堕ちた聖女と騎士

茜菫

文字の大きさ
7 / 15

7

しおりを挟む
(二人はどうなるのかしら)

 エカチェリーナは昨夜読んでいた本を読み進める。想いを確かめ合った二人は、共に逃げることを選んだ。計画を立てて屋敷を抜け出し、駆け落ちした二人にはさまざまな苦難があった。

 父親からの追っ手や、たどり着いた町で巻き込まれた事件。多くの困難を二人で乗り越え、ついに二人は隣国にまで逃れ、ようやく落ち着ける場所を手に入れる。

(これで二人は結ばれるのね……!)

 新しい自分たちの場所を得て、二人は抱き合い、よろこびを分かち合った。何度も口づけ合い、二人は心も体も結ばれる。

「……心も体もって、どういうこと?」

 この展開にエカチェリーナの頭は置いていかれていた。なにもわからないまま次の文に目を滑らせる。

「熱い夜を過ごした二人は……熱い夜?」

 言葉の意味が理解できず、エカチェリーナは首をかしげた。いつの間にか場面は朝になっており、エカチェリーナの頭はさらに混乱する。

「一糸まとわぬ姿の……え? 二人とも、裸なの?」

 まったく理解できない展開に、エカチェリーナはそっと本を閉じた。あともう少しで読み終わるところだが、理解できないまま読もうという気にはなれなかった。

(身も心も結ばれる……どういうことかしら)

 疑問に思ったエカチェリーナはオルゴールを手にとった。随分と時間も過ぎていて、そろそろいい頃合いだろう。

 エカチェリーナが鏡の前にたつと、オルゴールが鳴り始める。鏡はアレクサンドルの姿を映し出し、鏡に映った彼はエカチェリーナにほほ笑みかけた。

「カーチャ、会いたかった」

「私も会いたかったわ、サーシャ……!」

 エカチェリーナが鏡に近づくと、アレクサンドルも鏡に近づく。そのまま顔を寄せ合い、ふたりは鏡越しに口づけ合った。

 固くて冷たい鏡の感触が、触れられないエカチェリーナの心をなぐさめる。少し物足りなく、名残惜しさを覚えながらも、エカチェリーナはそっと鏡から離れた。

「カーチャ、遅かったですね」

「えっ、いつもと変わらない時間じゃない?」

「だから、遅いのです。すぐに会ってくれると思っていたのに。早く、会いたかった」

 エカチェリーナは驚きに目を丸くし、すぐに顔を赤くした。早く会いたいと思っていたのが自分だけではなかったと知り、うれしさではにかむ。

「じゃあ、明日からは本を読まずにすぐに来るわ」

「……本を読んでいたのですね」

「ええ。途中だったから」

 そこでエカチェリーナは先ほどの疑問を思い出す。想いを通じ合わせた二人が過ごした熱い夜とは、いったいどんなものなのか。

「物語の二人は、どうなりました?」

「あっ、えっと、二人は駆け落ちして、隣国まで逃げたの。その、それで……」

 エカチェリーナはそこで言葉を切ってうつむく。ちらりと視線を向けるも、アレクサンドルはなにも言わずにエカチェリーナの言葉を待っているだけだった。

「あの、サーシャ」

「はい」

「二人は熱い夜を過ごしたって書いていたのだけれど……あなたは意味がわかる?」

「……ふっ」

 アレクサンドルは一瞬目をそらし、ややあって小さく笑った。その笑みの意味がわからず、エカチェリーナは首をかしげる。

「ああ、熱い夜ですか」

「ええ。裸になっているみたいで……」

「確かに、熱い夜は裸で過ごすことが多いでしょうね」

 アレクサンドルの口ぶりからして、彼は熱い夜がどんなものなのか知っているのだろう。エカチェリーナが答えを催促するように見つめると、アレクサンドルは目を細め、口角を上げる。

「私、わからなくて……」

「穢れを知ってはならない聖女さまが、知れるはずもありませんね」

「え?」

 エカチェリーナは首をかしげる。アレクサンドルは手を伸ばすと、鏡に触れてエカチェリーナをじっと見つめた。

「熱い夜は、男と女が愛し合う夜のことです」

「……愛し合う?」

「身も心も裸になって、すべてをさらけ出し、抱き合い、口づけ合って……深く、交わるのです」

 どくんとエカチェリーナの胸が高鳴る。その言葉の意味をすべて理解できたわけではないのに、エカチェリーナの胸は騒ぎ出した。

「交わるって……」

「知りたいですか?」

 エカチェリーナは自分を見つめるアレクサンドルの目から目をそらせず、動きを止める。息を呑み、なにも答えられないエカチェリーナに、アレクサンドルは甘い声で誘惑した。

「カーチャ。私と愛し合いましょう」

 その言葉に、エカチェリーナは顔を真っ赤にした。ゆっくりと口を開き、震える声でアレクサンドルに問いかける。

「これも……秘密?」

「大丈夫、鏡越しですから」

 口づけと同じように、本当には触れ合えない、本当には愛し合えない。それでも、愛し合おうとする事実だけが残る。

 秘密だから。鏡越しだから。そんな都合の良いいいわけの前に、エカチェリーナは己の欲に従った。

「私……あなたと、愛し合いたいわ」

 アレクサンドルはその答えに、目を細めて満足そうにうなずいた。

「私もです」

 改めて、エカチェリーナは鏡越しにアレクサンドルと向き合う。エカチェリーナはこれからいったいなにをするのか、不安でありながらも期待のほうが大きい、そんな気持ちだった。

