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29.仮面の奥に見えた、素顔の君
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夏休みが終わった。
蝉の声もやや落ち着き始めた九月初頭、蓮は久々の制服に違和感を覚えながら、学校へと足を運んでいた。
「だりぃ……」
正門前で出会ったのは、同じクラスの友人・高橋。もう一人の友人・岸本はすでに教室にいるらしく、始業前の雑談が再開されていた。
蓮が教室に入ると、懐かしい顔ぶれが戻ってきた教室に、自然とざわめきが広がっていた。
「よう、蓮。夏休みどうだった?」
「まあまあ。家族旅行行ったり、花火行ったり……わりと充実してたかな」
「リア充かよ。俺なんてバイト三昧だぞ」
くだらないやりとりが心地よい。変わらない日常が、また始まったのだと実感する。
始業式を終えた午後、さっそくクラスで文化祭について話し合いが始まった。
坂口先生が口を開く前から、すでに生徒たちはワイワイとアイデアを飛ばし合っていた。
「メイド喫茶とかどう?」
「ベタすぎるってー」
「じゃあ、お化け屋敷?」
「準備が面倒そう」
そんな中、前に立ったのは学級委員の一人である紗耶だった。
「みんな、ちゃんと話し合お? 文化祭って、思い出になるし」
相変わらず凛としていて、誰もが自然と耳を傾ける。
蓮はというと、そんな彼女の姿を見ながらも、「どうせ裏方やればいいし」と陰キャスタンスだった。
最終的に、候補は三つに絞られた。「屋台」「喫茶店」「演劇」。
そして多数決の結果、演劇に決定。
「えー、マジで演劇? セリフ覚えるの無理」
「いやでも、やるならちゃんとやろうよ。どうせなら面白いやつ」
誰かがそう言うと、教室の後ろの方から「探偵ものにしようぜ!」という声が上がった。
それが意外にも賛同を得て、トントン拍子に話が進んでいく。
「じゃあ、仮タイトルは……『名探偵×怪盗~文化祭に舞い降りた仮面~』ってとこ?」
「厨二感やばいけど、いいじゃんそれ!」
クラスのテンションが不思議な一体感に包まれていく。イベント前の特有のやつだ。
その流れで、配役をどうするかという話になった。
「蓮、お前探偵役な」
「は?」
なぜか当然のように指名された。
「いやいやいや、俺、演技とか無理だって」
「でも雰囲気合ってるし。冷静系主人公」
「ほら、声低めで台詞も映えるし」
完全に逃げ場なし。
「じゃあ……私は怪盗役でいい?」
紗耶が、すっと手を挙げた。
教室が一瞬静まる。あまりに自然な立候補だったからだ。
「おー、紗耶ちゃんなら似合いそう。仮面の怪盗って感じ」
「うん、なんかミステリアスな雰囲気出そう」
女子たちの盛り上がりをよそに、蓮はどこか居心地の悪さを感じていた。
(いや、これって……俺と紗耶が主役ってことだよな? めっちゃ義兄妹で注目されんじゃん……)
けれど、紗耶の表情は至って普通。演技に対して興味がある様子すら感じられる。
それが逆に、蓮を妙に意識させた。
放課後、蓮は部活にも寄らず、早めに帰宅した。
だが玄関を開けると、リビングには先に帰ってきた紗耶がいた。
「あ、蓮くん。いや、探偵さん、今日はおつかれさま」
「……お前な、からかってるだろ」
「ふふ、少しだけね」
紗耶はクッションを抱きながら、いたずらっぽく笑った。
「でも、正直ちょっと楽しみかも。演劇とか、やったことなかったし」
「……お前、ほんと度胸あるよな」
「そう? 蓮くんこそ、意外と似合うと思うけど」
少しだけ沈黙が流れる。
「……本番の日、変なミスすんなよ」
「そっちこそ、セリフ飛ばさないでね。私にバレたら減点」
「誰が採点すんだよ」
そんなやり取りが、少しずつ「義兄妹」という殻を揺らしていく。
そしてその夜、蓮は布団に入ってから思い出した。
仮面の怪盗は、最後に正体を明かすシーンがある。
探偵役が仮面を外し、正体を暴く——
それはつまり、自分が、紗耶を見つめるシーンでもあるわけで。
「……ま、演技だしな」
そうつぶやいて、蓮は寝返りを打った。
けれど、どこか胸の奥が、ほんの少しだけ熱くなっていた。
三日後の昼休み、教室の端ではすでに有志たちが脚本づくりに取りかかっていた。
蓮は弁当をつつきながら、その様子をぼんやり眺めていたが——。
「蓮くん、ちょっとこっち」
紗耶に呼ばれて、つい立ち上がる。
「演劇委員、ってことらしいよ、私たち」
「……は?」
「主役だからね。脚本とか流れとか、意見求められるって」
「うわ、面倒くさ……」
仕方なく脚本係のところに向かうと、案の定、話はもう本番に向けて動いていた。
「探偵と怪盗が対峙するシーンが3回あって、最後に怪盗の正体が明かされるんだけど……ラストは、仮面を外す演出どうするかって話でさ」
「うーん、普通に舞台上で外せばいいんじゃないの?」と紗耶。
蓮は言葉を詰まらせた。
(俺が、みんなの前で、紗耶の仮面を外す……?)
