いつも通り帰宅したらクラスメイトとその妹が俺の義妹になった

望月ゆたか

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3.お兄ちゃんって呼ぶな、学校で!

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 始業のチャイムが鳴る少し前、蓮はいつも通りの足取りで教室に入った。

 この教室の中で、誰にも注目されずにいるのが心地いい。隣の席の男子に軽く会釈し、いつも通りに椅子を引く。特に話すわけでもない。誰かに声をかけられることもない。それが、蓮の平穏な日常だった。

 ――昨日までは、な。

「……おはよ」

 聞き慣れた声が、真横から聞こえた。顔を上げると、そこには白石紗耶。誰もが一目置く美人、成績優秀、無駄口をきかず、近寄りがたいオーラの塊――が、今まさに自分に「おはよう」と言ってきた。

「……お、おう?」

 思わず声が裏返り、周囲の数人がこちらを見る。まずい、注目されてる。いつもと違う、圧倒的に。

「お前、話しかけてこないって言ってたじゃん」

 小声で言うと、紗耶はそっぽを向いたまま、小さく答えた。

「……蓮くん、制服のシャツ、裏返し」

 「は?」

 慌てて見下ろすと、確かに胸ポケットが内側にある。寝ぼけて着たらしい。

「……ありがと」

「別に。恥かかれるとこっちも困るから」

 素っ気ない返事を残し、紗耶はさっと自分の席に戻っていった。でも、その頬はほんの少しだけ赤くなっていた気がする。

 

 休み時間、教室を出て廊下を歩いていたら、背後から軽快な足音が近づいてきた。

「お兄ちゃーんっ!」

 わっ、と声がして、芽衣が勢いよく飛びついてきた。

「お、おい! やめろ、ここ学校!」

「いいじゃん、兄妹なんだし~」

 両腕で抱きついてきた芽衣を、蓮は慌てて引き剥がす。しかし、その様子を周囲の数人が目撃していた。

「えっ、ちょっと今、“お兄ちゃん”って言った?」

「あれって白石紗耶の妹じゃね? え、なに? 兄妹?」

「え、え、でも白石って、確か二人姉妹じゃ――」

 ざわざわと、音にならない騒めきが廊下を伝う。

「芽衣……マジでやめろ。バレるって」

「バレたらなんかマズいの?」

 小首をかしげる彼女は、無邪気そのものだった。悪気はない、たぶん。だからこそ、たちが悪い。

 

 昼休み。蓮は弁当を忘れたことに気づいて絶望していた。

「……マジかよ、よりによって今日……」

 ポケットを探っても、カバンの中をひっくり返しても、弁当はない。作ってあったのに、冷蔵庫に置いたまま家を出たらしい。

 買いに行こうにも、購買はもう行列。並んでいたら昼休みが終わる。

(仕方ない、今日は抜くか……)

 腹を空かせて机に突っ伏していたら。

「おにいちゃーん、届けにきたよー!」

 明るく元気な声とともに、芽衣が現れた。手には、ピンクの包みに包まれた弁当箱。

「……お、おまえ、なんで」

「お母さんに頼まれて、ついでに私の分もってことで、ここまで持ってきちゃった☆」

「ふざけ……! ここ学校だぞ! てかなんだその制服!」

 よく見ると、芽衣は上だけ私服パーカーを羽織っているが、下は制服のスカートだった。つまり、サボって持ってきた。

「せっかくだから、一緒に食べよ? 空いてる教室とかあるでしょ?」

 その瞬間、教室の女子数人がこっちを見ていた。

「ねぇ……あの子、風間くんに“お兄ちゃん”って……」

「え、なにあれ? 妹? でもなんか、距離近くない?」

「もしかして、風間くんの彼女とか……」

 不穏な誤解が生まれる中、ふと後方から落ち着いた声が聞こえた。

「……芽衣、教室に勝手に入らないで」

 紗耶だった。教室のドア枠に片肩を寄せ、静かに芽衣を睨んでいる。

「ご、ごめんね、紗耶ねえ。でもさ、蓮くん、お弁当忘れてて――」

「それは知ってる。でも、わざわざ目立つように渡すことなかったでしょ」

「……ごめん」

 芽衣がしゅんと肩を落とす。それを見て、紗耶は一度小さく息をつき、女子数人の方をちらりと見た。

「――芽衣と蓮くんは、うちにいるときはあんな感じだけど……家族だから、変な誤解しないで」

 教室中が静まり返った。

「……家族、って」

「白石さんと蓮くんって、家族なの?」

 ざわざわと、今度は本格的な波が押し寄せる。

「あの……マジで、ちょっと待って、皆落ち着いて」

 蓮はただひたすら、弁当云々よりも、今の状況が消えてくれることを願っていた。

 紗耶の「家族だから」という一言は、火に油を注ぐ結果だった。

「ちょ、えっ? 家族? え、なに? 白石さんと風間くんって兄妹なの? まじで?」

「義兄妹ってこと……? 再婚? それとも、なに?」

「うっそ……あの美人姉妹と同居してんの?」

 男子も女子も、目を丸くしてこちらを見ている。蓮は思わず頭を抱えた。

「……やっちゃったね」

 芽衣が小声で囁いた。

「どっちかっていうと、お前がやったんだけどな……」

「えー、でもそんなに悪いことじゃないでしょ? むしろ、話題になって蓮くんの評価上がるかも!」

「俺は目立ちたくねえの!」

 そのとき、再び紗耶が口を開いた。

「誤解されるのも嫌だし……ちゃんと説明する。放課後、屋上。話すから」

 そう言って、彼女はすっと背を向けて教室を出ていった。

「え、まじで白石さんの口から説明あるの? やば……これは行くしかないっしょ!」

「放課後、屋上な……お前らも絶対忘れんなよ!」

 教室が、学園ドラマの収録現場のような熱気に包まれていく中、蓮は天を仰いだ。

(……俺の平穏な学園生活、どこ行ったんだ)
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