「では、カーチャ」

「っ、なに?」

「脱いで」

 突然の言葉にエカチェリーナは目を白黒させ、固まった。アレクサンドルはその反応に小さく笑う。

「裸になって、すべてをさらけ出すと言ったでしょう?」

「そう、そうね……」

「私も脱ぎますから」

「えっ」

 エカチェリーナが驚いている間に、アレクサンドルは胸元の紐をゆるめ、服の裾をつかんで一気に脱ぎ捨てた。鍛えられた上半身が惜しみなくさらけ出され、エカチェリーナの目が奪われる。

「ほら、カーチャも」

「ええ……」

 促され、エカチェリーナはネグリジェの胸元のボタンに手をかけた。震える手で一つ一つボタンを外す様子を、アレクサンドルはなにも言わずに眺めている。

 すべてのボタンをはずし終えると、胸元が開けた。アレクサンドルの視線を感じながら、ネグリジェを肩から滑らせ、袖から腕を抜く。胸元でネグリジェを押さえてとめていたが、その拍子に手が離れ、ネグリジェがすとんと足元に落ちた。

「きゃっ」

 エカチェリーナは小さく悲鳴を上げ、慌てて胸を腕で隠した。焦るエカチェリーナにアレクサンドルがやさしく声をかける。

「カーチャ、隠さないで」

「で、でも」

「ほら、腕を離すんだ」

 やさしげだが有無を言わさない声に、エカチェリーナは従う。そっと腕を離すと、恥ずかしさでアレクサンドルから目をそらした。

「きれいだよ、サーシャ」

 甘くやさしい声にエカチェリーナの胸が高鳴る。アレクサンドルに視線を戻すと、すこし不満げにつぶやいた。

「……サーシャは下を脱いでいないじゃない。不公平だわ」

「ああ、そうでしたね」

 アレクサンドルはうなずくと、あっさりとズボンを脱ぎ捨てた。そのままなんの躊躇もなく下着まで脱ぎ、なにもまとわない、生まれたままの姿になる。

「あ……」

 エカチェリーナは目を見開き、その姿を凝視した。太い両腕に厚い胸板、しっかりと割れた腹筋。腹の左右から伸びる線が続く先、たくましい両脚の間にみたことのないものがある。

「そっ、それは……?」

「……男と女が愛し合うために、必要なものですよ」

 はじめて見る男の逸物に、エカチェリーナの目は釘づけだ。アレクサンドルは笑いながら、自分のそれに手を添える。

「……知らなかったわ」

「男にしかないものですからね。聖女さまが知らなくて当然です」

「男にしか、ない……」

「女性にしかないものものもありますよ」

「そう、なの?」

「はい。それも、愛し合うために必要なものです」

 エカチェリーナはアレクサンドルの言葉をなにも疑わずに聞き入る。愛し合うために必要なものが、男女それぞれにある。自分にそんなものがあるのかと、エカチェリーナは知りたくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

本物の聖女なら本気出してみろと言われたので本気出したら国が滅びました(笑

リオール
恋愛
タイトルが完全なネタバレ(苦笑 勢いで書きました。 何でも許せるかた向け。 ギャグテイストで始まりシリアスに終わります。 恋愛の甘さは皆無です。 全7話。

私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど

紗幸
恋愛
社畜女子だったユイは、気づけば異世界に召喚されていた。 慣れない魔法の世界と貴族社会の中で右往左往しながらも、なんとか穏やかに暮らし始めたある日。 なぜか王立魔道士団の団長カイルが、やたらと家に顔を出すようになる。 氷のように冷静で、美しく、周囲の誰もが一目置く男。 そんな彼が、ある日突然ユイの前で言い放った。 「……俺にかけた魅了魔法を解け」 私、そんな魔法かけてないんですけど!? 穏やかなはずの日々に彼の存在が、ユイの心を少しずつ波立たせていく。 まったりとした日常の中に、時折起こる小さな事件。 人との絆、魔法の力、そして胸の奥に芽生え始めた“想い” 異世界で、ユイは少しずつ——この世界で生きる力と、誰かを想う心を知っていく。 ※タイトルのシーンは7話辺りからになります。 ゆったりと話が進みますが、よろしければお付き合いください。 ※カクヨム様にも投稿しています。

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

「偽聖女」と追放された令嬢は、冷酷な獣人王に溺愛されました~私を捨てた祖国が魔物で滅亡寸前?今更言われても、もう遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢フィーア・エメラインは、地味で効果が現れるのに時間がかかる「大地の浄化」の力を持っていたため、派手な治癒魔法を使う異母妹リシアンの嫉妬により、「偽聖女」として断罪され、魔物汚染が深刻な獣人族の国へ追放される。 絶望的な状況の中、フィーアは「冷酷な牙」と恐れられる最強の獣人王ガゼルと出会い、「国の安寧のために力を提供する」という愛のない契約結婚を結ぶ。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

処理中です...