呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―

くろのあずさ

文字の大きさ
7 / 21

しおりを挟む
 今朝の事件を受けてか元からなのか、人々が忙しなく行き交っているものの院内は薄暗くどこか空気が淀んでいる。そして、驚くほどに静かだ。

 クレゾールの独特の匂いに眉をひそめ、せつなは受付へ向かった。

「あの、すみません」

「はい、なんでしょう?」

 受付に座る中年の女性は愛想のひとつもない。しかし、こういうとき子どもは便利だ。相手の機嫌や都合などおかまいなしに振る舞える。

「高野真知子さんは、どこですか?」

 無邪気に尋ねたせつなの言葉に、受付の中年女性はもちろんそばを通った医院スタッフも固まった。

「前にお世話になったことがあって……。この病院にいるって聞いたんです!」

「お嬢ちゃん、知らないの?」

 無邪気に答えたせつなに対し、中年女性が眉根を寄せて声を潜める。

「どうしたの?」

 そのとき別の方向から声がして、せつなと彼女の視線がそちらに向く。そこには白衣を着た若い女性の姿があった。

「あ、川崎かわさき先生」

 受付の女性が反応し、そのあとちらりとせつなを見る。

「この子が、高野真知子さんに会いたいと……」

 説明を受け、川崎は背を屈めて、せつなと目線を合わせた。 

「高野真知子さんはここに入院していないわよ」

 優しく、言い聞かせるような口調で告げる。対するせつなはおもむろに首を傾げた。

「でも、後藤田院医院に来ているって……」

「たしかに、彼女はここに通っていたわ。私の患者だったもの」

 川崎の言葉にせつなは目を見開く。

「先生の?」

「ええ」

 小さく頷くと、川崎はしばらく迷う素振りを見せた。

「高野真知子さんとは、残念だけれどもう会えないの。彼女、亡くなったの」

 もちろん知っているが、顔には出さない。せつなはショックを受けた表情で何度も目を瞬かせた。

「死んじゃったの? どうして?」

 詰め寄るせつなに川崎の顔が歪む。

「事故、よ。屋上から足を滑らせてね。きっとお月様を取ろうとしたんじゃないかしら?」

 子どもに対する説明としては十分だ。彼女が屋上から飛び降りたのは事実らしい。月を取る、という言い方から飛び降りた時刻が黎明なのも間違いないだろう。親の目を盗み、人の目を避けて飛び降りるなら、いい時間だ。入院していなくても、備え付けの非常階段を使えば外から屋上へ行ける。

 でも、本当に……?

「あなたと高野さんの関係は?」

 今度は川崎から尋ねられるが、せつなは動揺ひとつ見せずに答える。

「お友達のお友達なの!」

「そう。なら、そのお友達にも高野さんのことを伝えておいてくれる?」

「うん」

 せつなの返答に川崎はにこりと微笑んで、立ち上がった。背を向ける川崎にせつなは叫ぶ。

「あ、先生」

 振り返った川崎に、せつなは一度、きゅっと唇を引き結んだ。

「もうひとつ、聞きたいことがあるんです―――」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜

天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。 行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。 けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。 そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。 氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。 「茶をお持ちいたしましょう」 それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。 冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。 遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。 そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、 梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。 香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。 濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

処理中です...