3 / 48
3.お兄ちゃんって呼ぶな、学校で!
しおりを挟む
始業のチャイムが鳴る少し前、蓮はいつも通りの足取りで教室に入った。
この教室の中で、誰にも注目されずにいるのが心地いい。隣の席の男子に軽く会釈し、いつも通りに椅子を引く。特に話すわけでもない。誰かに声をかけられることもない。それが、蓮の平穏な日常だった。
――昨日までは、な。
「……おはよ」
聞き慣れた声が、真横から聞こえた。顔を上げると、そこには白石紗耶。誰もが一目置く美人、成績優秀、無駄口をきかず、近寄りがたいオーラの塊――が、今まさに自分に「おはよう」と言ってきた。
「……お、おう?」
思わず声が裏返り、周囲の数人がこちらを見る。まずい、注目されてる。いつもと違う、圧倒的に。
「お前、話しかけてこないって言ってたじゃん」
小声で言うと、紗耶はそっぽを向いたまま、小さく答えた。
「……蓮くん、制服のシャツ、裏返し」
「は?」
慌てて見下ろすと、確かに胸ポケットが内側にある。寝ぼけて着たらしい。
「……ありがと」
「別に。恥かかれるとこっちも困るから」
素っ気ない返事を残し、紗耶はさっと自分の席に戻っていった。でも、その頬はほんの少しだけ赤くなっていた気がする。
休み時間、教室を出て廊下を歩いていたら、背後から軽快な足音が近づいてきた。
「お兄ちゃーんっ!」
わっ、と声がして、芽衣が勢いよく飛びついてきた。
「お、おい! やめろ、ここ学校!」
「いいじゃん、兄妹なんだし~」
両腕で抱きついてきた芽衣を、蓮は慌てて引き剥がす。しかし、その様子を周囲の数人が目撃していた。
「えっ、ちょっと今、“お兄ちゃん”って言った?」
「あれって白石紗耶の妹じゃね? え、なに? 兄妹?」
「え、え、でも白石って、確か二人姉妹じゃ――」
ざわざわと、音にならない騒めきが廊下を伝う。
「芽衣……マジでやめろ。バレるって」
「バレたらなんかマズいの?」
小首をかしげる彼女は、無邪気そのものだった。悪気はない、たぶん。だからこそ、たちが悪い。
昼休み。蓮は弁当を忘れたことに気づいて絶望していた。
「……マジかよ、よりによって今日……」
ポケットを探っても、カバンの中をひっくり返しても、弁当はない。作ってあったのに、冷蔵庫に置いたまま家を出たらしい。
買いに行こうにも、購買はもう行列。並んでいたら昼休みが終わる。
(仕方ない、今日は抜くか……)
腹を空かせて机に突っ伏していたら。
「おにいちゃーん、届けにきたよー!」
明るく元気な声とともに、芽衣が現れた。手には、ピンクの包みに包まれた弁当箱。
「……お、おまえ、なんで」
「お母さんに頼まれて、ついでに私の分もってことで、ここまで持ってきちゃった☆」
「ふざけ……! ここ学校だぞ! てかなんだその制服!」
よく見ると、芽衣は上だけ私服パーカーを羽織っているが、下は制服のスカートだった。つまり、サボって持ってきた。
「せっかくだから、一緒に食べよ? 空いてる教室とかあるでしょ?」
その瞬間、教室の女子数人がこっちを見ていた。
「ねぇ……あの子、風間くんに“お兄ちゃん”って……」
「え、なにあれ? 妹? でもなんか、距離近くない?」
「もしかして、風間くんの彼女とか……」
不穏な誤解が生まれる中、ふと後方から落ち着いた声が聞こえた。
「……芽衣、教室に勝手に入らないで」
紗耶だった。教室のドア枠に片肩を寄せ、静かに芽衣を睨んでいる。
「ご、ごめんね、紗耶ねえ。でもさ、蓮くん、お弁当忘れてて――」
「それは知ってる。でも、わざわざ目立つように渡すことなかったでしょ」
「……ごめん」
芽衣がしゅんと肩を落とす。それを見て、紗耶は一度小さく息をつき、女子数人の方をちらりと見た。
「――芽衣と蓮くんは、うちにいるときはあんな感じだけど……家族だから、変な誤解しないで」
教室中が静まり返った。
「……家族、って」
「白石さんと蓮くんって、家族なの?」
ざわざわと、今度は本格的な波が押し寄せる。
「あの……マジで、ちょっと待って、皆落ち着いて」
蓮はただひたすら、弁当云々よりも、今の状況が消えてくれることを願っていた。
紗耶の「家族だから」という一言は、火に油を注ぐ結果だった。
