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深まる謎①

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 リン達が食堂を出たのは大分夜も更けてからだった。
 
 「リン……大丈夫ですか?」

 「うーん……く、苦しい……」
 「食べすぎですよ。部屋に行ったら薬がありますから、もう少しの辛抱ですよ」

 あれからリンはサラダ、肉料理、魚料理、パスタ、そしてデザートまでを平らげてしまった。

 お陰でお腹いっぱい胸いっぱい、だけどよれよれ、というなんともお粗末な状況となっていた。

 少し飲んだワインも足元をふらつかせる要因になっているのかもしれない。

 リンは半分アンリに抱えられながら、領主の屋敷へと向かっていた。

 雲が厚く、星も月も出ていない闇夜は真の闇である。

 一寸先に何があるかも分からない闇の中をランプの明かりだけで辿る。

 もちろんこんな闇夜に好き好んで夜歩きする輩もいるわけでもなく、人の気配も全く無かった。
 否、人の気配がするわけは無かった。だが……。

 「ねぇ、アンリ、なんか聞こえる……」

 リンは足を止めるとアンリに言った。

 「……。イシュー……ではないようですが。確かに人の気配がします」

 目の前に見える領主の屋敷への門方へ、リンとアンリは気配を消してにじり寄った。
 その時、がさ、と音がした。

 「誰!!」

 鋭く叫んだアンリの言葉に触発されるかのように、『ギャー』という赤ん坊の泣き声が闇夜に響き渡った。

 「誰っすか!?」

 見回りをしていた騎士が、ようやく人の気配に気づいたらしく、問いを投げると、不審な者の影がビクリと肩を震わせた後一目散に逃げ出した。

 「待つっす!!」

 そう言うと、騎士の男は近くにあった弓を不審な男目掛けて放った。

 しゅっという音共に、弓矢は闇を切り裂き不審者へ一直線に向かっていく。

 不審者の足に見事に突き刺さったが、相手はそれにかまわず走り続ける。
 リンは騎士の男が弓を射るとほぼ同時に大地を蹴り、男を追って駆け出していた。

 「待ちなさい!!」

 リンたちが後を追ってくることに気づいた男は、リンへ向かって何かを放り投げた。
 ぎゃんぎゃんという泣き声が徐々に近づいてくる。

 「!!ば、ばか!!これって!!」

 瞬間的にリンはそれをキャッチしようとダッシュするが、後一歩足りない。

 リンはそのまま飛び、スライディングしてそれをキャッチしようとした。

 腕の中に柔らかな感触が広がり、ぬくもりが伝わる。

 リンはそれに衝撃が走らないように自分の身を下にして抱きとめた。

 地面に肩が擦れ、小さい痛みが走ったが、気にせずにゆっくりと起き上がり、リンは腕の中のものを確認する。
 やはり中身は赤ん坊であった。

 「よ、よかった。無事だった……」

 赤ん坊に傷が無いことを確認すると、リンはほっと安堵の笑みを浮かべた。

 「リン!大丈夫ですか?」
 「こっちは大丈夫!アンリ、あいつを追って!!」
 「分かりました」

 後からやってきたアンリはリンの指示に従い、不審な人物を追って走り出した。

 「大丈夫っすかぁ~!!」

 遠くから駆けつける騎士達の中に見知った顔があった。

 「あ、あなた、昼間の騎士さん」
 「聖騎士殿!昼は世話になったっす。それより、怪我はないっすか?」
 「うん、かすり傷よ。それより、この赤ちゃんって……」
 「おーよしよし。ちょっと借りるっすね……こ、これは、姫様っす!!」

 騎士の男はぎこちなく赤ん坊をリンから受け取ると、驚いた表情を浮かべた。

 「間違いない?」
 「たぶんっすけど。この産着にはラスフィンヌの紋が入ってるっす。これを身につけられるのは姫様しかいないっす。それに、面立ちが奥様にそっくりっす」
 「そう……。私はアンリの後を追うから、赤ちゃんはよろしく!!」
 「了解っす!!」

 赤ん坊を騎士の男に預け、リンはアンリの後を追うことにした。

 並みの男より体格の良い騎士に抱きかかえられた赤ん坊は、さらに小さく見えた。

 が、騎士の男に包まれるように抱かれ、すやすやと眠り始めている。

 リンは、その様子を微笑みながら見つめると、踵を返し、アンリが消えた森へと走り出した。

 その顔は既に聖騎士の顔であった。

 「どうして、犯人は領主の子供を返しに来たのかしら…」

 リンの疑問に答えるものはなく、呟きは闇の中に溶けていった。

※ ※ ※ ※

 夜の森は鬱蒼とし、人の出入りを拒んでいる。

 まるで世界はイシューのものであると告げているかのように。

 森の小道を駆け、アンリを追いながら、リンは頭の中でこれまでの出来事をまとめようと試みていた。

 領主の子供の誘拐
 村に伝わる伝承
 森の中にあるという村
 返された領主の子供

 色々な情報があるものの、どうもその関連性が見えなかった。
 誘拐の犯人はいったい何の目的で子供を攫うのか?

 そして一度攫った領主の子供を、何故返しに来たのか?
 考えるほどに疑問点が膨らんでいく。

 「リン!!」

 突然自分の名を呼ばれ、リンは我に返った。

 「あ……アンリ。どうだった?」

 リンの問いかけにアンリは首を左右に振った。

 「すみません。この近辺までは確認できる距離だったのですが、急に見失いました」
 「そっか。でももしかしたらまだ潜んでいるかもしれないね。ちょっと探してみようか」
 「いえ、今夜は止めた方がいいかと……。夜に森に入るのは余り気が進みません。それに、相手は手傷を追っています。もしかしたら血痕があるかもしれませんから、明日、日が昇ってから捜索しませんか?」

 「うん……」
 「リン?先ほどもそうでしたが、任務中や森の中で考え事をするのは感心しないですよ」

 上の空で話を聞くリンを、アンリは軽くたしなめた。

 リンの性格上、一つのことに集中すると周りが見えなくなる。

 さっきもかなりの近距離に接近していたにも関わらず、リンはアンリの気配に気づかなかった。

 これがイシューであったなら、一発で致命傷を与えられ、絶命してもおかしくない間合いである。

 殺気が無いから気づかないというのもあるが、聖騎士として、なによりも対イシューとの戦闘を常とする身としては致命的な欠点であった。

 「う。ご、ごめん」
 「ごめんで済むならいいですけど……本当に心配をかける人ですね。で、どうしたいですか?」

 反論の余地がなく、唸るしかないリンにアンリは微笑みながら言った。
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