「演出としてはアリだけど……恥ずかしくね?」
「演技でしょ? そこまで意識してると、逆にバレるよ」
さらっと言う紗耶に、蓮は苦笑した。
放課後、体育館裏で行われた仮リハーサルでは、すでに配役を決めた生徒たちがセリフ読みを始めていた。
探偵と怪盗が対峙する仮シーンを即興でやってみることに。
「怪盗——君の正体は、もうわかっている」
蓮が台本を読み上げると、紗耶は少し笑いながら試作品の仮面を目の前にかざした。
「ふふ……なら、外してみる?」
その瞬間、蓮の視線が自然と紗耶の目を捉えた。
距離が近い。
ただの演技なのに、なぜか鼓動が早まる。
「……やっぱ、俺、この役向いてないかも」
ぽつりと漏らすと、紗耶は少しだけ優しい声で言った。
「私は、蓮くんが相手ならやりやすいよ」
仮面越しの目が、わずかに揺れていた。
蝉の声もやや落ち着き始めた九月初頭、蓮は久々の制服に違和感を覚えながら、学校へと足を運んでいた。
「だりぃ……」
正門前で出会ったのは、同じクラスの友人・高橋。もう一人の友人・岸本はすでに教室にいるらしく、始業前の雑談が再開されていた。
蓮が教室に入ると、懐かしい顔ぶれが戻ってきた教室に、自然とざわめきが広がっていた。
「よう、蓮。夏休みどうだった?」
「まあまあ。家族旅行行ったり、花火行ったり……わりと充実してたかな」
「リア充かよ。俺なんてバイト三昧だぞ」
くだらないやりとりが心地よい。変わらない日常が、また始まったのだと実感する。
始業式を終えた午後、さっそくクラスで文化祭について話し合いが始まった。
坂口先生が口を開く前から、すでに生徒たちはワイワイとアイデアを飛ばし合っていた。
「メイド喫茶とかどう?」
「ベタすぎるってー」
「じゃあ、お化け屋敷?」
「準備が面倒そう」
そんな中、前に立ったのは学級委員の一人である紗耶だった。
「みんな、ちゃんと話し合お? 文化祭って、思い出になるし」
相変わらず凛としていて、誰もが自然と耳を傾ける。
蓮はというと、そんな彼女の姿を見ながらも、「どうせ裏方やればいいし」と陰キャスタンスだった。
最終的に、候補は三つに絞られた。「屋台」「喫茶店」「演劇」。
そして多数決の結果、演劇に決定。
「えー、マジで演劇? セリフ覚えるの無理」
「いやでも、やるならちゃんとやろうよ。どうせなら面白いやつ」
誰かがそう言うと、教室の後ろの方から「探偵ものにしようぜ!」という声が上がった。
それが意外にも賛同を得て、トントン拍子に話が進んでいく。
「じゃあ、仮タイトルは……『名探偵×怪盗~文化祭に舞い降りた仮面~』ってとこ?」
「厨二感やばいけど、いいじゃんそれ!」
クラスのテンションが不思議な一体感に包まれていく。イベント前の特有のやつだ。
その流れで、配役をどうするかという話になった。
「蓮、お前探偵役な」
「は?」
なぜか当然のように指名された。
「いやいやいや、俺、演技とか無理だって」
「でも雰囲気合ってるし。冷静系主人公」
「ほら、声低めで台詞も映えるし」
完全に逃げ場なし。
「じゃあ……私は怪盗役でいい?」
紗耶が、すっと手を挙げた。
教室が一瞬静まる。あまりに自然な立候補だったからだ。
「おー、紗耶ちゃんなら似合いそう。仮面の怪盗って感じ」
