つばき

斐川 帙

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一、鮫洲八幡

(二)

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 歴史が好きな福島悟は、職場が変わるたびに、当地の歴史を調べるのが一種の趣味になっている。そして、それを某日記サイトで匿名で公開していた。今度、通う事になった東品川のオフィス周辺も通い始めてから数週間のうちにガイドブックやネット上で昔の様子を調べたものだ。しかし、職場のあるビルの十五階からは、周辺に高い建造物がないので遠く品川のビル群まで望めるものの、江戸時代の光景を偲ばせるものは旧東海道以外何もなかった。だから、鮫洲が漁村で、東海道は海沿いに走っていたと知っても、とても想像がつかないのだった。そもそも、東京が、江戸開府以来、埋め立ての連続で太田道灌が江戸城を築城した頃とは似ても似つかないほど地形が改変されているのを考えれば、驚くほどの事ではないのだが、それでも、悟は、改めて、その変化の度合いに驚かされた。同時に、全く失われたように見える過去がわずかに残している痕跡を発見したときの嬉しさや、いにしえの情景を妄想する楽しさを味わっていた。

 悟の仕事は、派遣で主にプログラマーをしている。だから、数ヶ月で職場が変わる事が多い。時々は、設計の工程から入って、一年以上、同じプロジェクトで働くこともあるが、大抵は、三、四ヶ月で終わる補助的なプログラミング作業で、たまにテストやリリース後の保守作業などである。正社員ではなく派遣社員で、しかもこのような短期間の作業ばかり請け負っていると、中核となる作業が回ってくることはほとんどなかった。だが、悟自身も、それは期待してはいなかった。大学を卒業して、社会人になりたての頃は、悟も大手のソフトハウスに就職し、上流工程も経験していたが、次第に会社員であることの縛りが気になりだして、退社してフリーになった。今から五年くらい前、悟が三十をすこし過ぎた頃の事である。それからは、派遣会社に登録して、仕事を紹介してもらい、少ない報酬で数ヶ月単位で働いている。
 そのまま、会社に居続ければ、大きなプロジェクトの中核の作業を担う事は容易であったろうし、報酬も今よりは多くなっていただろうが、あえて、その道を放棄したのは、会社員でいることはなにかと不自由であるし、自分で仕事を選びたかったからだった。しかし、それは辞めた当初の、周囲や自分に対しての理由付けというか、体面を保つために作った模範解答に過ぎなかったと今では思い始めている。要するに、本当のところは単にシステム開発の仕事に飽きたからなのだと、自分を冷めた目で見るようになっていた。
 
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