148 / 237
冥婚
……梅雨……つゆ……露
しおりを挟む
荻原 新はバスを降りると、掌を上にかざして雨が降っていないかを確かめた。
今のところ降っていないようだが、空は一面、黒い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそう。
用心のため、リュックから傘を取り出した。
周囲を見回すと、紫陽花が咲き誇っている。
関東は、昨日梅雨入りしたばかりなのだ。
「梅雨か」
一言呟いてから、新は立ち止まった。
……梅雨……つゆ……露……
切ない思いがこみ上げてくる。
露は一ヶ月後に隣家の子に転生すると、死神は言っていた。
しかし、一ヶ月経っても隣家から赤ん坊の鳴き声など聞こえてこない。
そもそも、妊婦の姿すら見かけていないのだ。
死神の言ったことは嘘だったのか?
ポツ! ポツ! ポツ!
雨が降ってきた。
新が傘をさした時……
「あら、やだ。降って来ちゃった」
女の声に新は振り向く。
歩道上に止まっているベビーカーの横で、母親らしき若い女がリュックの中を漁っていた。
どうやら、傘が見つからないらしい。
新は女の近くまで行って、母子の上に傘をかざす。
「どうぞ」
「あら? ありがとう。傘入れておいたはずなのに、どこにやったのかしら?」
結局傘は見つからなくて、母子を家まで送ることに……
「ごめんなさいね。どうも、傘は実家に忘れてきたみたいなの」
「いえ。たいしたことじゃありませんから」
新はベビーカーの中をのぞき込んだ。
赤ん坊と目が合う。
「可愛い赤ちゃんですね」
「ええ。四月に生まれたの。もう、起きるとすぐ泣くから大変よ。寝ている間に家に着かないと……」
「起きていますよ」
「え?」
母親がヘビーカーをのぞき込む。
「あら? 変ねえ。いつもなら、起きるとすぐ泣き出すのに。この子ったら、君のことが、気に入ったのかな?」
程なくして、新の家が見えてきたとき。
「本当にありがとう。私の家はここだから」
「え? お隣さんだったのですか?」
「え? お隣?」
「僕、隣の荻原です」
「まあ! そうでしたの。これからもよろしくね。荻原君。さあ、あなたもお礼を言いなさい」
もちろん、赤ん坊にそんなことを言われても喋れるわけがない。
だが、赤ん坊は挨拶でもするかのように、新に手を伸ばしていた。
何気なく、新が右手をさしのべると、赤ん坊は新の人差し指を握りしめる。
「あら? この子ったら、もう未来の旦那様を捕まえちゃったのかしら?」
「女の子なのですか?」
「そうよ。仲良くしてあげてね」
「はい。それじゃあ、これからもよろしく。ええっと……この子、名前はなんというのですか?」
「露よ」
「……!」
(「冥婚」終了)
今のところ降っていないようだが、空は一面、黒い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそう。
用心のため、リュックから傘を取り出した。
周囲を見回すと、紫陽花が咲き誇っている。
関東は、昨日梅雨入りしたばかりなのだ。
「梅雨か」
一言呟いてから、新は立ち止まった。
……梅雨……つゆ……露……
切ない思いがこみ上げてくる。
露は一ヶ月後に隣家の子に転生すると、死神は言っていた。
しかし、一ヶ月経っても隣家から赤ん坊の鳴き声など聞こえてこない。
そもそも、妊婦の姿すら見かけていないのだ。
死神の言ったことは嘘だったのか?
ポツ! ポツ! ポツ!
雨が降ってきた。
新が傘をさした時……
「あら、やだ。降って来ちゃった」
女の声に新は振り向く。
歩道上に止まっているベビーカーの横で、母親らしき若い女がリュックの中を漁っていた。
どうやら、傘が見つからないらしい。
新は女の近くまで行って、母子の上に傘をかざす。
「どうぞ」
「あら? ありがとう。傘入れておいたはずなのに、どこにやったのかしら?」
結局傘は見つからなくて、母子を家まで送ることに……
「ごめんなさいね。どうも、傘は実家に忘れてきたみたいなの」
「いえ。たいしたことじゃありませんから」
新はベビーカーの中をのぞき込んだ。
赤ん坊と目が合う。
「可愛い赤ちゃんですね」
「ええ。四月に生まれたの。もう、起きるとすぐ泣くから大変よ。寝ている間に家に着かないと……」
「起きていますよ」
「え?」
母親がヘビーカーをのぞき込む。
「あら? 変ねえ。いつもなら、起きるとすぐ泣き出すのに。この子ったら、君のことが、気に入ったのかな?」
程なくして、新の家が見えてきたとき。
「本当にありがとう。私の家はここだから」
「え? お隣さんだったのですか?」
「え? お隣?」
「僕、隣の荻原です」
「まあ! そうでしたの。これからもよろしくね。荻原君。さあ、あなたもお礼を言いなさい」
もちろん、赤ん坊にそんなことを言われても喋れるわけがない。
だが、赤ん坊は挨拶でもするかのように、新に手を伸ばしていた。
何気なく、新が右手をさしのべると、赤ん坊は新の人差し指を握りしめる。
「あら? この子ったら、もう未来の旦那様を捕まえちゃったのかしら?」
「女の子なのですか?」
「そうよ。仲良くしてあげてね」
「はい。それじゃあ、これからもよろしく。ええっと……この子、名前はなんというのですか?」
「露よ」
「……!」
(「冥婚」終了)
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
20
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる