怪盗ミルフィーユ

津嶋朋靖(つしまともやす)

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怪盗ミルフィーユの引退宣言

鬼頭邸〈ショコラ〉3

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「どういう事だ? なぜ、これが、まだここにある」
 おじい様は〈天使の像〉の乗った台座と、いつの間にか現れた、空っぽの台座を見比べ首をひねった。
「これはですね」刑事さんが空っぽの方の台座に手を掛けた。「一見、石の台座に見えますが、実はこれは形状記憶プラスチックでできていて、折り畳むとポケットにしまう事ができます。これにお湯を掛けると、三秒でこのような台座になるのです」
「ええ!? でも、変じゃない。〈天使の像〉が無事なら、なんで警報が鳴ったのよ?」
「あれは、警報ではありません。私が昨日コンビニで買った一つ五十クレジットの防犯ブザーです。ここの警報音と似た音を捜すのに苦労しました」
「なあんだ。そうだったのか……え?」ここであたしは、わざとらしく驚いた。「な……なんで、あんたが、そんな事を説明できるのよ!?」
「そ……そうじゃ! なんで、お前が知っている」
 おじい様も驚く。
「それはですね」
 刑事はニヤっと笑って、襟元に手を突っ込んだ。
 カチッ!
 なにかスイッチを押す音がする。
「うちが……」
 刑事の声が女の声になった。
 さっきのスイッチ音は、ボイスチェンジャーを切ったものだったのか。
 刑事は帽子のひさしに手を掛け持ち上げた。
「ば……化け物!?」
 おじい様が驚くのも無理はない。帽子と一緒に、刑事の顔も持ち上がったからだ。まるで、胴体と首が別れたみたいで、ちょっとグロい光景だけど……
「おじい様! 落ち着いて下さい。あれは帽子に、ホロマスクが仕込んであるだけですわ」
「なに!? そうか、ホロマスクか」
 立体映像仮面ホロマスクは変装用具の一種。他人の顔を撮影したり、CG合成した立体映像ホログラムを自分の顔の正面に投影する装置だ。ただし、立体映像と本来の顔がちょっとでもずれると、鼻が二重になったりして、あっさり変装を見破られる結構お間抜けなアイテムだったりする。
 あたしが説明している間にも、シャッターが上がるように、刑事の顔……つまり立体映像の下から、本来の顔が現れ始めた。始めに見えてきたピンクのルージュを引いた可愛らしい唇は、イタズラっぽい笑みを浮かべていた。
 整った鼻筋に続いて、切れ長の大きな目が現れる。
 バサ! 最後に豊かなブロンドの髪が、帽子の下から飛び出した。
「怪盗ミルフィーユだからやあ!!」
「刑事に化けるなんて、一番ありそうなパターンね。オリジナリティのない奴」
「じゃかぁしい!!」
 ミルフィーユはあたしの突っ込みに怒鳴り返すと同時に、トレンチコートを脱ぎ捨てた。下から現れたのは、目にも鮮やかな赤いレオタード。
 すらっと伸びた長い脚は、メタリックブルーのタイツと白いレッグウオーマーが覆っている。
 どうでもいいけど、レオタードの上にスカートぐらいつけろよ!! この恥知らず!
「ほな、これはいただいてくでぇ。文句ないな」
 とっくに警報の切られているガラスケースを外し、ミルフィーユは〈天使の像〉をゆうゆうと取り出した。
「おじい様!! 何とか……」
 『言ってやって』と言いかけて、あたしは絶句する。
 振り返るとおじい様は、だらしなく口を開け、スケベ色に染まった目で女怪盗を見つめていた。
 たくもう!! 男って奴は……
「ほほほ! 爺さんも、うちの色気には勝てんようやな」
「黙れ、この変態盗賊!!」
 あたしはロングスカートをまくり上げ、右足のアンクルホルスターから、麻酔銃を取り出した。狙いは……
「まて! 真奈美!! 賊はあっちじゃ」
 自分に銃口が向けられたの気が付いて、慌てておじい様は正気に戻った。
 でも、もう遅い。
「ごめんね。おじいちゃん」
 あたしはトリガーを引いた。速効性の麻酔ガスが老人を襲う。
 一応、体に害の無い種類を選んだのだけど、やっぱりちょぴっと胸が痛む。麻酔が完全に利いたのを確認してから、あたしは、ヘアピースを外した。ヘアピースの下には、まだ真奈美ちゃんの顔の立体映像が投影されている。まるで生首を持っているみたいだ。
  ホロマスクのスイッチを切ると、それはただの、ヘアピースになった。それをしまうと、床に倒れ込んだおじいちゃんの元にあたしは歩み寄る。
  聞こえていないと分かっているけど、あたしは話しかけた。
 「本当にごめんなさい、おじいちゃん。目が覚めたら、自室で縛り倒されている本物の真奈美ちゃんと刑事さんを助けて上げてね」
  そう、あたしは鬼頭真奈美ではない。あたしは……
「ショコラ。ようやったで」
  背後からミルフィーユ……長いからこれからミルって言うね……が猫撫で声であたしをねぎらう。でも、あんまし嬉しくない。
 「ミル。その〈天使の像〉って間違えなくパイザなの?」
  あたしは、感情を押し殺しながら背後にいるミルに言った。
 「まあ、ラボに持って帰って調べてみんと分からへんけど、十中八九間違えなしや」
  それを聞いてあたしは、麻酔銃を右足のホルスターに戻した。
 「なら、これであたし達が外宇宙へ行くのに必要なアイテムは、全部、揃ったのね」
 「そやな」
 「ミル。あの約束は覚えているわね」
 「約束?おお! 帰ったら、盛大に打ち上げパーティやろうな」
 「違うでしょ」
 「違う?……おお! そうや。これが終わったら、ショコラにお小遣いを……」
  忘れてる! こいつ、完璧に忘れてる。
  あたしは左足のホルスターから、スタンガンを抜いた。
  一度に三十発の電撃弾を、圧縮空気でショットガンのように打ち出すタイプだ。
  一発一発の弾はボールベアリング程の大きさだが、この中の常温超伝導物質のコイルには、人一人気絶させるのに十分な電力が蓄えられている。
  あたしはぴたりと銃口をミルに向けた。
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