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🎐本章❖第四話🎐

第四話『 肉欲の刃 』 - 02 / 05

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「あの、もしかして、――しゅんの時も、夜桜よざくらさんが――?」
 雪翔ゆきとは、そうしてまっすぐに夜桜を見た。
 その問いと、その真剣な眼差しに、夜桜はまた少し驚いたようにした。
 だがその後、ゆっくりと頷いた。
「あぁ。そうだ」
「そう、だったんですね……」
 雪翔はそれを聞き、少しばかり視線を伏せるようにした。
 だが、どちらかといえばそれは、落ち込んでいるという様子ではなく、考えているという様子だった。
 そして雪翔は、そうして考えるようにしたまま言った。
「――でも、あのアパートって、その、俊の事以外に何か事件があったんですか? ――もしかして、夜桜さんもあの女の霊に?」
 夜桜は答える。
「……いや、……俺は、その女性とは会っていないよ……」
「――そうなんですね」
 どうやら夜桜も一応、あの女の霊がの存在を知っているらしい。
 だが、雪翔とは違い、夜桜はあの女の霊に何か恐ろしい思いをさせられたというわけではないようだった。
(そっか……じゃあ夜桜さんは見てないんだ……)
 夜桜の答えを確認するように、雪翔が心の中でそう呟くと、ふと声がした。
《どうして、知ってるの……?》 
「え?」
 雪翔は問いの意を声にして、正面を見た。
 どうやら、そうして問うてきたのは眞世まなせだったようだ。
 そしてそんな眞世は、酷く不安げな表情をし、雪翔を心配そうに見つめていた。
 雪翔は、そんな彼の視線にたどたどしく答える。
「え、えっと、その、――俺も……見たんです。その、女の霊を……」
 すると眞世は、そんな雪翔の言葉に驚いたようにして言った。
《そ、そんな……、大丈夫だったの?》
 そう言う眞世は、心から雪翔を心配しているという様子だった。
 そんな眞世の体は透けている。
 それは、紛れもなく、この世に存在する死者、あるいは幽霊である証拠だった。
 だが雪翔は今、そんな眞世の温かな心に触れた事で、彼のそんな表面的な要素などどうでもよいと思った。
 幽霊だろうが、眞世が自分と同じ人間に代わりない。
 雪翔はそう思い、まっすぐに眞世を見て答えた。
「は、はい。大丈夫です。――あの部屋にいた間は、凄い怖かったですけど――俺は、すぐにあの部屋を出たんで……」
 俊を置いて――。
 その時、雪翔の脳内にはまたその事実が蘇った。
 雪翔は心の中、一度秘めた罪悪感がまたぶり返すのを感じた。
《そう……何もなくてよかった……》
 だが、目の前の眞世が心配しているのは雪翔だった。
 それゆえに彼は、雪翔が無事であったという事実を聞き、酷く安堵したようだった。
 雪翔は、そんな眞世の温かさに触れ、その優しさに感謝した。
 だが、雪翔はそこで一つ疑問に思った。
 雪翔はそれを眞世に問う、
「……あの、雪平ゆきひらさんはどうしてあの女の事を……? もしかして雪平さんも、あの部屋に住んでたんですか?」
 すると、何気なく尋ねたその問いに対し、眞世はやや目を見開いた。
 そしてその後、少し悲しみを帯びたような微笑みと共に答えた。
《うん》
「そうだったんですね……」
 雪翔はそう言うと、そんな雪翔に同情の眼差しを向けた。
(大変だったろうな……。雪平さんはどのくらいあの部屋に住んだんだろう……。雪平さんも、すぐに出られたのかな)
 雪翔は、こんなにも気の弱そうな眞世があの部屋で暮らしていた様子を想像し、今更ながらに心配になった。
 雪翔がそうして、眞世の事を案じていると、ふいに禰琥壱ねこいちが眞世に声を掛けた。
「雪平さん」
 すると、少し沈んでいた様子の眞世は、はっとした様子で顔を上げた。
《は、はい!》
 禰琥壱は、そんな眞世に微笑み、問う。
「あれから、どうですか? 少しは成果が出てますか?」
 眞世はそれに対し、少し気を取り直すようにして答えた。
《あ、は、はい! ほんとにちょっとずつですけど、最近は物の感触がなんとなく分かるようになって来ました!》
「そうですか、それはよかった」
 眞世が嬉しそうにそう報告すると、禰琥壱もまた嬉しそうに笑んだ。
 すると、そんな眞世の報告に情報を加えるようにして、夜桜が言い添えた。
「こいつ、それがずいぶん嬉しかったみたいでな。最近はよく、猫の腹に顔をすりつけるのがブームになってるよ」
 眞世は、そう言った夜桜を慌てて制するようにした。
《わ、そ、そういう事は言わなくていいんだよ!》
「ははは、それは楽しそうですね」
 だが、禰琥壱にまでその話題を拾われてしまい恥ずかしかったのか、肌の紅潮こそないようだったが、眞世が随分と照れているらしいというのは雪翔にも分かった。
《うぅ……聞かなかったことにして下さい……》
 どうやら眞世にとって、そのブームは密かなブームでありたかったようだ。
 顔立ちも美人で愛らしく、クセの強い金色のハネ髪をもった彼。
 そんな彼は、恐らく雪翔や禰琥壱よりも年上なのだろうが、その性格からしても、可愛らしいという言葉がよく似合う人だと、雪翔は改めて感じた。
 そんな眞世が微笑ましいのか、禰琥壱は励ますようにして言った。
「ふふ、霊体でも、楽しみが増えるのは良い事ですから」
《は、はい……》
 未だその恥ずかしさから脱せていないのか、眞世は両手で己の頬を押さえた。
 そして、一人の幽霊のそんな可愛らしい様子に一同が和んだところで、話題はまた別のものへと移り変わっていった。
 もちろんその後は、あのアパートの件についての話が持ち出される事もなく、眞世の現状報告や、彼がどのようにしてこの世にとどまっているのかなどについてなどといった話題が展開された。
 そして、そこでなされる会話の内容は、雪翔にとって非常に新鮮で、どれもこれも興味をそそられるものばかりであった。
 また、そのようにして話を聞く中で、雪翔は、夜桜と眞世が旧知の友である事も知った。
 更に、――これは雪翔の憶測ではあったが、――そんな彼らは、普通の友人同士というよりも、もっと先に進んだ関係であったのだろうとも思った。
 だからこそ、今もこうして、お互いの想いで繋がり合い、非常に信じがたい形でこの世で共存できているのだろう。
(本当は、生きてるのが一番だけど、――でも、死んで終わりじゃなくて、死んでからもこうして居られるって……なんかちょっと羨ましいかも)
 雪翔はそんな二人と話している中、そんな事を思った。
 例え死んでしまったとしても、かけがえのない人や大切な人が傍に居るというのは、どんなに良い事だろう。
 雪翔は、強い絆から、そうして二人だけの特別な関係を紡いだ二人を前に、そう思わずにはいられなかった。

