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異形の者①

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 エリクは自分の心臓が張り裂けんばかりに脈打つのを感じていた。あまりにも大きな音でなるので、村長に気づかれてしまうのではないかと思ったくらいだ。

 ユリヤが水柱に飲み込まれ、消えた後には今までのことが夢だったかのような静寂が広がっていた。年を重ねている村人達は、いつものことだと言わんばかりに早速に祭りの片付けを始めようとしていた。

 「村長様。祭りも滞りなく終わりました。これで、村は安泰です」

 村の長老の一人が村長に告げた言葉を耳にし、エリクはユリヤが吸い込まれた湖面を見つめつつ静かに言った。

 「まだだ……まだ、終わりじゃない」
 「どういうことだ?」

 エリクの言葉を聞き、村長も長老達も怪訝そうな表情を浮かべた。

 「村長、あなたは大きな過ちを犯した。ユリヤを…捧げるのではなかった」
 「何を……言っているのだ、エリク?」
 「あなたはユリヤを忌み子と定めた。長老たちも村人も知らないその真意、その意味。あなたは知っているはずだ」

 「エリク……お前は、何が言いたい?」
 「ユリヤを……あの痣を持つ子供を捧げる時、神が目覚めるのを村長であるあなたが知らないわけはないでしょう」
 「お、おまえ……何故それを!?」
 「僕はあの時から、自分の出生を知っていた。子供が育ちにくいこの村を維持するため、そして生贄のための子供を、あなた達は外の世界から攫ってきたのですよね」

 「……それについては、もうお前も同罪ではないか。その秘密は成人の儀を終えた村人であれば誰しも知っていること」

 「そう……です。でも僕はそれを子供の頃から知っていた。だからこそ色々と調べる時間があったのです。そうそう、あなたの申し出はとても助かりました。次期村長の地位が無ければ、調べられないことも山ほどありましたから」

 「エリク……裏切る気か!?」

 村長の言葉に、長老をはじめとする村人達が一斉にエリクを取り囲む。その目には狂気にも似た殺意が見え隠れしている。

 「裏切ったのはあなたです、村長。僕達が得られるはずだった自由を、あなたがたは奪ってしまった。だから僕は……僕達は、自由を手に入れます」

 「は!若造が!!一人で何ができる!!」
 「一人じゃありません。……時は来た!!」

エリクの合図と共に、若い村人達が一斉に武器を手にし、村長と長老達に向かって突きつけた。

 「な……!」

 突然のことで、村長も長老達も動揺を隠せなかった。

 「クーデターのつもりか、エリク」

 長老の一人が苦々しく言い放った。が、エリクはいつものように人の良い笑みを浮かべて返答した。

 「いえ、クーデターなんてつもりありません。もちろん、あなた方と殺しあうつもりはありませんよ」
 「何をする気だ……」

 「そもそもこの村の寿命は尽きている。何故この地で子供の命が育まれないか、分かりますか?……神の力が働いているからですよ」

 「そんな……馬鹿な!そんな出鱈目!!」

 「出鱈目ではありません。百年前、村の祖先は神をこの水底に封じてしまった。神がこの地にいる限り、村は存続させられる。その見返りとして、神木に赤い花をつけたときに神への生贄を捧げる。神の嫁としてね。そして今回ユリヤを捧げてしまった」

