立派な淑女に育てたはずなのに

茜菫

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本編

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 葉は青々と生い茂り、やがて色をなくして枯れ落ちて、雪に覆われその中から新たな芽を吹かせる。季節はめぐり、再び春を迎えた塔には窓から麗らかな陽光が差し込んでいた。

 その陽光を眺めながら、塔の中でどれほど季節が巡っても姿を変えることのないレアケはソファで優雅にくつろいでいた。

 腰にまで届くほどの長い白髪、眠たげな薄紅色の瞳、日に焼けたことなどない白い肌。浮世離れした美しさをもった魔女は片手で口元を覆い、その美しさを台無しにする大あくびをしていた。

「ふあぁ……エスタ、エスタや」

「魔女さま、お呼びでしょうか」

 レアケが己の侍女の名を呼ぶと、それに応えて侍女、エスタは彼女の前に出た。その姿を見て、レアケはうれしそうな笑みを浮かべる。

 胸元にかかるほどの長さの金色の髪と美しくかがやく新緑の瞳、ふっくらとした頬と柔らかそうな唇。首元にはフリルのチョーカーが飾られており、質の良い丈の長い紺のワンピースを身にまとったエスタはここに来たばかりの痩せこけた少女の姿から美しく成長していた。

「エスタ。新しい服はよく似合っておるようだの」

 背丈もぐんと伸びてレアケに届こうとしている。胸は平坦だが体は痩せすぎず、姿勢は美しく、見た目は立派な淑女だと言えるだろう。

「……ふうむ、こうしてみると、立派な淑女のように見える」

「ふふん、だろ? ……てかむしろ、魔女さまのほうが淑女らしくないよな」

「……お口は、相変わらずだがの」

「あら、失礼いたしました」

 ほめられて素に戻ったエスタだが、丁寧な言葉遣いで答えてすぐに口元に手を当て、上品に笑って見せる。その姿は非の打ちどころがない淑女だ。

「まあ、適度に淑女らしくなっておるの」

「ふふ、そうでしょう? ……っけほ、けほ……」

 エスタは声が掠れ、少し咳き込む。その様子にレアケは少し心配そうにエスタの顔をのぞき込んだ。

「大丈夫か? そなた……このまえの風邪から、なかなか声が治らぬのう」

 冬から春に移りゆくころ、エスタは風邪を引き、熱を出して寝込んでいた。そのころから声の掠れが目立ち始め、春になったいまもそれが続いている。

「……大丈夫です。魔女さま、きれいな声を出せる魔法はご存知でしょうか」

「知らぬ。が、知らぬなら作ればよかろう?」

「さすがは、魔女さまでございますね」

「ふふんっ」

 レアケは得意げに胸をはる。何度かエスタを真似てそれを繰り返しているうちに、いまでは癖になっているようだ。

「まあ、作ってもよいが……それよりも、そなたの喉を治すべきだろう」

「……おっしゃるとおりですね」

 美しい声を出す魔法を使ったとしても、それは症状をごまかしているだけで根本的な解決にはならない。レアケは安心させるかのようにエスタに笑いかける。

「なに、心配するでない。私がとっておきの蜂蜜湯をつくってやろう」

「……うれしい、です」

 エスタはそう答えたものの、その表情は暗い。レアケは不思議そうに首をかしげる。

「エスタ?」

「……、魔女さま。先に仕事を片づけてきますので、その後ぜひお願いします」

「う、うむ……楽しみにしておれ」

 エスタはそそくさと階段を下り、地下の倉庫に入った。



「……はあ」

 ため息をついたエスタの視界に、倉庫の中にしまわれたままの姿見の鏡が入る。エスタは鏡の前に立つと、首元のチョーカーを少しずらした。

「やっぱ、目立ち始めているな……」

 チョーカーで隠していた喉には、女であれば目立たないはずの喉仏が存在を主張し始めていた。エスタの声の不調は、これが原因だ。

(魔法使って隠す……わけにはいかないしな……)

