呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―

くろのあずさ

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前日譚

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「口を開かないでよ。汚らわしい。あなたはもう穢れでしかないの。祓う者ではなく祓われる側なのよ」

 紬が早口で捲し立てる。

「ああ、侃彌様には上手く言ってくわ。彼が来る前にさっさと消えて」

 そういえば今日は彼が家に来る予定だった。侃彌は今の紲の姿を見たらなんて言うだろうか。

「天明家は――侃彌様は除霊の能力に長けているから、浄霊の能力のある可惜夜家からけ結婚相手を欲しがったそうよ。今のあなたは鏖月に力を奪われて呪われた存在なんだから、用なしどころか彼に蔑まれるだけよ!」

『私には、お前が必要だと思ったんだ』

 なにを、勘違いしていたんだろうか。考えたらわかる。彼は可惜夜家と同じ、自分の浄霊能力だけを欲していたのだ。

 紲は握り拳を作って力を入れ、滴る水の冷たさを噛みしめながら頭を下げる。

「お世話に、なりました」

「そのまま軍に助けを求めたら? 軍は異常存在を捕らえたら、秘密裏に保護という名の実験を行っているそうよ? 鏖月に烙印を押された、なんて格好の実験対象じゃない」

 高笑いと共に小馬鹿にした言葉を背中に受けながら、紲は可惜夜家を後にする。

 出ていこうと決めた身とはいえ、今の紲は子どもの姿だ。霊力がないのも感覚でわかる。

 私、これからどうしたらいいの?

 門をくぐろうとした際、門前に馬車が停まっていることに気づき、慌てて姿を隠した。中から降り立ったのは、侃彌と彼の付き人だ。

 侃彌はコンチネンタルスーツを身にまとい、上品に着こなしている。いつもの和装姿とは異なり、なんだか別人のようだが、よく似合っていた。

 とにかく見つからないようにと息を殺していると、中から侃彌をある人物が出迎える。

「侃彌様!」

 現れたのは紬で、彼女は笑顔で彼に駆け寄った。

「お待ちしておりました、どうぞこちらへ」

 さっきまで鬼の形相で罵っていた面影はまったくない。嬉しそうに侃彌の腕に手を添えている。

 侃彌の表情は見えないが、並ぶふたりのうしろ姿はとてもお似合いだと思った。

 ズキズキと痛む胸を押さえ、今のうちに館から去ろうと試みる。しかし、ふと門前のところで黒い塊がうようよといることに気づき、紲は足を止めた。

 なに?

 こちらに迫ってくるものから逃れるため紲は駆け出す。

 そして、目についた高めの木に足をかけ腕を伸ばして登っていった。なにか考えがあったわけではなく、とっさに取った行動だったので、紲はすぐに後悔した。

 吐く息は白く、手はかじかんでいる。木に登る途中でぶかぶかの靴は脱げ、裸足だ。

 濡れた体は風にさらされ、体温を奪う。ガタガタと震えながら少女の姿となった紲は木の上から見下ろす。

 下にはいつの間にか黒い塊が集まり、紲が落ちるのを今か今かと待ちわびているようだった。

 浄霊する力がない紲には、どうすることもできない。説得を聞き入れるほどあれらに理性が残っているのか。
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