残照の雛

perari

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005-ひとひらの紅、ひとしずくの痛み

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もう限界だった。
肌は白磁のように透き通り、頬には微かな紅が差し、まるで光に照らされた桃色の真珠のようだった。震える脚、ふるふると痙攣する身体――声にならぬ息が喉の奥に詰まり、ただ必死に坂本理光を突き放そうと手を伸ばすしかなかった。

そんな私の様子を眺めて、彼はようやく動きを止めた。指先に光る透明の液体を目の前に掲げ、まるで何かの証のように見せつけてくる。そこから微かに甘い、どこか妖しげな香りが漂った。
耳元に唇を寄せ、彼はからかうように囁いた。
「こんなに溢れて……気持ちよかったのかい?」
触れられた場所には未だ痺れるような感覚が残り、それがまた私の奥底を掻き立てる。顔を背けると、涙が滲んだ。頬が熱く焼き、胸の奥に言いようのない苦しみが込み上げてくる。

「やめて……どうしてそんな風に私を辱めるの。坂本さん、貴方は私を憎んでいるのね。私も……私も貴方なんて大嫌い」
けれど彼は、私の身体を支えながら、あどけないほど無邪気な笑みを浮かべて言った。
「憎んでいる? そうは見えないがな。……ねえ、渡辺さん。君、夢で僕にこうされるところを、見たことがあるだろう?」
「ないっ! そんな夢なんか見たことないわ!」
足をばたつかせ、腕を必死に振りほどこうとする私に、彼は低く笑った。
「君は、嘘をつくのが下手だね」
その言葉の裏には、確信めいた優越が滲んでいた。

彼の手が、再び私の唇に触れた。濡れた指先がゆっくりと押し入ってくる。恐怖に腹の奥がぎゅっと縮まり、身体が強張る。
理光は眉をひそめ、ぽつりと呟いた。
「……狭すぎる」
彼の言葉に、身体はますます硬直した。柔らかな肉が指に絡むたび、鈍い痛みが走り、冷や汗が背中を伝った。
「痛い……痛いよ……」
声を絞り出すように訴えても、彼は手を緩めるどころか、ますます深く私を蹂躙しようとする。
汗が彼の額から流れ落ち、痩せた頬を伝い、首筋を濡らす。熱を帯びたその気配に、私は息を呑んだ。

「痛くしたくないなら……力を抜くんだ。君は僕の妻だ、渡辺さん。もう抵抗しなくていい」
耳元で囁かれたその言葉は、甘露のようでいて恐ろしく、心の奥まで染み入った。
「違う……貴方なんか、夫じゃない……私たちはもう、終わったの」
泣きながら叫ぶと、彼は私の足首を掴み、強引に引き寄せた。
「僕以外、誰が触れられるというんだ。君の、この柔らかさに……」

次の瞬間、手のひらが私の頬を打った。
鋭い破裂音が部屋に響き渡る。あまりの衝撃に、世界が止まったようだった。死にたくなるほどの屈辱――それでも、涙は止まらなかった。
「動くな、渡辺。……動いたら、もっと酷い目に遭うぞ」
彼の眼が、真っ直ぐに私を射抜いていた。

視線を逸らそうとしたそのとき、彼の髪の生え際にある、うっすらとした傷跡が目に入った。
ごく小さな、古い痕。
それでも、私にとっては決して忘れられない印だった。
あの傷だけは、私の心に永遠に刻まれている。たとえこの命が尽きても、その傷の記憶だけは墓まで持っていく――そんな確信が、胸を突き上げた。

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