『構わない』と言った。ということは逃げても俺に危害を加えることができるということ。誰かが危険な目に合う。もしくは合っているということになるのではないだろうか。
 俺はその不安を抱きながら2人についていく。すると、高架下の河川敷のところで2人が止まった。

 まさか。咄嗟に駆け下りると、高架橋の影から鬼門が出てきた。気もちが焦って怒鳴りつけた。

「おい!お前一体何を…」

 乱雑な言葉を放つ前に気付いた。影の中に押さえられた優希がいたことに。

「こいつお前の友達なんだろ?」

 鬼門は見下した様に笑いながらそう言った。

 何故だ。
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