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最終話『 想 』 - 02 /04
しおりを挟む― 言ノ葉ノ綿-想人の聲❖最終話『想』 ―
逢魔時らしい夕焼けが空を満たしていたその頃。
恵夢と綺刀は足早に例のアパートへと向かっていた。
だがその途中、その方角がずいぶんと騒がしい事に気付いた。
その先では、普段の住宅街では聞かないようなきびきびとした口調で誰かが声を張り上げている。
またそれは、喚いているというよりは、誰かに何か指示を出しているようだった。
更に、遠くでは救急車のサイレンが聞こえている。
音を聞くにそれは徐々に遠ざかっていっているようだった。
そんな音の便りを受け、二人はなんとなくまた嫌な予感が増し、アパートの正面へと通じる道を駆け足気味に進む。
そして、そんな二人がアパートの正面へ通ずる曲がり角を曲がると、すぐに数台のパトカーが目に入った。
また、アパートの敷地前では刑事と話しているらしい禰琥壱の姿もあった。
「……センセ?」
すると、そんな綺刀の呟きが聞こえたのか、それとも二人の視線に気付いてか、禰琥壱は一度二人の方を見た。
だが、誰かとの会話の途中だったようで、二人を一瞥した後はすぐに相手の方へ向き直り、話を続けていた。
その様子から、禰琥壱たちの会話が聞こえる程度の距離まで近付いたところで足を止め、恵夢と綺刀はそこで待つ事にした。
「――なるほど、話は分かったよ。――しかし、今回の件に関しては禰琥壱君も色々と大変だな。お疲れ様。それじゃ、またなんかあったら教えてくれ。――あぁそうだ、夕時ではあるが、熱中症と、それから、"隙間"に気をつけてな」
「ふふ、はい。そちらもどうぞお気をつけて」
「あぁ」
禰琥壱が話していた相手は、どうやら一人の刑事だったようで、禰琥壱と話す様子は随分と親しげだった。
そしてそんな彼はそうして話を終えると、去り際に手を挙げて挨拶をし、アパートの敷地内へと入っていった。
どうやらその刑事は、そのアパートでの現場検証の指揮を担当しているようだった。
綺刀はそんな刑事に見覚えがあった。
夜桜だ。
何の因果かは知らないが、この事件ではあの夜桜とも度々巡り合う運命にあるようだ。
そんな夜桜に会釈をして、二人のもとへと歩いてきた禰琥壱はまず苦笑した。
「こら、二人とも。さっきしてくれた"よいおへんじ"はどこに行ったのかな?」
「あ……」
「すいません……」
二人は、禰琥壱との約束を忘れていたわけではないのだが、この物々しい様子の中で禰琥壱を見つけてしまい、身を隠すよりも先に身体が前に動いてしまったのだった。
そんな恵夢と綺刀が素直に反省した様子でいると、禰琥壱は、まったく、と言って続けた。
「ここに俺が居なかったら、どうするつもりだったのかな?」
禰琥壱は腰に手をあて、首を傾げるようにしてそう言った。
それに対し、返答に窮している様子の二人に溜め息を吐き、禰琥壱は二人に歩み寄る。
そして順々に彼らの頭を軽く撫でてから歩き出す。
「ま、とりあえずここではなんだから、一旦うちにおいで。ちゃんと話してあげるから」
「はい……」
「センセー、その、ごめん」
「うん、もういいよ。君たちの身に何かあったわけじゃないし。それだけで十分だよ。――さ、おいで」
二人はそんな禰琥壱に返事をし、その後に続き歩き出す。
時刻は未だ逢魔時。
帰路を辿る間も、ヒグラシは延々と鳴き続けていた。
ゆっくりとリズムを変えてゆくその鳴き声はまるで、"隙間"への扉が軋みながら、次々と開いてゆく音のようだった。
宮下と禰琥壱が再開してから四日後の――2018年8月5日の事。
牧村が大家を務めるその古めかしい木造アパートでは、静々と除霊式に加え鎮魂の儀が執り行われた。
そして、203号室で無事にそれぞれの儀式を終えたらしい刻斉は、出番のなかった護符たちではたはたと自らを扇ぎながらアパートの階段を降りてきた。
それは、粗雑なのか呑気なのかよくわからない光景である。
また、その後ろからは京弥と大家の牧村、そして禰琥壱が続いて降りてくる。
