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前日譚
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今まで霊を怖いと思ったことはない。けれど今初めて、紲は彼らが怖しいと感じた。
『そのやり方はいずれ身を滅ぼすぞ』
『奴らは所詮人だったもの。甘い顔をするとつけ入れられる』
あの人の言うとおりだった。
首にある鏖月の烙印が原因なのだとしたら、この場をやり過ごしても同じだ。こんな体で、力を奪われた自分は対抗する術は持ち合わせておらず、それどころか、誰にも必要とされていない。
可惜夜の家でも、浄霊を頼んできた人も、天明様も――。
ふっとなにかが切れ、必死に木の幹にしがみたいていた腕の力が抜ける。
もういい。もういいや。……私も落ちていこう――。
ところが次の瞬間、木の幹に集っていた黒い塊がすべて消え去る。
「え?」
「紲!」
信じられない光景に目を瞠る。しかしそれよりも名前を呼ばれたことに、驚きが隠せない。木のそばに大股で歩み寄ってきたのは、天明侃彌だった。彼が、あの黒いものたちを一掃したらしい。
続けて侃彌は、両手を紲の方に伸ばす。
「遅くなって悪かった。もう、大丈夫だ」
なにかを考える余裕も、迷う間もない。その言葉に、紲は侃彌の方に手を伸ばし、彼の腕の中に落ちていった。
たくましい腕にしっかりと抱き留められ、伝わる温もりに安堵し、紲の瞳から涙があふれ出す。
「ふっ……」
「大丈夫だ。もうなにも心配しなくてもいい」
泣くなんて久しぶりだ。体だけではなく、心も幼くなってしまったのか。
少しだけ気持ちが落ち着くと、冷静さが駆け巡ってくる。
身動ぎし、紲は少しだけ侃彌から距離をとった。
「も、申し訳ありません。このような事態になり……」
なんて説明すればよいのか。迷っていると、侃彌の長い指が紲の首筋に触れた。
「鏖月の烙印、か」
侃彌の指摘に、紲は再度頭を下げようとしたが、先に侃彌に止められる。
「謝るな。状況は粗方わかっている」
「なら……」
縁談は言うまでもなく破談だ。彼の相手として、可惜夜家なら紬がいる。
侃彌は自身の外套を脱ぎ、包み込むように紲にかけた。
「ひとまず、可惜夜家に結婚の許可をもらう」
それは誰を相手に言っているのか。
「侃彌様!」
理解できずにいると義妹の声が聞こえた。おそらく侃彌を探しに来たのだろう。紬は紲に気づくや否や眉をひそめた。
「なんでまだいるの? 出ていきなさいよ、この化け物!」
嫌悪感あふれ、今にも手を上げそうな紬から侃彌は紲を庇う。
「彼女に手を出すな」
凛とした声に紬は硬直する。そこに継母もやってきた。同じく紲の存在に気づき、不快感で顔を歪める。
「あなた、どうして……」
しかしそんな彼女たちに侃彌は冷ややかな視線を向けた。
「気をつけてください。私の妻になる女性に無礼を働いたら、可惜夜家だろうと容赦しない。彼女への振る舞いひとつで、あなた方は天明家を敵に回すことになる」
彼の発言に紬も継母も、そして紲も狼狽える。
『そのやり方はいずれ身を滅ぼすぞ』
『奴らは所詮人だったもの。甘い顔をするとつけ入れられる』
あの人の言うとおりだった。
首にある鏖月の烙印が原因なのだとしたら、この場をやり過ごしても同じだ。こんな体で、力を奪われた自分は対抗する術は持ち合わせておらず、それどころか、誰にも必要とされていない。
可惜夜の家でも、浄霊を頼んできた人も、天明様も――。
ふっとなにかが切れ、必死に木の幹にしがみたいていた腕の力が抜ける。
もういい。もういいや。……私も落ちていこう――。
ところが次の瞬間、木の幹に集っていた黒い塊がすべて消え去る。
「え?」
「紲!」
信じられない光景に目を瞠る。しかしそれよりも名前を呼ばれたことに、驚きが隠せない。木のそばに大股で歩み寄ってきたのは、天明侃彌だった。彼が、あの黒いものたちを一掃したらしい。
続けて侃彌は、両手を紲の方に伸ばす。
「遅くなって悪かった。もう、大丈夫だ」
なにかを考える余裕も、迷う間もない。その言葉に、紲は侃彌の方に手を伸ばし、彼の腕の中に落ちていった。
たくましい腕にしっかりと抱き留められ、伝わる温もりに安堵し、紲の瞳から涙があふれ出す。
「ふっ……」
「大丈夫だ。もうなにも心配しなくてもいい」
泣くなんて久しぶりだ。体だけではなく、心も幼くなってしまったのか。
少しだけ気持ちが落ち着くと、冷静さが駆け巡ってくる。
身動ぎし、紲は少しだけ侃彌から距離をとった。
「も、申し訳ありません。このような事態になり……」
なんて説明すればよいのか。迷っていると、侃彌の長い指が紲の首筋に触れた。
「鏖月の烙印、か」
侃彌の指摘に、紲は再度頭を下げようとしたが、先に侃彌に止められる。
「謝るな。状況は粗方わかっている」
「なら……」
縁談は言うまでもなく破談だ。彼の相手として、可惜夜家なら紬がいる。
侃彌は自身の外套を脱ぎ、包み込むように紲にかけた。
「ひとまず、可惜夜家に結婚の許可をもらう」
それは誰を相手に言っているのか。
「侃彌様!」
理解できずにいると義妹の声が聞こえた。おそらく侃彌を探しに来たのだろう。紬は紲に気づくや否や眉をひそめた。
「なんでまだいるの? 出ていきなさいよ、この化け物!」
嫌悪感あふれ、今にも手を上げそうな紬から侃彌は紲を庇う。
「彼女に手を出すな」
凛とした声に紬は硬直する。そこに継母もやってきた。同じく紲の存在に気づき、不快感で顔を歪める。
「あなた、どうして……」
しかしそんな彼女たちに侃彌は冷ややかな視線を向けた。
「気をつけてください。私の妻になる女性に無礼を働いたら、可惜夜家だろうと容赦しない。彼女への振る舞いひとつで、あなた方は天明家を敵に回すことになる」
彼の発言に紬も継母も、そして紲も狼狽える。
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