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終焉①
しおりを挟む湖面が一瞬膨らんだかと思うと、一気に水飛沫が上がり、眩い光と共に一人の少女が現れた。
水圧で投げ出された少女の体を一人の青年が優しく抱きかかえる。
「アンリ!!」
少女は青年の名を呼んだ。青年はその声に答えるようににっこりと微笑むと、エリクたちの前に降り立った。
「アンリ、遅い!!」
「すみません。こちらも色々と手間取ってしまって。貴女が村で仕損じたクグツを倒して、子供達を確保したりと大変だったんですよ。それにちゃんと、忠告したじゃないですか。水に気をつけてくださいと、」
「う……」
「それにリン。いくら貴女でも無茶ですよ。相手の領域で互角に戦えるとお思いですか」
「ううう……」
耳の痛い説教に、リンは最初の勢いを忘れて、追い詰められた気分になった。
「そ、それにしても助かったわ。正直、ザゼルを追いかけようとしたんだけど、外からの介在がないと出られない仕組みになっていたみたいで、出られなかったのよ」
「そのお礼ならエリクさんに言ってください」
「エリクに……?」
「そうです。貴女を解放したのはエリクですよ。……貴女の聖具を使ってね」
突然話を振られたエリクは返答に困ったように苦笑していた。無理も無い。騙した相手が目の前にいて、お礼を言っているのだから。
「えっと……。すみません」
仕方が無く出た返答が謝罪になってしまうのは無理も無い話だろう。
エリクの手にはめられた聖具とその弓、そして神木に突き刺さった矢を順にみて、リンは全て理解したように頷いた。
「なるほど……って、エリクすごいじゃない!!聖具を扱えるなんて、なかなかできないことよ!」
「いえ……もう、限界です。実は……こうして話しているのも辛いのです……」
訓練も受けていない人間がいきなり聖具を使ったのだ。無理もないだろう。
リンはエリクから聖具を受け取ると、ゆっくりとそれを左手にはめた。なじんだ感覚と共に、リンの表情がガラリと変わる。それは戦士の顔。イシューと倒すことを定められた騎士の顔だった。
「エリク。遅くなってごめんね。アンリ……」
「分かってます。私はエリクとミランダ、そして生存者を保護します。だけど……、もし私が必要なときは……」
「うん。アンリを呼ぶわ」
そのリンの言葉に満足そうにアンリが頷いた。リンはそれを認めると、上空で悠然と笑うザゼルを睨みつけたまま、エリクに言った。
「エリク……もし、あれがあなたの言う神だというのなら、私が神を殺してあげる!」
そうしてリンは言葉を紡ぐ。聖なる言葉を。その一言一言は、空気を震わせ、従わせる。
慈悲深き女神ラーダよ
暁の光の如く
その聖なる力で闇を切り裂く力を
我が手に
「聖具・解放!」
具現化された一振りの剣は、エリクが以前見たときとは比べものにならないほどの力を感じた。
「リンさん……お願いです。僕がこんなことを頼めないかもしれないけど…あれを、滅ぼしてください」
もちろんとばかりに頷いたリンを見据えて、ザゼルが上空から命じる。
「聖騎士風情が……。まずは、そこなものどもを倒してから言うのだな」
そうして一斉にクグツ達がリンに襲い掛かった。
だが、リンはそれをいとも簡単になぎ払っていく。その姿は踊っているかのように軽やかで自由だった。
クグツと呼ばれる化け物になったとはいえ、倒されるクグツはエリクにとってよく知っている村人達であった。その存在が倒されるというのは、正直心が痛んだ。
だが、リンの戦いを見てなぜか納得した。
たぶん、彼らにとってはこれが救いなのだ、と。イシューという化け物によってその操り人形として、意思もなく、死ぬことも生きることもできない彼らを、人としての安らかな眠りを与えることができるのは、彼女の力によってしかないのだ。
「アンリ!」
告げたリンの言葉に合わせて、アンリが幾本もの短刀をザゼルに向かって放った。
ザゼルは追い詰められるように、それを交わしつつリンへと急降下した。そして変形した鋭い爪でリンの喉元を切り裂こうと突っ込んでくる。
リンはそれを剣で受け止める。力をこめた足元が、大地にめり込み、少しずつ後ろに追いやられる。
「やっ!!」
短い掛け声と共に、かけられる圧力を受け流したが、リンはそのまま後ろに弾き飛ばされた。
ザゼルとリンの間にはかなりの間合いがあったが、ザゼルが大地を一蹴りしただけで一気にそれをつめる。
だがリンはそれを読んでいたかのようにザゼルへと向かって攻撃を仕掛けた。
目にも留まらぬとはよく言ったものだが、力と力のぶつかり合いはすさまじく、殺気によってびりびりと空気が張り詰めている。
エリクはそれを微動だにせず見つめていた。が、次の瞬間、リンがザゼルの攻撃によってはじき飛ばされた。
轟音と共に、リンは森へとはじき飛ばされ、そのまま木々をなぎ倒していく。
普通の人間であればあの攻撃を受ければ即死だろう。
だが、リンが飛ばされた方向に向かってザゼルが向かっていった。リンへとどめを刺すために。
それを見て、エリクは思わず叫んでいた。
「リンさん!!」
思わず駆け出そうとしたエリクをアンリは制止する。リンの相棒である青年はその光景に動じることなく、臨戦態勢に入った。
「大丈夫です。……それよりも、私の後ろにいてください」
「でも!!」
「リンの異名を知っていますか?」
「え?」
「リンはこう呼ばれています。『最強の聖騎士』と」
「最強の……聖騎士……」
「だから、大丈夫です。それに…リンはまだ私を呼んでいない。だから平気です」
アンリのその言葉を聞いたとき、エリクはリンとアンリにある絶対的な絆を感じた。
「貴女の相手は、私ですよ」
「え?」
そのアンリの言葉はエリクに向けられたものではなかった。それはユリヤに向けられた言葉。クグツではない彼女は自らの意思で、エリクたちに立ちふさがっていたのだ。
「エリク……兄さん……。やっぱり、私を一人にするのね」
「ユリヤ……」
ユリヤは悲しげに言ったとたん、狂ったように笑い出し、そしてエリクを襲い始めた。
それをアンリは短刀でとめる。反対に攻撃をしようとするアンリをエリクは止めていた。
「や、やめてください!!ユリヤを傷つけないで!!」
「エリク……。気持ちは分かりますが、あの子は人間ではない!!」
「でも、ユリヤです!」
ユリヤは赤い目を見開いて、今度はミランダへと襲い掛かった。
ユリヤの鋭く伸びた爪がミランダの方に食い込む。そこから赤い雫が流れ出し、ミランダの服に赤い染みを作った。
「ユリヤ!!止めるんだ!!」
だが、エリクが静止する声ももはやユリヤには聞こえていないようだった。
ユリヤは大きく口を開き、ミランダの首筋に狙いを定める。
艶かしく歪んだ口元から除く牙は唾液にまみれ、イシューに襲われたことをミランダに思い出させた。だが、ミランダはそれを静かに見つめ、一筋の涙を流した。
ユリヤにつかまれた肩が痛いわけではなく、また恐怖からの涙でもない。ただミランダは悲しかったのだ。
優しかったユリヤが変わってしまったことに。そして、ユリヤを助けられなかったことに。
だから静かにその名を呼ぶしか、ミランダにはできなかった。
「ユリヤ……お姉ちゃん……」
名を呼ばれたユリヤは一瞬、動きを止めた。
「ミ……ランダ……。わ、たし……は……」
「ユリヤお姉ちゃん……。優しいお姉ちゃんに……戻って」
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