 レアケが未だに正体をつかめていない、エスタが使っている魔法、それはあるものをないように見せるものだ。エスタはそれを用いて自分の男の象徴を見えなくしていた。

 見えなくしているだけなので、実際にはそこに存在している。ただ場所が場所のため、レアケは魔法が使われている部位を認識しておらず、だからこそレアケをだまし続けられていた。

 喉仏もそれと同じ魔法を使って隠すことはできるが、魔法をレアケの目にさらせば簡単に見破られてしまうだろう。そうなれば、エスタは男であることを知られ、ここにはいられなくなる。最悪、殺される可能性もあった。

(……ここを離れるのは、嫌だ)

 エスタはここから、いや、レアケから離れたくなかった。それは修道院に預けられた妹アニカを守るためでもあるが、エスタ自身がレアケのそばにいたいと望むようになっていたからだ。

 エスタにだれも教えてくれなかったことを教え、生きる力を授けてくれたやさしい魔女。エスタはレアケと共に過ごし、失言で頭をわしつかみにされて痛い思いをすることは多々あったが、彼女のやさしさに触れて好感を持つようになっていた。

 エスタにはレアケを助け出す力はない。だがせめて、彼女のそばでその心に寄り添っていたい。そう思うエスタの心に反して、彼の体は男になろうとしていた。

「……どうしたらいいんだ」

 いまは喉仏もチョーカーで隠せる程度だが、いずれは隠しきれなくなるだろう。節々の痛む体はまだ成長を続けており、いずれは背丈がレアケを追い越し、手足の大きさも女とは言いにくいほどになってしまうかもしれない。

 それらを隠すため魔法を使えば、多くの者を欺けたとしても、魔女の目は欺けないだろう。

 エスタが、エスタでいられる時間は長くなかった。残りわずかな時間をどれだけ引き伸ばせるか、エスタはそのことばかり考えていた。

 たとえ引き延ばせたとしても、いつか終わりはやってくる。それをわかっていても、エスタはそれから目をそらしてわずかな可能性に縋り続けていた。

「……仕事しよう」

 エスタはため息をつき、新しいシーツを引っ張り出した。それを抱えて倉庫を出たところで、ここに来たばかりのエスタでは感じ取ることのできなかった魔力の流れを感じとる。それは王族らがここにやってくる際に使う、転移の魔法だ。

(また、だれか来たのか)

 王か、王妃か、それとも王太子か。

(三日前に来たから、王妃ではないか)

 王妃がやってくるのは、かならず王が訪れたあとだ。王妃は王がレアケのもとにやってくると数日以内に訪れ、彼女を罵倒して手を上げる。ただの侍女でしかないエスタは王族に逆らえず、それを歯を食いしばって耐えるしかなかった。

 今回は王か、王太子か、どちらにしてもレアケの体目当ての男だ。エスタが顔をしかめながら扉を見ていると、それはゆっくりと開かれる。

(……変態ジジイの方かよ)

 入ってきたのは王、レイフだ。エスタが頭を下げると、普段ならその存在を無視するレイフはなにを感じたのか、エスタへと一歩近づいた。

「……っ」

 頭を下げていてもそれがわかったエスタは、緊張に体をこわばらせる。

「ほう、おまえ……顔を上げよ」

 その声にエスタは顔を青くした。王の命に逆らってはいけない。青い顔のまま顔を上げたエスタは、せめて目だけは合わせまいと視線を下に向ける。

「……ふん、よく成長したものだな」

 エスタはその言葉にぞっとして視線を上げた。エスタの目に映ったのは、自分をいやらしい目でみる下卑た老人の目だ。

(……っ、このクソ野郎……!)

 エスタはその股間を蹴り上げて逃げ出したかったが、相手と自分の立場を考えればできるはずもなかった。助けを求めるかのように視線をさまよわせると、王の後ろ、扉のそばに立つ騎士が目を背けているのが見える。エスタは騎士のことを役立たずと内心で罵った。
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