4 / 11
4
しおりを挟む
いったい、どうした? 百合は躊躇いを見せてから、小さな声でぼそりと呟く。
「ここ……佐藤《さとう》さんとも来たの?」
俺はその名前に瞬時に反応する。
「来てねぇよ!」
「だって、付き合ってたんでしょ?」
間髪を入れない百合の切り返しに、俺の背中に嫌な汗が伝う。まさか百合からこの話題を振るとは思いもしなかった。
でも、これはある意味チャンスだ、白黒はっきりさせるという意味で。
「付き合ってない。キャプテンをしてたからマネージャーの佐藤とは色々話す機会が多かったけど、それだけだって。塚本《つかもと》たちが、なんか勝手に言い出したんだよ」
『さすがはサッカー部のおしどり夫婦』『仲いいよな、羨ましい』『佐藤に振られないようにしろよ』
そんな小学生並みのからかい文句を部活中以外にも、たとえば休み時間に教室でもサッカー部の連中からよく言われていた。
元々マネージャーである佐藤美香とは同じクラスというのもあって、気さくによく話していた。
それが原因なのかは知らないが、佐藤との件でサッカー部が騒ぐのはいつしか定番となり、いじめという雰囲気ではなく、サッカー部の連中がまとまってつるんでいるのは、じゃれ合っている延長だと他のクラスメートたちも感じていたらしい。
からかい内容を強く否定もせず、部活のこともあってか平然と佐藤と話す態度が余計に、大っぴらにしないだけで、本当はお互いに好きなんだろうという認識になっていた。
同じクラスの百合も、何度もサッカー部の連中とのやりとりを目の当たりにして、そう思っていたのも無理はない。百合は佐藤とは違うグループだったし、受験もあった。
その話題を、今になってこのタイミングで百合が切り出した。百合は実情を聞いた今も信じられないという面持ちだ。
「だって、どちらも付き合ってないって否定してなかったじゃない」
「あれはっ! 最初はいちいち否定してたけど、それでさらに塚本たちがあれこれ言ってくるから、もう鬱陶しくなって相手にしないって決めたんだよ」
心なしか早口になってしまった言い訳に、百合は完全には納得できていない様子だ。
なにを必死になっているんだ。全部今更だろ。百合に聞かれないからって、自分から誤解を解こうともしなかった。
百合はおずおずと尋ねる。
「付き合ってなかったにしても……佐藤さんは、あんたのことが好きだったんじゃない?」
「はぁ? 百合までなにを言うんだよ。そういうのやめろって」
反射的に本気で怒りがこもった声色に、百合は気まずそうに正面から目線をはずす。
「ごめん」
百合の謝罪に俺は胸の奥がチリチリと焼けるように痛くなる。ちょっと待て、そもそも百合にこんな話をさせているのは誰なんだよ。
謝らせてどうする。感情をぶつける相手が違うだろ。
「……俺の方こそ悪かった。でも本当、佐藤とはなんでもねぇから」
「いいよ。もうわかったって」
百合が苦々しく笑ったタイミングで、先に百合のケーキとドリンクが運ばれてきた。
俺は百合の方に身を寄せて、皿の中を覗き込む。ケーキに対して皿が大きすぎないか?というのが、まず頭を過ぎった。
「すごいっ! 可愛い。これ、テイクアウトより中で食べた方がお得な感じだね」
対照的に百合は興奮気味だ。昔から好きなものを前にすると、百合は子どもみたいな反応をする。
皿の真ん中にケーキがちょこんとのっていて、その周りにイチゴやリンゴ、バナナにキウイなどが散りばめられていた。
どれも俺が好きな果物ばかりだが、やはり小さすぎじゃないか?
