シリウスの本音を君に

くろのあずさ

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 いったい、どうした? 百合は躊躇いを見せてから、小さな声でぼそりと呟く。

「ここ……佐藤《さとう》さんとも来たの?」

 俺はその名前に瞬時に反応する。

「来てねぇよ!」

「だって、付き合ってたんでしょ?」

 間髪を入れない百合の切り返しに、俺の背中に嫌な汗が伝う。まさか百合からこの話題を振るとは思いもしなかった。

 でも、これはある意味チャンスだ、白黒はっきりさせるという意味で。

「付き合ってない。キャプテンをしてたからマネージャーの佐藤とは色々話す機会が多かったけど、それだけだって。塚本《つかもと》たちが、なんか勝手に言い出したんだよ」

 『さすがはサッカー部のおしどり夫婦』『仲いいよな、羨ましい』『佐藤に振られないようにしろよ』

 そんな小学生並みのからかい文句を部活中以外にも、たとえば休み時間に教室でもサッカー部の連中からよく言われていた。

 元々マネージャーである佐藤美香みかとは同じクラスというのもあって、気さくによく話していた。

 それが原因なのかは知らないが、佐藤との件でサッカー部が騒ぐのはいつしか定番となり、いじめという雰囲気ではなく、サッカー部の連中がまとまってつるんでいるのは、じゃれ合っている延長だと他のクラスメートたちも感じていたらしい。

 からかい内容を強く否定もせず、部活のこともあってか平然と佐藤と話す態度が余計に、大っぴらにしないだけで、本当はお互いに好きなんだろうという認識になっていた。

 同じクラスの百合も、何度もサッカー部の連中とのやりとりを目の当たりにして、そう思っていたのも無理はない。百合は佐藤とは違うグループだったし、受験もあった。

 その話題を、今になってこのタイミングで百合が切り出した。百合は実情を聞いた今も信じられないという面持ちだ。

「だって、どちらも付き合ってないって否定してなかったじゃない」

「あれはっ! 最初はいちいち否定してたけど、それでさらに塚本たちがあれこれ言ってくるから、もう鬱陶しくなって相手にしないって決めたんだよ」

 心なしか早口になってしまった言い訳に、百合は完全には納得できていない様子だ。

 なにを必死になっているんだ。全部今更だろ。百合に聞かれないからって、自分から誤解を解こうともしなかった。

 百合はおずおずと尋ねる。

「付き合ってなかったにしても……佐藤さんは、あんたのことが好きだったんじゃない?」

「はぁ? 百合までなにを言うんだよ。そういうのやめろって」

 反射的に本気で怒りがこもった声色に、百合は気まずそうに正面から目線をはずす。

「ごめん」

 百合の謝罪に俺は胸の奥がチリチリと焼けるように痛くなる。ちょっと待て、そもそも百合にこんな話をさせているのは誰なんだよ。

 謝らせてどうする。感情をぶつける相手が違うだろ。

「……俺の方こそ悪かった。でも本当、佐藤とはなんでもねぇから」

「いいよ。もうわかったって」

 百合が苦々しく笑ったタイミングで、先に百合のケーキとドリンクが運ばれてきた。

 俺は百合の方に身を寄せて、皿の中を覗き込む。ケーキに対して皿が大きすぎないか?というのが、まず頭を過ぎった。

「すごいっ! 可愛い。これ、テイクアウトより中で食べた方がお得な感じだね」

 対照的に百合は興奮気味だ。昔から好きなものを前にすると、百合は子どもみたいな反応をする。

 皿の真ん中にケーキがちょこんとのっていて、その周りにイチゴやリンゴ、バナナにキウイなどが散りばめられていた。

 どれも俺が好きな果物ばかりだが、やはり小さすぎじゃないか?

 そうこうしているうちにレアチーズケーキとコーラも運ばれてきた。一口でガブリといきたくなるのをぐっと堪える。

 幸い、空腹ではない。もしこれが空腹なら数秒でなくなっていたな。

 皿から意識を移し、一度視線を落とす。そして改めて、正面から百合を見つめた。

 少しずつ大好きなチーズケーキを噛みしめて食べる百合は幸せそうで、俺の心も満たされる。よかった。

 しかし、そう思ったのも束の間。

「……コウタにも、好きな相手とかいたのかな?」

 ふとフォークを置いた百合が一呼吸忍ばせた後で、とんでもないことを言ってきた。

 俺は固まるしかない。なんで急にそんな話になるのか。なにか思い当たる節でもあるのか。

 百合は俺の葛藤など知る由もなく、さらに「どう思う?」と無邪気に問いかける。

 尋ねる相手をどう考えても間違えているだろ。

「なんで俺に聞くんだよ。お前が知らないのに、俺が知ってるわけないだろ」

 なにを考えているんだ、百合は。眉間に皺を寄せて百合を見れば、彼女は口をすぼめた。どうやら百合も本気で聞いているわけではないらしい。

「だって男同士だし」

「そんな理由かよ」

 続けて百合はなにげなく補足してくる。

「そう。それで私のいないところでなにか通じていたんじゃないかと思って」

 俺は心が揺す振られるのを感じた。これを動揺とでもいうのか。だって百合は知らないはずだ。

 俺はしばし目を泳がせ、記憶を辿る。そして百合をまっすぐに見つめて、心の中で訴えかける。

 百合だよ。百合、お前なんだよ。好きな相手、なんて。後にも先にも百合だけだ。コウタは、出会ったときから百合しか見ていなかっただろ。

 そうか、百合には伝わっていなかったのか。わかっていたことだ。その証拠に、ホッとしている自分もいる。

 そうだよな、ちゃんと口にしないと伝わらないよな。百合は知らないんだ。
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