「ちょ、えっ? 家族? え、なに? 白石さんと風間くんって兄妹なの? まじで?」
「義兄妹ってこと……? 再婚? それとも、なに?」
「うっそ……あの美人姉妹と同居してんの?」
男子も女子も、目を丸くしてこちらを見ている。蓮は思わず頭を抱えた。
「……やっちゃったね」
芽衣が小声で囁いた。
「どっちかっていうと、お前がやったんだけどな……」
「えー、でもそんなに悪いことじゃないでしょ? むしろ、話題になって蓮くんの評価上がるかも!」
「俺は目立ちたくねえの!」
そのとき、再び紗耶が口を開いた。
「誤解されるのも嫌だし……ちゃんと説明する。放課後、屋上。話すから」
そう言って、彼女はすっと背を向けて教室を出ていった。
「え、まじで白石さんの口から説明あるの? やば……これは行くしかないっしょ!」
「放課後、屋上な……お前らも絶対忘れんなよ!」
教室が、学園ドラマの収録現場のような熱気に包まれていく中、蓮は天を仰いだ。
(……俺の平穏な学園生活、どこ行ったんだ)
この教室の中で、誰にも注目されずにいるのが心地いい。隣の席の男子に軽く会釈し、いつも通りに椅子を引く。特に話すわけでもない。誰かに声をかけられることもない。それが、蓮の平穏な日常だった。
――昨日までは、な。
「……おはよ」
聞き慣れた声が、真横から聞こえた。顔を上げると、そこには白石紗耶。誰もが一目置く美人、成績優秀、無駄口をきかず、近寄りがたいオーラの塊――が、今まさに自分に「おはよう」と言ってきた。
「……お、おう?」
思わず声が裏返り、周囲の数人がこちらを見る。まずい、注目されてる。いつもと違う、圧倒的に。
「お前、話しかけてこないって言ってたじゃん」
小声で言うと、紗耶はそっぽを向いたまま、小さく答えた。
「……蓮くん、制服のシャツ、裏返し」
「は?」
慌てて見下ろすと、確かに胸ポケットが内側にある。寝ぼけて着たらしい。
「……ありがと」
「別に。恥かかれるとこっちも困るから」
素っ気ない返事を残し、紗耶はさっと自分の席に戻っていった。でも、その頬はほんの少しだけ赤くなっていた気がする。
休み時間、教室を出て廊下を歩いていたら、背後から軽快な足音が近づいてきた。
「お兄ちゃーんっ!」
わっ、と声がして、芽衣が勢いよく飛びついてきた。
「お、おい! やめろ、ここ学校!」
「いいじゃん、兄妹なんだし~」
両腕で抱きついてきた芽衣を、蓮は慌てて引き剥がす。しかし、その様子を周囲の数人が目撃していた。
「えっ、ちょっと今、“お兄ちゃん”って言った?」
「あれって白石紗耶の妹じゃね? え、なに? 兄妹?」
「え、え、でも白石って、確か二人姉妹じゃ――」
ざわざわと、音にならない騒めきが廊下を伝う。
「芽衣……マジでやめろ。バレるって」
「バレたらなんかマズいの?」
小首をかしげる彼女は、無邪気そのものだった。悪気はない、たぶん。だからこそ、たちが悪い。
昼休み。蓮は弁当を忘れたことに気づいて絶望していた。
「……マジかよ、よりによって今日……」
ポケットを探っても、カバンの中をひっくり返しても、弁当はない。作ってあったのに、冷蔵庫に置いたまま家を出たらしい。
買いに行こうにも、購買はもう行列。並んでいたら昼休みが終わる。
(仕方ない、今日は抜くか……)
腹を空かせて机に突っ伏していたら。
「おにいちゃーん、届けにきたよー!」
明るく元気な声とともに、芽衣が現れた。手には、ピンクの包みに包まれた弁当箱。
「……お、おまえ、なんで」
「お母さんに頼まれて、ついでに私の分もってことで、ここまで持ってきちゃった☆」
「ふざけ……! ここ学校だぞ! てかなんだその制服!」
よく見ると、芽衣は上だけ私服パーカーを羽織っているが、下は制服のスカートだった。つまり、サボって持ってきた。
「せっかくだから、一緒に食べよ? 空いてる教室とかあるでしょ?」
その瞬間、教室の女子数人がこっちを見ていた。
「ねぇ……あの子、風間くんに“お兄ちゃん”って……」
「え、なにあれ? 妹? でもなんか、距離近くない?」
「もしかして、風間くんの彼女とか……」
不穏な誤解が生まれる中、ふと後方から落ち着いた声が聞こえた。
「……芽衣、教室に勝手に入らないで」