そうこうしているうちにレアチーズケーキとコーラも運ばれてきた。一口でガブリといきたくなるのをぐっと堪える。
幸い、空腹ではない。もしこれが空腹なら数秒でなくなっていたな。
皿から意識を移し、一度視線を落とす。そして改めて、正面から百合を見つめた。
少しずつ大好きなチーズケーキを噛みしめて食べる百合は幸せそうで、俺の心も満たされる。よかった。
しかし、そう思ったのも束の間。
「……コウタにも、好きな相手とかいたのかな?」
ふとフォークを置いた百合が一呼吸忍ばせた後で、とんでもないことを言ってきた。
俺は固まるしかない。なんで急にそんな話になるのか。なにか思い当たる節でもあるのか。
百合は俺の葛藤など知る由もなく、さらに「どう思う?」と無邪気に問いかける。
尋ねる相手をどう考えても間違えているだろ。
「なんで俺に聞くんだよ。お前が知らないのに、俺が知ってるわけないだろ」
なにを考えているんだ、百合は。眉間に皺を寄せて百合を見れば、彼女は口をすぼめた。どうやら百合も本気で聞いているわけではないらしい。
「だって男同士だし」
「そんな理由かよ」
続けて百合はなにげなく補足してくる。
「そう。それで私のいないところでなにか通じていたんじゃないかと思って」
俺は心が揺す振られるのを感じた。これを動揺とでもいうのか。だって百合は知らないはずだ。
俺はしばし目を泳がせ、記憶を辿る。そして百合をまっすぐに見つめて、心の中で訴えかける。
百合だよ。百合、お前なんだよ。好きな相手、なんて。後にも先にも百合だけだ。コウタは、出会ったときから百合しか見ていなかっただろ。
そうか、百合には伝わっていなかったのか。わかっていたことだ。その証拠に、ホッとしている自分もいる。
そうだよな、ちゃんと口にしないと伝わらないよな。百合は知らないんだ。
「ここ……佐藤《さとう》さんとも来たの?」
俺はその名前に瞬時に反応する。
「来てねぇよ!」
「だって、付き合ってたんでしょ?」
間髪を入れない百合の切り返しに、俺の背中に嫌な汗が伝う。まさか百合からこの話題を振るとは思いもしなかった。
でも、これはある意味チャンスだ、白黒はっきりさせるという意味で。
「付き合ってない。キャプテンをしてたからマネージャーの佐藤とは色々話す機会が多かったけど、それだけだって。塚本《つかもと》たちが、なんか勝手に言い出したんだよ」
『さすがはサッカー部のおしどり夫婦』『仲いいよな、羨ましい』『佐藤に振られないようにしろよ』
そんな小学生並みのからかい文句を部活中以外にも、たとえば休み時間に教室でもサッカー部の連中からよく言われていた。
元々マネージャーである佐藤美香とは同じクラスというのもあって、気さくによく話していた。
それが原因なのかは知らないが、佐藤との件でサッカー部が騒ぐのはいつしか定番となり、いじめという雰囲気ではなく、サッカー部の連中がまとまってつるんでいるのは、じゃれ合っている延長だと他のクラスメートたちも感じていたらしい。
からかい内容を強く否定もせず、部活のこともあってか平然と佐藤と話す態度が余計に、大っぴらにしないだけで、本当はお互いに好きなんだろうという認識になっていた。
同じクラスの百合も、何度もサッカー部の連中とのやりとりを目の当たりにして、そう思っていたのも無理はない。百合は佐藤とは違うグループだったし、受験もあった。
その話題を、今になってこのタイミングで百合が切り出した。百合は実情を聞いた今も信じられないという面持ちだ。
「だって、どちらも付き合ってないって否定してなかったじゃない」
「あれはっ! 最初はいちいち否定してたけど、それでさらに塚本たちがあれこれ言ってくるから、もう鬱陶しくなって相手にしないって決めたんだよ」
心なしか早口になってしまった言い訳に、百合は完全には納得できていない様子だ。
なにを必死になっているんだ。全部今更だろ。百合に聞かれないからって、自分から誤解を解こうともしなかった。
