残照の雛

perari

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004-彼の掌の中で

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御所南に一軒の洋館がある。
坂本理光が多額の私財を投じて買い取った邸宅だ。世間ではさまざまな噂が飛び交っている。ある者は彼が愛人のために「金の蔵」を作ったのだと言い、またある者はこの洋館を拠点に開発会社の役員や万国貯蓄会と不穏な繋がりを持っていると囁く。
真偽など私にはわからない。確かなのは、この場所が私には何の関係もない場所であるはずだった、ということだけだ。
私はここへ来たくなかった。だが、選択肢など最初からなかった。

御所南へ着くと、私は車を降りることを頑なに拒んだ。
理光に引き裂かれた帯を握りしめ、はだけた着物の襟を必死に掴む。彼は苛立ちを隠さず、何度か降りるよう催促した。その声に動揺すればするほど、私の頬は紅潮と蒼白を繰り返し、涙が止めどなく溢れ落ちる。手で拭っても、拭っても、乾くことはなかった。

「泣くようなことじゃない。外の者が俺の女を覗き見ようものなら、その眼を抉り取ってやる。さあ、降りろ」
理光は冷酷に言い放った。その言葉に恐怖し、ますます身動きが取れなくなった私を、彼は険しい表情で見つめる。やがて深く息を吐くと、彼は自身のジャケットを私の肩にかけ、抗う隙も与えず力強く抱きかかえて車を降りた。
腕の中で、中山川合のことが頭をよぎり、身を竦める。涙で赤くなった瞳は、意地でも彼の胸に寄せるまいと背けた。

客間に着くと、彼は私を下ろし、使用人たちに熱い湯の用意を命じた。
案内された寝室で、私は着替えを迫られる。使用人たちは、私が彼の形式上の婚約者であることを知っているため、表面上は恭しく振る舞う。けれど、彼女たちが私を敬っていないことは明白だった。
この館の真の女主人は、華やかな仁野愛子なのだ。使用人たちの関心は、常にその寵姫に向けられていた。
手伝おうとする使用人を退け、服を置かせて部屋を出した。床に座り込み、着替えるべきか否か逡巡したが、結局、彼の望みを拒む勇気は私にはなかった。心が、音を立てて折れてゆくのがわかった。

その時、彼はノックもせずに部屋に入ってきた。
黒い絨毯に裸足を沈めている私を見て、逃げ場を失った私は慌てて帯を締め直そうとした。
「動くな」
掠れた低い声。それは拒絶を許さぬ命令だった。

その時の私は、桜色の海棠の花が刺繍された、絹の重ね襟を纏っていた。
理光は歩み寄り、指先をそっと私の腿に滑らせると、後ろに回って帯を解いた。風呂上がりの彼は、髪も半乾きで整髪料もなく、いつもの鋭い威圧感は鳴りを潜めている。金縁の眼鏡をかけたその瞳には、不思議なほどの慈しみと哀れみが宿り、まるで知的な学者のような佇まいだった。
これが、かつて私が夢にまで見た「婚約者」の姿だったのかもしれない。
皮肉なことに、その皮膚の下に隠された魂は、これほどまでに醜く卑劣だというのに。

私は力なく問いかけた。
「一体、何をなさりたいの?」
彼の鼻先が私の首筋を掠め、温かな吐息が肌を撫でる。
「君は俺についてきたのに、まだわからないのか」
囁きと同時に、長く力強い指が着物の合わせ目に滑り込み、臀部を強く掴んだ。
私は悲鳴をあげて後ずさったが、細い腰を逃さず引き寄せられ、彼の厚い胸板に押し付けられた。

私は彼を突き飛ばし、泣きながら叫んだ。
「こんなことをなさるなら、お祖母様に申し上げます!」
「祖母が知れば喜ぶだけだ。孫の顔を見るのを待ち望んでいるからな」
そう言い捨て、彼は唇を重ねてきた。
私は口を固く結び、首を振って拒絶する。しかし彼は苛立ち、片手で私の顎を固定して強引に舌を押し入れた。清らかなはずの彼の息遣いが、暴力となって私を侵してゆく。どんなに抵抗しても無駄だった。
顔が熱くなり、息が詰まりそうになった頃、ようやく彼は指を緩め、私の頬を優しく叩いた。
「息はできるか」
低く囁く声。胸は激しく上下し、咳き込む私の頬を再び涙が伝う。

「坂本さん……私は何も悪いことはしていません。どうか、お許しください。こんなことは望んでいないのです。まだ添い遂げてもいないのに、こうして貴方の時間を浪費させてしまう自分も……無力で、申し訳ないと思っております」
嗚咽を堪え、私は懇願した。
「そんなに私を憎んでいるのですか。どうして、これほどまでに私を壊そうとなさるのですか……」
理光は黙って、指先で私の涙を拭った。その温もりが、かえって心を抉る。

「それに、表のことも。彼はただ、私を心配してくれただけなのです。どうしてあんなに怒るのかわかりません。彼はその手で生計を立てているのに、腕を折るなんて……」
その言葉に、彼の手が止まり、部屋の空気が凍りついた。
「車の中では失礼した。申し訳ない」
彼は冷ややかな微笑を浮かべた。
「お前は自分のために乞うているのか、それとも中山のためか。俺はずっと奴が気に入らなかった。腕を一本残すだけでも、お前の顔を立ててやっているんだ。どうして奴のことまで案じる必要がある」

理光の声が急激に冷たくなり、次の瞬間、下着の縁を強く引き裂いた。
悲鳴を上げて抵抗する私を、彼は力で押さえつける。恐怖に脚を閉じると、彼は膝を割り込ませて強引に押し開き、白い太腿を揉み、撫で、より秘められた場所へと指を滑らせた。
その感覚は電流となって体内を駆け巡り、私は思わず身を震わせる。
「……あっ」
なぜそんな声が漏れたのか、自分でもわからなかった。恥辱に顔を焼き、唇を噛んで耐えようとした。
「言っただろう。唇を噛むのはよせ」
理光の声は冷淡で、まるで子供を戒めるかのようだった。

彼の指は、すでに赤く熱を持った部分を捉え、緩急をつけて弄(もてあそ)ぶ。その刺激は足の裏まで痺れるような感覚をもたらし、全身へ波及していった。私の体は異変に抗おうとするが、不慣れな快感は非情にも強まってゆく。
「だめ……おかしいわ……」
手を振りほどこうとするが、彼の冷徹な表情がそれを許さない。
指の動きは執拗さを増し、何かを急かすように速まってゆく。
快感は瞬く間に高まり、脚の付け根から爪先までを支配した。身体が刻む細かな水音と、無意識の喘ぎ声が静かな寝室に響き渡る。
すべては坂本理光の掌中にあり、私は完全に制御を失っていた。
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