 「神との約定だ。ユリヤを嫁にすることを、神が望んだのだ!!」

 「そうです。ユリヤの持つあの痣……。あれは神の刻印。神の目覚めを呼ぶために生まれた子供……それがユリヤです」

 エリクがそれを告げた時だった。神歌を歌ったときと同じように、湖面に魔方陣の文様が現れたかと思うと、時を戻したように、祭壇の中央にユリヤが現れた。

 「な……なに!?」
 「何故だ!?ユリヤは神に捧げられたのではなかったのか?」
 「どうなっているんだ!?」

 村人達は何が起こっているか状況がつかめず、動揺を口にしてざわめきたった。

 「ユリヤ!!おぬし、どうして!!」

 長老の一人がユリヤに問いかけた。

 湖面を見つめていたユリヤだったが、長老の言葉に反応し、くるりと振り返った。そのユリヤの姿を見て、村人達の肌があわ立った。

 顔はユリヤだが、その雰囲気は全くと言っていいほど異なるものであった。妖艶で危うげで、不思議な色香が漂っている。

 だが何より異なっていたのはユリヤの瞳の色であった。虚ろな瞳は血を連想させるほどの赤、そして口元からのぞき見えるのは鋭い牙だった。

 その艶めいた笑い方は決していつものユリヤが浮かべるような笑みではなかったため、村人達は呆然としたまま見つめた。

 ユリヤは声をかけた長老を一瞥しただけでその問いに答えず、再び湖面へと視線を向かわせた。

 「我、古の契約を受け継ぎし者。汝が血を受け継ぎし者。今、ここに契約の終焉を。解放!!」

 その声と共に、水面がさざめいたかと思うと、赤色の線がのたうつようにうごめいた。

 そしてそれは奇妙な文字を含んだ円陣となり、輝きを放つ。

 人々が驚愕の面持ちで見ているなかで、湖の水が生き物のように渦を巻いたかと思うと一気に吹き上げた。

 「ユリヤ!!」

 エリクはユリヤを庇おうと手を伸ばしたが、その手をすり抜けるようにユリヤが消えたように見えた。

 瞬間、すさまじい水圧と勢いをエリクは感じ、思わず顔を庇った。

 再び顔を上げたときに、空に浮かぶ二つの人影をエリクは見た。

 一人は黒一色の服を纏い、同じく漆黒の翼を持った青年。そして、その手に抱きかかえられているはユリヤだった。

 青年は愛おしそうにユリヤを抱きしめる。

 「ようやった……。私のかわいい娘よ。ようやく自由を手に入れることができた。百年ぶりの外じゃ……。契約とはいえ、我を百年も閉じ込めるとは、人もなかなかやりおるのぉ」

 異形の青年は、村人達を高みから見下ろして言い放つ。その想像を絶する光景に、村長がわななきながら呟いた。

 「あれは……なんだ?」
 「あれが神です、村長。だから僕は……僕は……あの神を殺します!!」
 「何を言っているのだ、エリク!?」

 エリクは異形の青年を見つめながら、リンから奪った聖具を身に着けた。

 「僕達が自由になるには、あの神を倒すしか道はないんです」
 「どうやって神を殺すつもりだ、エリク」

 村長の問いかけには答えず、エリクは同士である若い村人達に告げた。

 「みんな!騎士から奪った武器を持っているか!!力あるものはそれを、無いものは身の回りのものを取れ!一気に討つぞ!!」

 女神の涙も、聖具も資質あるものしか扱うことができないということを、エリクは外から仕入れた書籍から知っていた。
 だから、ほんのわずかな資質があるものに騎士達から奪った女神の涙を持たせていた。

 エリクの叫びを聞いた異形の青年は笑いながら言い放った。

 「我を討つというか。今日は愉快な日だ。滑稽で、哀れな人間達よ。特別に相手をしてあげよう。……ユリヤ。お前の本性を取り戻すがいい」
 「はい……ザゼル様」

 ユリヤはにっこりと微笑むと、異形の青年―ザゼルから体を離すと、音も無くとエリクたちの前に舞い降りた。その高さから飛び降りて無傷だというのは、普通の人間ではありえないだろう。

 その場から動けずにいる若い村人達を前にして、虚ろな瞳のまま哀れむような表情を浮かべると、ユリヤはその村人の喉下に喰らいついた。

 「がぁぁぁぁ!!」

 大量の血が吹き出るのをユリヤは微笑みながら見つめ、顔についた血をぺろりと舐めた。それはそれは美味しそうに……。

 その光景に恐れをなした若い村人は、先ほどまでの威勢は影をひそめ、一目散に逃げようとする。

 「逃げてしまっては……我を討てぬだろう?」

 空中で悠然とその様子を見つめていたザゼルがそういうと、湖面から赤黒い靄が生じ始めた。その靄は意思を持ったように村人達へ襲い掛かってきた。

 エリクは急いでそこを離れ、風上へ移動しようとした。

 「う……うあぁぁぁ」
 叫び声を聞いて振り返ったエリクが見たのは、霧に包まれた村人の体が土気色になり、そしてばたばたと倒れていく様だった。

 「毒?」

 呆然としながら、その霧を見つめていると、気づけばそれはエリクの元にも迫っていた。
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