「――それじゃあ、また。今度は酒でも持ってくるよ」
「おや、それは楽しみですね。――ありがとうございます」
 時刻は夕暮れ。
 すっかりと夕焼けが空を覆ったその頃。
 夜桜と眞世は、禰琥壱への十分な報告を終えた後、彼の家を後にする事となった。
 雪翔は、禰琥壱と共に、そんな二人を玄関先で見送っていた。
 するとその際、眞世が雪翔の名を呼んだ。
《あの、雪翔君》
 雪翔は、それを不思議に思いながらも返事をした。
「はい」
 すると眞世は、また少し心配そうな面持ちで言った。
《もし、この先、どうしようもないくらい辛い事があった時は、絶対に一人で抱えないで》
 雪翔は、そんな眞世の言葉に少し驚くようにした。
 だが、そんな彼の優しげな眼差しを受け、黙したまま聞いた。
《君には禰琥壱さんも居るし、遼弥りょうやも、頼りないけど、俺も居る。協力できる事があれば、必ず力になるから。絶対に一人で抱え込んだりしないで、必ず誰かを頼ってね》
「――はい」
 雪翔は、なぜ突然、眞世がそんな事を言ってくれたのかは分からなかった。
 だが、そんな彼の言葉には、何かとても深く大きな背景があるような気がした。
 だからこそ、雪翔はその言葉を心の中に大切に受け取ったのだった。
 すると眞世は、雪翔が自分の言葉を受け取ってくれたと感じたのか、温かく優しげな笑顔で頷いた。
《うん》
 雪翔は、その笑顔がなぜだか心に沁みるように感じた。
 彼が死者だからなのか、それとも、彼があまりにも優しげに微笑むからなのかは分からなかった。
 だが、それでも雪翔は、そんな彼の言葉を絶対に忘れないようにしようと思ったのだった。

 そしてその後。
 夜桜と眞世を見送った雪翔は、もてなしの後片付けを手伝った。
 そんな中、とある物が雪翔の目に留まった。
 それは、先ほど眞世の前に置かれていた紅茶と茶菓子だ。
 雪翔はそれを見て、少し考えた後に禰琥壱に問うた。
「あの、禰琥壱さん。――もしかしてこれって捨てちゃうんですか?」
 その皿には、眞世に出された際と変わらず、整頓されたクッキーが綺麗に並べられていた。
 また、グラスの方はというと、氷はすっかり溶けきり、常温になった紅茶が入ったままだった。
 すると、既に食器を洗い初めていたらしい禰琥壱が言った。
「あぁ、それは置いておいていいよ。後で俺が食べるから。――ありがとう」
「あ、は~い」
 雪翔は、そんな禰琥壱の言葉に素直に従う事にした。
 そして、一度手に取ったグラスと小皿をその場に戻す。
(……やっぱり、実際に食べられるわけじゃないんだな……。――でも、雪平さんは“美味しい”って言ってたよな……――あれは何を食べてたんだろ……?)
 雪翔は茶菓子を見つめ、様々と思考を巡らせる。
 するとそこへ、手早く洗い物を済ませたらしい禰琥壱が、楽しげな様子で声を掛けた。
「――それ、どうなってるか気になる?」
「えっ!?」
 雪翔は、心の声を読まれたのかと思い、驚きの声をあげる。
 だが、対する禰琥壱は、それにまた楽しそうに微笑み、手を拭いながら雪翔の方へと戻ってきた。
 そして、雪翔の目の前までくると、首を傾げるようにして言った。
「ずいぶん気になってるようだったから」
 雪翔は、ずいぶんとその茶菓子を見つめてしまっていたらしい。
 また、禰琥壱にはその様子をばっちり見られてしまっていたようだった。
 雪翔は、なんとなくそれに恥ずかしくなったが、そんな禰琥壱の問いには正直に答える事にした。
「はい。その――雪平さんは、このクッキーを食べて“美味しい”って言ってたじゃないですか。――だから、食べれてはいるみたいだったのに、――でも、クッキーも紅茶も、最初から全然変わってないなと思って、――それが不思議で」
「ふふ、いい観察力だね。――じゃあ、その答えを教えてあげよう」
「は、はいっ」
 雪翔は、そんな禰琥壱からの褒め言葉に嬉しくなりつつも、答えが気になり、礼より先に、わくわくしながら返事をした。
「はい、じゃあこれ」
 すると禰琥壱は、上品な菓子箱からクッキーを一袋取り出し、雪翔に手渡した。
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