シリウスの本音を君に

くろのあずさ

文字の大きさ
10 / 11

10

しおりを挟む
 明らかに食欲は落ち、比例して体重も落ちていく。俺の異変に百合はすぐに気づいた。それでも、なんとか受験が終わるまでは、と病気の件は黙っていた。

 そして入試を終えた日に百合は俺の容体を知ったらしい。母さんが話したんだ。百合は俺の元へ飛んできた。

『コウタ……病気なんだって……でも、絶対に良くなる。元気になるからね』

 ごめんな。俺はもう自分が長くないってわかっているんだ。しょうがない。こういう運命だったんだよ。だから百合がそんな顔をするなって。

 必死に目で訴えかけるも、百合の表情はつらそうで、泣きそうだ。百合には笑って欲しかった。

 でも、いっそあのとき、思いっきり泣かせてやるべきだったのかもしれない。

 小さい頃に泣き虫と言われるほどたくさん泣いた分、徐々に泣くのが苦手になっていった百合だから。

 でも、もうその心配はいらない。

 ひとしきり泣いた後、百合は指で涙を強引に拭って、顔を上げた。

「ありがとう。ちょっと救われた」

「そっか。なら、よかった」

 微笑む間山孝太に百合はふいっと顔を背け、わざと明るい声で話を振った。

「にしても、驚いた。やっぱりコウタと仲良かったんだ」

 間山孝太は口をぽかんと開け、ややあって気まずそうに頭を掻いた。

「いや、コウタにはかなり嫌われてたけど」

「そんなことないでしょ」

 いや。百合はわかっていない。めちゃくちゃ嫌ってただろ。俺は間山孝太の正面に立つ。

 もう一度言う。間山孝太。俺はお前が大っ嫌いだ!

 たとえ直接お前にもう言えないとしても、この気持ちだけはずっと変わらない。百合に対する想いほどに!

 俺の方が百合と先に知り合ったのに、俺が百合にとっての一番だったのに。お前はそのポジションをあっさり奪っていきやがった。

『きみもひとりであそんでいるの?』

 百合が声をかけてくれて、生まれて初めて友達ができた。

 百合と一緒に過ごして、すぐに泣く百合を見て『俺が守ってやらないと』と思うようになっていった。

 そんなときお前が現れたんだ。

 あれは小学校低学年の頃、ちょうどこれくらいの季節だった。春休みに入り、百合と矢野公園へ足を運んでいた。

 そこで遊んでいたクラスの男子が、百合にくだらない言いがかりをつけてきたんだ。

『君島じゃん。なんだよ、お前、学校の友達いないのかよ』

『寂しいやつ』

 今思えば、あいつらは百合が好きだったのかもしれない。そんなちょっかいの出し方だった。でも完全な逆効果で百合は怯えきっていた。

 大きな瞳に涙を溜め、今にも泣き出しそうな表情に、男子たちは面白がってさらに囃し立てようとする。

 頭であれこれ考える前に、俺は男子たちに飛びかかりそうになった。そのとき――

『お前ら、やめろよ!』

 どこからともなく聞こえてきた声に全員の視線が集まる。そこには、百合と同年代の少年がいた。

 見慣れない顔で、体は小さいが目つきがどうも鋭い。

『なんだよ、お前』

 第三者の存在に怯む男子たち。間山孝太はずかずかと彼らに近づき、むしろ詰め寄っていく。

『お前らこそ、なにやってんだ。そいつがなんかしたのか?』

 きっぱりとした言い方に、男子共はしどろもどろに言い訳して散っていた。そして間山孝太の意識がこちらへ向く。

『お前、何年生?』

『えっ、次、三年生』

 突然の質問に百合は律儀に答える。すると間山孝太は白い歯を覗かせ、にかっと笑顔を浮かべた。

『じゃぁ、俺と同じだ。俺、間山孝太。一昨日この近所に引っ越してきて、新学期からそこの小学校に通うんだ』

『コウタ?』

 百合は彼の名前に反応し、目をまん丸くさせた。

『なんだよ?』

 訝しげな間山孝太に対し、ようやく百合にも笑顔が戻る。

『この子もコウタって名前だから。私は、君島百合。助けてくれてありがとう』

『百合にコウタか。よろしくな。俺、空手習ってんだ。だからこっちでの友達第一号としてお前のこと守ってやるよ』

 あの言葉に嘘はないんだろ? 中学からサッカーを始めて、もう空手はやってないけど、それは理由にならない。

 男なら約束は守れ。これからもちゃんと百合を守れよ!

 意地っ張りで、素直に泣くやつじゃないから。変な男に引っかかるくらいならお前でいい。

 ……いや、お前じゃないとだめなんだよ、百合は。

 何度お前のことを想っているのか聞かされてきたか。マネージャーの女子と噂になったときもすごく気にしていた。

 普通に話しかけてくるお前に、今更素直になれないと自己嫌悪する愚痴をずっと聞かされてきたんだ。

 お前だって俺が死んで、百合が大丈夫かってずっと気にしていたくせに。

 自分の死後、意識だけになった俺は、百合に気づいてもらえず、渋々間山孝太のところにも行った。

 でもやっぱり間山孝太にも俺の姿は見えなくて、その代わり何度か百合にメールを送ろうとしてやめようとしている姿や、心配して家まで来ようとしていた行動を目の当りにした。

 今日だって偶然装っておいて、百合と話すためだったんだろ? それは百合が友達第一号だからか? 俺とも友達だったからか?

「……そろそろ帰ろうか」

「そうだな」

 俺の心の叫びなど微塵も伝わっておらず、帰る旨を切り出した百合に間山孝太が静かに同意する。

 百合は優しく空を見つめた。

「なんだかんだで、ここまで付き合ってくれてありがとう。きっとコウタも見守ってくれているよね」

 百合、こっちだって。空じゃなくてお前のすぐ隣だ。でも、やはり気づいてもらえない。

 間山孝太に百合が続く形で、ふたりは帰るために階団へと向かう。

 おい! 間山孝太。それでいいのか? 百合とは大学だって違うし、このまま別れたら次に会えるのはいつかわからないぞ! 百合も、いいのか?

 ふたりの間を右往左往するも、間山孝太と百合に会話らしい会話はない。もちろん、こちらに気づく気配も。

『心配しなくても、俺はお前から百合を奪うつもりはないから』

 ふざけんなよ!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚

ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。 五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。 ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。 年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。 慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。 二人の恋の行方は……

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...