呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―

くろのあずさ

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 季節はすっかり春だ。柔らかな日差しと、庭に咲き誇る植物の息吹が目でも鼻でも楽しめる。敷地の外に出るまでに、そこそこの時間がかかるほどに、ここは広い。

 天明家は平安時代から続く公家華族のひとつだ。数多の土地を有し、その財と政管に対する影響力は各界から注目を浴びしている。

 現当主は齢二十七にして、大和国日神やまとこくにちじん軍の戌月じゆつげつ組に籍を置いていた。正式に従軍しているわけではなく、こうして上からの命令で現場に赴く。協力者の立場ではできることが限られているので、渋々といったところだ。

 無理もない。皇を頂点としつつ民主主義の進むこの国で実際のところ大いなる権力を持っているのは、政治家でも財閥当主でもない。

 大きな門を越え、外に出る。呼吸を整え、ゆったりとした坂を下り街の中心部を目指す。

 桜は見頃の峠を越し、先週まで川沿いには花見を楽しむ者がひしめき合っていた。花びらでできた水面の絨毯に客を乗せた船頭が櫂を漕いでかき分けていく様はなかなか風情がある。

「どこへ向かわれるのです?」

 心配そうに杠に問われ、せつなは視線を上げる。

「おい、聞いたか。また若い女性の飛び降りだと。累ヶ丘るいがおか後藤田ごとうだ医院だよ。今度は高野たかの家のご令嬢だそうだ。あの男爵家の」

「なんでまた、いいところのご令嬢が? にしても、もう何人目だ?」

 ふと、男性ふたりの世間話が耳に飛び込んできた。

「四人目らしい。こうも続くので軍もいよいよ調査に乗り出したそうだ」

 男の声はより一層潜められた。

「軍が絡むなんて……異常存在まれびとが関係してるのか?」

「しっ! 滅多なこと口にするな」

 そこで男たちは口をつぐみ、別の話題に切り替わる。

 せつなは歩を進めだす。

「せつな様、まさか……」

 彼女の半歩うしろを歩く杠がおそるおそる尋ねる。今度はせつなは前を向いたままだった。

「後藤田医院へ向かうわ」

 杠は天を仰ぐ。全力で止めたいのが本音だが、なにを言ってもせつなが聞き入れないのは、長年の付き合いでよくわかっていた。

 電気自動車と馬車が行き交う大通り。そこから少し北の高い位置、累ヶ丘にある後藤田医院は、この辺りでは名の知れた総合病院だ。入院施設が珍しく充実しており、五階建てになる。

 白く四角い建物には規則正しく窓が並び、下から見上げると大きな匣に見える。建物横には黒い非常階段が取り付けられており、屋上まで続いていた。

 四人目の飛び降りがあったのは今日の犂旦らしく、遺体こそないものの周辺には多くの野次馬があふれ、軍の人間が統制をとっている。

 黒を基礎に袖や肩、襟口などに赤があしらわれ、所属によって徽章の形や数が異なる軍服はこのうえなく目立つが、彼らに言わせるとわざとらしい。

 軍の人間に警戒しつつ、人混みからわずかに離れたところから、せつなは神経を張り巡らせ観察する。

 すると医院を囲う樹木のそばで、女子学生が膝をついて泣き沈んでいた。せつなから見るとうしろ姿になるが、矢絣やすがりの小袖に海老茶色の袴、裾が地について汚れることなど気にもせず、頭に飾られた大きめの若紫色のリボンが小刻みに揺れるのは、彼女が嗚咽しているからなのだろう。

 彼女に声をかける者はおらず、せつなは迷いつつも近づいていく。彼女は両手で顔を覆い、せつなに気づく素振りはない。

「そんなところでどうしたの?」

 見下ろす形で声をかけると、やっと彼女の視線がこちらを向いた。年は十四、五で女学校の生徒だろうか。泣きはらした目は細めでやや垂れ気味だ。その目はせつなを見て、大きく見開かれた。

「あなた……は?」

 声をかけられたことに驚いたのか、その相手が子どもだからか。

 せつなは軽くため息をつき、そのうしろでは杠がおろおろしている。

「私は、せつな。ここにいると迷惑だから場所を変えない? 話を聞くくらいならできるから」
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