百合はおずおずと尋ねる。
「付き合ってなかったにしても……佐藤さんは、あんたのことが好きだったんじゃない?」
「はぁ? 百合までなにを言うんだよ。そういうのやめろって」
反射的に本気で怒りがこもった声色に、百合は気まずそうに正面から目線をはずす。
「ごめん」
百合の謝罪に俺は胸の奥がチリチリと焼けるように痛くなる。ちょっと待て、そもそも百合にこんな話をさせているのは誰なんだよ。
謝らせてどうする。感情をぶつける相手が違うだろ。
「……俺の方こそ悪かった。でも本当、佐藤とはなんでもねぇから」
「いいよ。もうわかったって」
百合が苦々しく笑ったタイミングで、先に百合のケーキとドリンクが運ばれてきた。
俺は百合の方に身を寄せて、皿の中を覗き込む。ケーキに対して皿が大きすぎないか?というのが、まず頭を過ぎった。
「すごいっ! 可愛い。これ、テイクアウトより中で食べた方がお得な感じだね」
対照的に百合は興奮気味だ。昔から好きなものを前にすると、百合は子どもみたいな反応をする。
皿の真ん中にケーキがちょこんとのっていて、その周りにイチゴやリンゴ、バナナにキウイなどが散りばめられていた。
どれも俺が好きな果物ばかりだが、やはり小さすぎじゃないか?
そうこうしているうちにレアチーズケーキとコーラも運ばれてきた。一口でガブリといきたくなるのをぐっと堪える。
幸い、空腹ではない。もしこれが空腹なら数秒でなくなっていたな。
皿から意識を移し、一度視線を落とす。そして改めて、正面から百合を見つめた。
少しずつ大好きなチーズケーキを噛みしめて食べる百合は幸せそうで、俺の心も満たされる。よかった。
しかし、そう思ったのも束の間。
「……コウタにも、好きな相手とかいたのかな?」
ふとフォークを置いた百合が一呼吸忍ばせた後で、とんでもないことを言ってきた。
俺は固まるしかない。なんで急にそんな話になるのか。なにか思い当たる節でもあるのか。
百合は俺の葛藤など知る由もなく、さらに「どう思う?」と無邪気に問いかける。
尋ねる相手をどう考えても間違えているだろ。
「なんで俺に聞くんだよ。お前が知らないのに、俺が知ってるわけないだろ」
なにを考えているんだ、百合は。眉間に皺を寄せて百合を見れば、彼女は口をすぼめた。どうやら百合も本気で聞いているわけではないらしい。
「だって男同士だし」
「そんな理由かよ」
続けて百合はなにげなく補足してくる。
「そう。それで私のいないところでなにか通じていたんじゃないかと思って」
俺は心が揺す振られるのを感じた。これを動揺とでもいうのか。だって百合は知らないはずだ。
俺はしばし目を泳がせ、記憶を辿る。そして百合をまっすぐに見つめて、心の中で訴えかける。
百合だよ。百合、お前なんだよ。好きな相手、なんて。後にも先にも百合だけだ。コウタは、出会ったときから百合しか見ていなかっただろ。
そうか、百合には伝わっていなかったのか。わかっていたことだ。その証拠に、ホッとしている自分もいる。
そうだよな、ちゃんと口にしないと伝わらないよな。百合は知らないんだ。
0
あなたにおすすめの小説
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
私はバーで強くなる
いりん
ライト文芸
33歳、佐々木ゆり。仕事に全力を注いできた……つもりだったのに。
プロジェクトは課長の愛人である後輩に取られ、親友は結婚、母からは元カレの話題が飛んできて、心はボロボロ。
やけ酒気分でふらりと入ったのは、知らないバー。
そこで出会ったのは、ハッキリ言うバーテンダーと、心にしみる一杯のカクテル。
私、ここからまた立ち上がる!
一杯ずつ、自分を取り戻していく。
人生の味を変える、ほろ酔いリスタートストーリー。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる