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第七章

麗華(レイホー)

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 饅頭の屋台の前に立つ、チャイナドレスの女の子。
 その顔は、昨日、草原で盗賊団に襲われていた功夫カンフー少女だった。
「ん?」
 少女は、怪訝な表情を浮かべる。
「お兄さん。前に私と会ったっけ?」
 そうか。昨日は、フルフェイスのヘルメットを被っていたから……
 懐を探って、昨日もらったメモを出した。
「昨日、これをくれたの、君だろ?」
「おお! 昨日助けてくれた人ね。ヘルメットの下は、こんなハンサムだったか」

 お世辞が上手いな。

「ちょっとカイトさん。誰ですか? この人」
 ミールが袖を引っ張る。
「ほら。昨日、盗賊団に襲われていた子だよ」
「ああ。あの時の」
 と、言いながらミールは僕の腕にしがみ付いてきた。
「ナーモ族のお姉さん。そんな警戒しなくても、お兄さんを取ったりしないよ」
「べ……別に警戒なんかしていませんわ。あたしとカイトさんはこれが普通です」
「ミールさん。警戒してないなら、ご主人様から離れなさい」
 Pちゃんが間に割り込み、僕とミールと引き離した。
「お兄さん。ここは屋台ね。昨日のお礼なら店でしたいから、後でそっちへ来てほしいね」
「ああ、もちろん、後で寄らせてもらうよ。ここを通ったのは偶然なんだ」
「偶然だったの? てっきり、あの子に聞いたのかと思ったよ」
「いや、偶然なんだ。店なら、後で寄らせてもらうよ」
「そう。じゃあ、御馳走用意して待っているね」
「それじゃあ」
 僕は手を振って去りかけた。
「ちょっと、待って下さい! ご主人様」
 Pちゃんが僕の裾を引っ張る。
「どうしたの?」
「どうしたって? 気が付かなかったのですか?」
「え? なにが?」
「カイトさん。今、あの人興味深い事を言ったのですけど」

 なに? ミールまで。僕だけ何に気が付かなかったって?

「ミールさんも、聞きましたよね」
「ええ」
「あの人『てっきり、あの子に聞いたのかと思った』と言っていましたが」
「え?」

 あの子? あの子って?

 ポク ポク ポク ポク チーン!

「ああ!」
 
 僕は屋台の前に駆け戻った。

「君! あの子って?」
「え? ほら、竜から落ちた女の子」
「どこで見たの?」
「今朝、屋台の準備をしている時に、ここを通ったよ。その時に挨拶したけど、あの子が、どうかしたの?」
「今朝から、行方不明なんだよ」
「ええ!? それ大変。この町は、人さらい多いから。ちょっと待ってて」
 少女は、屋台の裏にいる別に店員に話をして戻ってきた。
 店番を任せたらしい。
「さあ、探しに行こう」
「え? いいのかい?」
「恩人が困っているのに、黙っていられないね」
「ありがとう」
「そうそう。あなた達の名前聞いてなかったね。私は麗華レイホー。あなたは?」
「僕は北村海斗。こちらはミール。見ての通りナーモ族。こっちはPちゃん」

 僕たちは、レイホーに連れられて町の奥へと入って行った。
 レイホーはこの町で顔が効くらしく、行く先々で出会う人達から聞き込みをしてくれた。
「ねえ。オジさん、オジさん」
「おお! レイホーちゃん。今日も可愛いね」
「ねえ、こんな子見なかった」
「いや、知らんなあ」
「そう。ありがとう」
 別の屋台へ向かう。
「ねえ、オバさん」
 ナーモ族の中年女性に声をかけた。
「あら? レイホーちゃん。どうしたの?」
「こんな子見なかった?」
「ん? ああ! この子なら今朝見かけたよ」
「どこへ行った?」
「二人の男に連れられていたんだけど」

 やはり誘拐!?