「うん、なんかミステリアスな雰囲気出そう」
女子たちの盛り上がりをよそに、蓮はどこか居心地の悪さを感じていた。
(いや、これって……俺と紗耶が主役ってことだよな? めっちゃ義兄妹で注目されんじゃん……)
けれど、紗耶の表情は至って普通。演技に対して興味がある様子すら感じられる。
それが逆に、蓮を妙に意識させた。
放課後、蓮は部活にも寄らず、早めに帰宅した。
だが玄関を開けると、リビングには先に帰ってきた紗耶がいた。
「あ、蓮くん。いや、探偵さん、今日はおつかれさま」
「……お前な、からかってるだろ」
「ふふ、少しだけね」
紗耶はクッションを抱きながら、いたずらっぽく笑った。
「でも、正直ちょっと楽しみかも。演劇とか、やったことなかったし」
「……お前、ほんと度胸あるよな」
「そう? 蓮くんこそ、意外と似合うと思うけど」
少しだけ沈黙が流れる。
「……本番の日、変なミスすんなよ」
「そっちこそ、セリフ飛ばさないでね。私にバレたら減点」
「誰が採点すんだよ」
そんなやり取りが、少しずつ「義兄妹」という殻を揺らしていく。
そしてその夜、蓮は布団に入ってから思い出した。
仮面の怪盗は、最後に正体を明かすシーンがある。
探偵役が仮面を外し、正体を暴く——
それはつまり、自分が、紗耶を見つめるシーンでもあるわけで。
「……ま、演技だしな」
そうつぶやいて、蓮は寝返りを打った。
けれど、どこか胸の奥が、ほんの少しだけ熱くなっていた。
三日後の昼休み、教室の端ではすでに有志たちが脚本づくりに取りかかっていた。
蓮は弁当をつつきながら、その様子をぼんやり眺めていたが——。
「蓮くん、ちょっとこっち」
紗耶に呼ばれて、つい立ち上がる。
「演劇委員、ってことらしいよ、私たち」
「……は?」
「主役だからね。脚本とか流れとか、意見求められるって」
「うわ、面倒くさ……」
仕方なく脚本係のところに向かうと、案の定、話はもう本番に向けて動いていた。
「探偵と怪盗が対峙するシーンが3回あって、最後に怪盗の正体が明かされるんだけど……ラストは、仮面を外す演出どうするかって話でさ」
「うーん、普通に舞台上で外せばいいんじゃないの?」と紗耶。
蓮は言葉を詰まらせた。
(俺が、みんなの前で、紗耶の仮面を外す……?)
「演出としてはアリだけど……恥ずかしくね?」
「演技でしょ? そこまで意識してると、逆にバレるよ」
さらっと言う紗耶に、蓮は苦笑した。
放課後、体育館裏で行われた仮リハーサルでは、すでに配役を決めた生徒たちがセリフ読みを始めていた。
探偵と怪盗が対峙する仮シーンを即興でやってみることに。
「怪盗——君の正体は、もうわかっている」
蓮が台本を読み上げると、紗耶は少し笑いながら試作品の仮面を目の前にかざした。
「ふふ……なら、外してみる?」
その瞬間、蓮の視線が自然と紗耶の目を捉えた。
距離が近い。
ただの演技なのに、なぜか鼓動が早まる。
「……やっぱ、俺、この役向いてないかも」
ぽつりと漏らすと、紗耶は少しだけ優しい声で言った。
「私は、蓮くんが相手ならやりやすいよ」
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