紗耶だった。教室のドア枠に片肩を寄せ、静かに芽衣を睨んでいる。
「ご、ごめんね、紗耶ねえ。でもさ、蓮くん、お弁当忘れてて――」
「それは知ってる。でも、わざわざ目立つように渡すことなかったでしょ」
「……ごめん」
芽衣がしゅんと肩を落とす。それを見て、紗耶は一度小さく息をつき、女子数人の方をちらりと見た。
「――芽衣と蓮くんは、うちにいるときはあんな感じだけど……家族だから、変な誤解しないで」
教室中が静まり返った。
「……家族、って」
「白石さんと蓮くんって、家族なの?」
ざわざわと、今度は本格的な波が押し寄せる。
「あの……マジで、ちょっと待って、皆落ち着いて」
蓮はただひたすら、弁当云々よりも、今の状況が消えてくれることを願っていた。
紗耶の「家族だから」という一言は、火に油を注ぐ結果だった。
「ちょ、えっ? 家族? え、なに? 白石さんと風間くんって兄妹なの? まじで?」
「義兄妹ってこと……? 再婚? それとも、なに?」
「うっそ……あの美人姉妹と同居してんの?」
男子も女子も、目を丸くしてこちらを見ている。蓮は思わず頭を抱えた。
「……やっちゃったね」
芽衣が小声で囁いた。
「どっちかっていうと、お前がやったんだけどな……」
「えー、でもそんなに悪いことじゃないでしょ? むしろ、話題になって蓮くんの評価上がるかも!」
「俺は目立ちたくねえの!」
そのとき、再び紗耶が口を開いた。
「誤解されるのも嫌だし……ちゃんと説明する。放課後、屋上。話すから」
そう言って、彼女はすっと背を向けて教室を出ていった。
「え、まじで白石さんの口から説明あるの? やば……これは行くしかないっしょ!」
「放課後、屋上な……お前らも絶対忘れんなよ!」
教室が、学園ドラマの収録現場のような熱気に包まれていく中、蓮は天を仰いだ。
(……俺の平穏な学園生活、どこ行ったんだ)
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件
マサタカ
青春
俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。
あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。
そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。
「久しぶりですね、兄さん」
義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。
ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。
「矯正します」
「それがなにか関係あります? 今のあなたと」
冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。
今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人?
ノベルアッププラスでも公開。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
クラスで一番人気者の女子が構ってくるのだが、そろそろ僕がコミュ障だとわかってもらいたい
みずがめ
恋愛
学生にとって、席替えはいつだって大イベントである。
それはカースト最下位のぼっちである鈴本克巳も同じことであった。せめて穏やかな学生生活をを求める克巳は陽キャグループに囲まれないようにと願っていた。
願いが届いたのか、克巳は窓際の後ろから二番目の席を獲得する。しかし喜んでいたのも束の間、彼の後ろの席にはクラスで一番の人気者の女子、篠原渚が座っていた。
スクールカーストでの格差がありすぎる二人。席が近いとはいえ、関わることはあまりないのだろうと思われていたのだが、渚の方から克巳にしょっちゅう話しかけてくるのであった。
ぼっち男子×のほほん女子のほのぼのラブコメです。
※あっきコタロウさんのフリーイラストを使用しています。
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる