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嫌悪の魔神

魂の緒

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 少女死神が去った後、樒は寒太の方を振り向き、ニヤリと笑みを浮かべた。

 なんだ!? この背筋が凍り付くような凶悪な笑みは?

 寒太も、樒の笑みを見て引いている。

「寒太くーん。聞いての通りよぉ、くくく!」
「な……なんだよ? 聞いての通りって?」
「君は、生き返られるつもりのようだけど、本当に生き返られると思っているの?」
「え? だって……」
「さっき、死神子ちゃんが言っていたでしょ。閻魔様の許可があれば君の魂の緒、ちょん切っちゃう事できるって」

 どうでもいいが『死神子ちゃん』という呼び方すんな。失礼だろ。

「ああ。そう言えば、そんな事言っていたな。で?」

 でって?

「魂の緒って、なんだよ?」

 そこからかい!

「優樹。説明してやって」

 しょうがないなあ。

「寒太。頭に手を当ててみな」
「え?」

 僕に言われて、寒太は頭の上に右手を伸ばした。

 程なくして、頭頂部から延びている魂の緒に手が触れる。

「あれ? なんだこりゃ? なんか変な物が出ている」

 寒太は周囲を見回してから、近くの駐車場に止めてある車の側に行く。

 サイドミラーに顔を近づけるが……

「あれ? 俺の顔が映らない?」

 そりゃあ霊体だからな。

「はい。寒太君」

 ミクちゃんが手鏡を差し出す。

「これは家のご先祖様から伝わる、霊体を映せる鏡よ」
「なんだよ。そんなのあるなら先に出せよ」

 手鏡を出した時はニコニコしていたミクちゃんが、ムッと顔をしかめた。

 寒太はそんな事も気が付かないで、手鏡をのぞき込む。

「うわ! なんだ? 頭から、変な紐が延びている!」
「それが魂の緒だ」
「これが? 気持ち悪い。取れないのか?」
「取ったら死ぬよ」
「え? マジ?」
「魂の緒というのは、分離した霊魂と肉体をつなぐもの。それが切れると、霊魂は二度と肉体に戻れなくなる」
「ええ! じゃあなんで悪霊は、俺の肉体に入れるんだよ?」
「悪霊が他人の身体に憑依する事はできるよ。だけど肉体を維持するには、本来の持ち主である霊魂から肉体を制御する必要がある。魂の緒が切れてしまったら、肉体は制御不能になって次第に崩壊していく。他人の霊魂が入っていても、肉体の崩壊は防げない」
「じゃあ、肉体は良いとして霊体である俺の方は、これが切れたらどうなるんだ?」
「その場合、君は霊界に逝くか、転生することになる。少なくとも荒木寒太という少年の人生は、魂の緒を切られた時点で終了するね」
「なんだって?」

 寒太は樒を睨みつける。

「おまえ、さっき死神に俺の魂の緒が切れるかどうか聞いていたな?」
「聞いていたわよ。だから、なに?」

 樒には、まったく悪びれる様子が見られない。

「なにって? これを切られたら俺は死ぬんだぞ!」
「だから何?」
「何って……俺が死んでもいいのかよ!?」
「あんたが死んだところで、私は何も困らないわよ」
「いや……でも……死神から……依頼されたんだろ? 俺の世話をしろって」
「私がロックさんから依頼されたのは、あんたの身体を捜すことと、霊体のあんたを家で預かることよ」
「だから……」
「今までは私も分からなかったのよ。あんたの身体が見つからなかったら、ロックさんはどうするつもりなのか? でも、さっきの話では死神の裁量一つであんたの魂の緒を切る事だってできるみたいね」
「いや……それは俺の身体が見つからなかった場合で……」
「あんたがあんまし私達を怒らせるような事ばかり言っているなら、ロックさんには『寒太の身体は見つかりませんでした』と報告する事もできるという事よ」
「え?」
「私達のムカつきも、いい加減限界に来ているのよね。あんましふざけた態度していると、あんたが生き返る事に私達は協力しないわよ」
「え? え? え? なんで? ひょっとして、あんたら……怒っているの? なんで?」

 寒太は助けを求めるような視線を僕に向ける。

「寒太。君の態度が僕らを怒らせている自覚はないのか? 一応、僕らも君のことは子供と思って大目に見ていたのだが……」
「え? え? 俺の態度って、そんなに悪いの?」

 自覚ないのか。

「さっき君は、ミクちゃんに鏡を見せてもらったな。そういう時はなんと言うべきだ?」
「え?」
「少なくとも『そんなのあるなら先に出せよ』は違うだろ」
「ええっと……」

 寒太はしばし考えてから、ミクちゃんの前に行き頭を下げた。

「鏡を見せてくれて、ありがとうございます」

 さっきまで、ムッとしていたミクちゃんの顔が少しだけ和らいだ。

「寒太君。言うことはそれだけ?」
「え? 他に何か?」
「『ありがとうございます』の後に『胸の大きい、キレイなお姉様』が抜けているわよ」

 オイオイ……ミクちゃん。

「え? ええっと、ありがとうございます。キレイなお姉様」
「『胸の大きい』が抜けているわよ」

 ミクちゃん……コンプレックスだったんだな……

「いや……胸は無いだろ」
「帰っていいかな?」
「あああ! 帰らないでください! 胸の大きいキレイなお姉様!」
「しょうがないなあ、もう少し付き合って上げるか」

 ミクちゃんの機嫌が直ったところで、僕たちは捜索を再開した。
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