「どんな男?」
「一人は知っているよ。うちの店にたまに来るから。ボラーゾフの使いパシリさ。もう一人は、見た事ないけど背の低い男だったね。二人とも帝国人だよ」
「ありがとう。おばさん。今度寄らせてもらうね」
「待っているよ。レイホーちゃん」

「お兄さん。あの女の子、ボラーゾフの組に連れて行かれたよ」

 ボラーゾフ? なんか聞いた事があるような……

「ご主人様。ボラーゾフと言ったら、昨夜会ったドロノフと対立している組織ですよ」
「ああ! そう言えば」
「すぐ行こう」
 レイホーが僕の手を引っ張る。
「行くって、どこへ?」
「ボラーゾフのところへ」
「いや、ボラーゾフってギャングかなにかだろ。僕らは今、丸腰に近いんだ。宿に戻って殴り込みの準備をしないと」
 一応、護身用の拳銃を二丁持っているから、まったくの丸腰というわけではないが、ヤクザの事務所に乗り込むには心許ない。
 宿に戻って、ロボットスーツを取ってきたいとろだが……
「私、ボラーゾフに顔が効く。だから、殴りこまなくても話し合いで何とかできる」
「ボラーゾフに顔が効くって……なんで?」
「うちの店の常連。実は昨日も、ボラーゾフに頼まれた荷物を運んでいる途中だった」
「荷物って? 何かヤバイ物を運ばされていたの?」
「違うね。私が運んでいたのは、高級食材。でも、ボラーゾフの奴、私を囮にしたね」
「囮?」
「昨日、ボラーゾフの屋敷に荷物届けたら、意外な顔されたね。『おまえ無事だったのか?』って」
「どういう事?」
「ボラーゾフの奴、他の運び屋に何かヤバイ物を運ばせていたらしいね。でも、それをドロノフに襲われない様に、私に適当な荷物を運ばせておいて、ドロノフには私が運んでいるってガセネタ流したね」
「それで、昨日襲われたのか」
「だから、今から行って一言文句言ってやるついでに、あの子の事も聞いてみるね。殴り込みは、その後でも遅くないね」
 僕たちは、そのまま町の奥へと進んでいく。
「カイトさん。町中を探らせていた分身たちを集めました。今、私達の後ろにいます」
「集めた?」
 後ろを振り返った。
 ううん……ちょっとまずかったのでは……
 同じ顔の女の子が十二人。町中をぞろぞろと歩いている姿。
 町の人たちが驚いているようだが……
「カイトさん。大丈夫ですよ。町の人達は『また分身魔法か』って思うだけで、取り立てて驚くことはありませんから」
「そうなの?」
 この町では……いや、この惑星では普通の事なのか。
 
 ボラーゾフの屋敷は、町の一区画丸ごと占有した広大な建物だった。
 周囲は高い塀で囲まれていて容易には攻め込めそうにない。
 まあ、ロボットスーツを使えばどうという事はないが……
「レイホーじゃないか。なんの用だ?」
 門番の男が出てきた。
「昨日の慰謝料、まだもらってないね」
「後で店に届けてやるから、ここへは来るな。今、立て込んでいるんだ」
「それだけじゃないね。あんたのところの下っ端が、私の知り合いの娘を誘拐したね。早く返すね」
 レイホーは門番にミクの写真を突きつけた。
「誘拐? 知らねえよ」
「あんたじゃ話にならない。ボラーゾフ呼ぶね」
かしらは忙しんだ」
 門扉がゆっくりと開いて、一人の男が顔を覗かせた。
「何かあったのか?」
「ああ、旦那。さっき、旦那が連れてきた娘を返せとこいつが……」
 やっぱり、連れてきたんじゃないか。
 男はレイホーに目を向けた。
 続いて男は僕に目を向ける。
 
 あれ? この男? あ! 男の方も僕を見て驚いている。

 という事はやっぱり!

 昨夜、ドロノフの傍にいた小男。
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