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異形の者②

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 「う……うわぁ!」

 思わず手で顔を覆ったとき、バチッっという短い音と光と共に、その霧が一瞬にして消えた。

 ふと己の手を見ると、左手にはめた聖具が煌々と赤い光を放っていた。

「聖具の……力?」

 これが聖騎士が持つという聖具の力の一旦なのかもしれないと、エリクはぼんやりと思った。とりあえず、聖具の力によって、エリクにはこの毒の霧は無害化しているのだということが理解できた。

 「ミランダ!!」

 自分の身の安全が分かったとき、脳裏をよぎったのは一番親しい義理妹の身だった。

 神歌が歌えるということで幼いながらも祭りにつれてこられてしまったミランダは、村人が死に逝くという惨状の中でどうしているのか心配になった。

 「ミランダ!!どこだい!?」
 「エリクお兄ちゃん!!村長たちが!!」

 声のする方に駆けていくと、村長がミランダを襲っている光景が目に飛び込んできた。

 「な……何が、どうなっているんだ!?」
 「助けて!!やめて!!長様、離して」

 エリクは村長を突き飛ばし、ミランダを自らの後ろに隠すように庇った。緩慢な動きで、突き飛ばされた村長は、ゆっくりと立ちあがった。そしてその村長の顔を見て、エリクとミランダは驚愕に息を飲んだ。

 その顔は土気色をしており、その瞳はあの神と同じに赤い瞳だったからだ。

 光のないそのよどんだ赤い瞳は、すでに村長が人間ではないことを物語っていた。

 エリクとミランダは恐怖のあまり息をするのも忘れてじわりじわりと後ずさった。このまま後ろを向けば村長が襲い掛かってくるような気がしたからだ。

 だが、その時エリクは気づいた。村長だけではなく、長老をはじめ、年を重ねた村人達は皆同じ状態になり、自分達を取り囲み始めたことを。

 まるで何かに操られているように、ゆっくりした動きでうごめく姿は異様な光景としかいえない。

 「ねぇ……エリク兄さんも……仲間になりましょうよ」

 少し離れたところでユリヤが微笑みながら問いかける姿をエリクは認めた。

 「どういうことだい!?これは……これは一体どうなっているんだ!!何で……村長や長老達が……こんな姿になっているんだ!?」

 正直、エリク自身も混乱していた。何が起こっているのか理解できていなかった。

 「これ?これは、私のおもちゃよ。クグツというんですって。お父様が下さったの」
 「クグツ?」
 「そうよ。村の皆はこの湖と同じ水脈の水を口にしていたでしょ?だから、体がイシューに近い存在になっていったんですって」
 「イシューって……あの化け物?」
 「失礼だわ。神様の眷属よ」

 ユリヤは心外だとばかりに眉をひそめた。

 「今、お父様が復活なさったでしょ。だからその力に引きづられてクグツになっちゃったんですって。……お父様はクグツに興味がないから、私にあげると言ってくれたのよ」

 それはまるで子供が欲しがっていたプレゼントを与えられたかのように、嬉しそうにユリヤは笑いながら言った。

 「例えばほら……こんな風にして遊ぶんですって」

 ほらとユリヤが指し示した先には、年若い男がクグツ達に捕らえられていた。その男もまたエリクとともに自由を目指した同士の一人だった。

 「ユリヤ……助けてくれよぉ~」

 男は泣きながらユリヤに助けを請うた。だが、ユリヤはそれすらも面白そうに見つめていると、クグツ達に命じたのだ。

 「みんな……お食べなさいな」

 それを合図にクグツ達は男に襲いかかった。

 ギャー


 叫びが闇夜にこだまする。エリクはなすすべも無く、立ち尽くしたままそれを見つめていた。

 現実に起こっていることが現実として受け止められない、そんな感覚だった。

 その時、エリクの脳裏にアンリの伝言が思い出された。

 『あなたの思いは強運を引き寄せた。女神ラーダはあなたを救う』

 それが何を意味しているのかはまだ分からなかったが、エリクはその言葉に励まされた。事態は最悪だった。

 本来であれば手に入れた武器を使ってあの異形の神を殺し、そして村からも自由になるはずだった。

 多くの若い村人はそれに賛同し、共に戦うはずだった。

 だが現実は復活した神が圧倒的な力を持って、村人達を殺し、そしてユリヤもまた異形のものになってしまっている。

 「駄目だ……ユリヤ、そんなことは……駄目だ!!」

 襲われている男を助けるというよりも、それを命じたユリヤの罪を思い、エリクはそれを止めようとし、その言葉を紡いだ。

 それは一度だけ聞いた魔法の言葉。この聖具の力を最大限に発揮させるための、聖なる言葉。

    慈悲深き女神ラーダよ
      暁の光の如く
    その聖なる力で闇を切り裂く力を
      我が手に

 「聖具・解放!」

 掛け声と共に、現れたのは弓。だが与えられたのはたった一本の矢だった。

 「僕の力では……これが限界か……」

 エリクは呟くとそれをゆっくりと構えた。手は慣れない武器を持つ振るえ、思うように狙いが定まらない。だが、この一本の矢はエリクの希望だった。

 「もし……本当に僕らを救ってくれる神がいるというのであれば……当たれ!!」

 エリクは叫びながら矢を放つ。それはザゼルへ向かって迷い無く飛んでいった。

 「ふ……小癪な……」

 ザゼルは悠然とした面持ちでそれを交わした。エリクの放った渾身の力はザゼルにかすり傷一つつけることはなかった。

 「はぁ……はぁ……」

 体力というより気力を使い果たし、エリクはがくりと大地にひざをつけ、荒い息をした。体内の血液が沸騰するように熱くなり、エリクは自身が燃えているのではないかと錯覚した。

 聖騎士という能力者たちは、これを平然と使うのであろうか。であれば、やはり常人ではないのだとエリクは痛感していた。

 「残念であったな。若造よ。そなたの力は、もう残っていまい。その覚悟に免じて、そなたは我が喰ろうてやろう」

 鳥肌が立つような美声が空から降ってくる。だが、エリクは思わず笑いが出た。こぼれる笑いを聞き、ザゼルが怪訝な顔をした。

 「なんじゃ……?」
 「良かった……神様は、本当にいるかもしれない」

 そのときだった。神木がメキメキという音を立てながら真っ二つに割れ始めた。その根源となっているのは一本の弓矢。

 「僕の狙いは……神木だ!」
 「な……に……?」

 あの時、ミランダが告げたアンリからの伝言には続きがあった。何かあったら神木を狙えというもの。

 その時は意味が分からなかったが、今ならその意味が分かる。

 なぜならあのアメジストの瞳の青年が言っていたではないか。

 『女神ラーダはあなたを救う』と。

 そして彼女は現れた。眩い光を纏って。
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