「――ったく、すげぇアリサマだっつの」
相変わらず護符扇子で己を仰ぐ刻斉は、溜め息交じりにそう言った。
そんな彼に、恵夢が問う。
「そんなにか」
「そんなにだったよ」
刻斉は更にまた一つ溜め息を吐く。
その日、住人を失った203号室に足を踏み入れた直後の刻斉の目に映ったのは、部屋に蠢く異常な数の霊体や思念体と、その部屋の中央で何かを探し求めるように這いずる女の霊だった。
話では、その部屋に憑りついているのは女一人のはずだった。
という事はつまり、女以外の存在は、よそから呼び寄せられてしまった者たちという事になる。
恐らく彼らは、203号室の住人、野崎俊が執り行った降霊術のせいで呼び寄せられた者たちだ。
刻斉は彼らをそう判断した。
またそんな中、部屋の中央を這いずる女は、――どこに行ったの。置いていかないで――と悲しみの声を漏らしながら、何者かを必死に探しているようだった。
彼女が誰を探しているのか。
刻斉には判断が付かなかったが、彼女が生前愛していた人物か、あるいはここで死んだ野崎のいずれかなのだろうと思った。
ここに住んでいた大学生、野崎俊は、四日前にこの203号室で発見されたが、その時には既に死んでいた。
首を吊っての自殺だった。
だが、遺書も何もないようで、直接的な原因は現在調査中との事らしい。
「――本当に、ありがとうございました」
そんな凄惨な一室の浄化を済ませた刻斉が車に戻り涼んでいると、後から乗り込んできた大家の牧村が改めて刻斉に礼を言った。
そんな牧村に、刻斉は姿勢を正して対応する。
「あぁ、いえ。牧村さんも大変でしたね。色々と」
「いえ……」
今回の事は、牧村にとっても相当な心労となっていたのだろう。
牧村は、禰琥壱が初めて会った当時と比べると少しやつれていた。
刻斉は、そんな牧村を案じるようにして言った。
「ご安心頂きたいのですが、牧村さんには一切悪いものは憑りついてはおりません。ですので、安心して元の生活に戻られてくださいね」
「は、はい、ありがとうございます」
牧村は、そんな刻斉の言葉に驚いたようにぱっと顔をあげた後、安心したように礼を言った。
刻斉は、それに頷くようにして続けた。
「それと、後日執り行う地鎮祭についてですが、こちらは私ではなく、当家のもっと上の者がしっかりと担当させて頂きますので。そちらも、より安心してお任せください」
「あぁ、は、はいっ――そちらもお世話になります。何卒、宜しくお願いいたします」
「はい。こちらこそ」
そうしてまた深々と頭を下げる牧村に、刻斉も丁寧な一礼を返す。
地鎮祭というのは、工事などの際に行われる、工事の安全祈願や、その地を借りる為にその地の神に許しを得るなどといった事を目的とした儀式だ。
だが、儀式と言ってもこれといって特殊なものではなく、日本の一文化として現代でも十分に生きている風習の一つだ。
またそれは、その土地の解体工事が済み、更地になった際に行う事がほとんどだ。
そして、刻斉と牧村が話していたのはこのアパートの工事における地鎮祭についてだ。
このアパートは今回の件を受け、牧村の意志のもと取り壊される事になったのだった。
また今回、刻斉が203号室の浄化を担うきっかけになったのは、自殺した野崎が発見された日の事だった。
その日、警察から連絡を受けた牧村もアパートに訪れる事になったのだが、その際に禰琥壱と再会した事で、牧村から禰琥壱に除霊の話を持ち出したのだそうだ。
当時、アパートで大量の髪が発見された時から、牧村は禰琥壱が実は霊媒師なのではと考えていたらしい。
どのような事があっても落ち着いた対応をしているその様子から、なんとなくそう思ったとの事だった。
そんな牧村は、禰琥壱が野崎を発見したという話を聞き、笑われる事を承知で、もし霊媒師ならば除霊をお願いしたい、と申し出たのだ。
そしてその禰琥壱の手伝いもあり、刻斉が儀式を担当する事に繋がったのであった。
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