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深まる謎②

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 近くの木にもたれるように腕を組み、話を聞こうとするアンリに、リンは降参とでもいうように両手を上げた。

 「はぁ、まったくアンリにはかなわないわ」
 「私はリンの相方ですからね。貴女は私の主でもあり、守るべき大切な人でもありますし」

 「もう、すぐそうやって茶化すんだから。まったく、いつも真面目なのに、こういう時だけ冗談言わないで!」

 アンリとしては至極まじめにそう言ってくるのでこそばゆいことくなり、気恥ずかしくなって怒鳴ってしまった。

 「えっと、本題に入るけど……」

 リンはこほんと咳払いをしつつ、これまで考えていることを一つ一つ言ってみることにした。

 「あの赤ちゃんはやっぱり領主の子供だったみたい」
 「あの不審人物が持っていたということは、犯人か、それとも助けてくれたのか?」
 「……あるいはその両方かもしれないわ」
 「では可能性を潰して見ましょう」

 アンリの提案に、リンは頷きながら自分の考えを口にした。

 「まず、可能性①。犯人はイシューであるという場合」
 「そうすると、あの不審者は使い手で、イシューを倒して子供を助けたということになりますね」

 「でも、そうならばもっと堂々と返しにくればいいでしょ?私たちに呼び止められて逃げるって言うことはやましいことがあるって感じじゃない?」
 「確かにそうですね。ということは、あの不審者は誘拐事件の犯人と何らかの関わりがあるかもしれないですね」

 リンはアンリの言葉に同感といった体で頷いた。

 「じゃ、次。可能性②。犯人は人間である場合。何らかの目的で領主の子供を攫ったものの、やっぱり返しに来たということになるわね。これならさっきの不審者が犯人の行動とも辻褄があうし」
 「えぇ、ですからこの事件はやはり人間の仕業かと私は思います」

 「とは言うものの、犯人に関しての情報はあんまりないわよね。決定的な目撃情報としては領主夫人の証言だけでしょ?」
 「そうですね。『犯人は複数』ということと、『犯人は男だった』ということに2点だけになりますね」
 「領主の子供を攫って、でも領主の子供を返して…目的が分からないからその行動もよく分からないわね」

 うーんと唸りながら考えをめぐらしていたリンが、ふと思いついたように言った。

 「……もしかして、犯人は領主の子供だって知らなかったんじゃないかしら?」
 「どういうことですか?」

 「領主はたまたまガザンに来ていたって話だから、それを狙っての犯行というは難しいと思うの。それに身代金などの脅迫も来てないし……。なにより同日に他の子供も攫われている。このことを考えると村の伝承に則って子供を誘拐したものの、攫った子供が領主の子供だということが後で分かったのかもしれない」

 「だとしたら、何故わざわざ子供を返しに来たのでしょうか?返しにくるリスクが高いと思いますが……」
 「もしかして……、捜索隊のせい……かもしれない」
 「捜索隊?」

 「子供の捜索・奪回として捜索隊が結成されていたという話があったでしょ?捜索隊が結成されたのは領主の子供が攫われたからだわ。もし領主の子供が攫われることがなければ捜索隊が結成されることは無かった……」

 「そういえば、食堂のおかみが『すごい捜索隊が結成されて森に入ったって……』仰ってましたね」
 「ええ。つまり犯人は森に入ってきて欲しくなかったってことになるんじゃないかしら」

 「そうなると、攫った子供が領主の子だったってことに気づかない人物で、森を捜索して欲しくない人間が犯人ってことになりますね」

 「それにね、領主が乗っていた馬車には普通、ラスフィンヌの紋が入っているはずでしょ?つまり一目で領主の馬車だって分かるのに、あえてその馬車を襲ったってことはラスフィンヌの紋の意味が分からない人間なんじゃないかと思うの」

 「少なくとも、村人はラスフィンヌ紋を知っているでしょうね」
 「でしょ。ってことは、ガザンの村人以外ってことになるんじゃないかな?」

 アンリはリンが言わんとしていることをまとめた。

 「ではリンはこう言いたいのですね。犯人は人間。目的は不明。現在の容疑者としてはさっきの不審人物。そしてそれには森にある村が関与している……と」

 「うん、そう考えるのが自然かなって思う」

 アンリに話すことで、リンは状況を整理することができ、自分の考えがよりクリアになると感じていた。
 やはり頼りになる相棒である。

 「でもここで大きな問題がありますね」
 「うん。肝心の村が本当にあるのか。あるならどこにあるのか……。見当もつかないわね」

 「これまでの推論は状況を整理した上でのあくまで可能性の一つです。やはり現時点では犯人まで絞りこむことは難しいと思います。唯一の手がかりになるとするならば……」
 「あの不審人物ね。アンリの言うとおり、今日は帰って明日の朝にでも血痕を探そう!」

 リンの言葉にアンリも同意の表情を浮かべる。
 そのまま村への道を戻ろうとしたリンの足が止まった。

 「リン?」
 「イシューの気配がする!」

 闇に集中し、アンリはイシューの数を感知するために目を閉じた。

 「一……三……。全部で四匹です!三匹は雑魚ですが、一匹は中級です。場所はここより南方の方角」
 「ここから離れているみたいね。イシューに嗅ぎ付けられる前に村に戻ろっか」
 「そうですね」

 同意を示したアンリが急に切羽詰まった声を上げた。

 「リン、人の気配が混じっています!」
 「なんですって!?こんな時間になんで人がいるのよ!」

 リンはアンリが示した方角へ向かって走り出した。

 「リン、まさか今から行くつもりですか!?」
 「あたりまえでしょ?人が襲われているかもしれない!助けなきゃ!!」

 リンの力強い言葉に、アンリは黙って従った。

 先ほどまでは厚い雲に覆われていた空であったが、いつの間にやら雲間から月が顔をのぞかせている。

 その月明かりを頼りに、リンは闇に沈んだ森を駆けた。

 やがて前方から差し込む月の光が色を増し、一気に視界が広がると、同時にリンはその足を止めるsた。
 足元は十m程度の崖となっていたのだ。そしてそこに広がる光景にリンは言葉を失った。

 「これって……」

 リンの呟きに隣に駆け付けたアンリも息を飲んだ。
 眼下に広がるのは対岸が見えないほど大きな湖と、そのほとりに真紅の花をつけた巨木であった。

 艶かしいほどの赤い花は、月明かりに照らされて、妖艶に咲き誇っている。

 その圧倒的な美しさと存在感は、遠目からも息を呑むほどであった。

 「先ほどの老人が言っていた場所……でしょうか?」
 「でも、あの話では白い花を咲かせる木だって言っていたのに……」
 「老人の見間違いということもありますね」
 「とにかく、あれが例の木ならばこの近くに村があるはず」
 「そうですが……今はイシューを追うのですよね」
 「そ、そうだった!!」

 目的を思い出し、闇に目を凝らすと崖下の森の木々の間から少女が出てくるのが見えた。

 少女は全力で走って逃げているが、イシューの早さに敵うはずも無く、その差はじわじわと縮まり、やがて少女はリンの立つ崖まで追い詰められてしまった。

 「こんな夜更けに、何やってるのよ!」
 「リン!!」

 リンは苛立たしげにつぶやくと、アンリの静止も聞かずにその身を崖から躍らせた。
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