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一、林原進学塾
(四)
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そう言って、女性は、梅に鶯のイラストが描かれた可愛い和風の封筒を宮本に手渡した。宮本は、言われるままに受け取ると、早速、中を開けて読もうとしたが、女性は、宮本の手に自分の手をそっと乗せて、押しとどめた。
「後で読んで。」
女性は、更に何かを言いたそうにしている風に見えたが、微笑しながら、宮本から離れていった。宮本は、呆然と彼女を見送るばかりだった。宮本の手の甲には彼女の手のひらのぬくもりが残っていた。
女性が公園から出て行ったのを見計らって、宮本は、封筒を開いて、中の便せんを取り出した。そこには、何かが流麗な筆跡で書かれていた。かつて、古文書に興味を持って、当時、つきあっていた国文科出の女性から変体仮名を教えてもらった事があったが、その経験から、便せんに書かれた文字が仮名であろうことは察しがついた。見た記憶のある文字をいくつか発見したからだ。しかし、何が書いてあるのかまでは解読できなかった。今になって、宮本は、あのとき、変体仮名を習得しなかったことに小さな後悔を抱いたが、そのときにもらった仮名の教本がまだ、自宅に残っていたのを宮本は思い出した。自宅に帰ってから、あの教本を引っ張り出して、解読すればいい話だろ。宮本は、そう考えると、その封筒を背広の内ポケットにつっこんで、歩き出した。歩きながら、面識のない自分に無遠慮な物言いで、突然、何が書かれているかわからない封筒を手渡した、あの女性は一体何者なのだろうかと狐にでもつままれた心持ちで首をひねった。以前、どこかで会った事のある人物だろうかと記憶の引き出しを片っ端から開けてみたが、どこにも該当の人物は出てこなかった。そもそも、あのような変な事をする女性なら、強い印象を残すはずだから、忘れているはずはないのだ。やはり、初対面の女性なのだろう。
公園から出ると、宮本は、駅に向かって歩いた。しばらくして、駅の近くの十字路に出た。ここは、見覚えがあった。ここからは駅はすぐだ。宮本は、足取りが軽くなるのを感じながら、遠くに見える京成線の高架を目標に歩いた。
宮本は、今度は、変体仮名の教本の事を考えながら、同時に、それを笑顔でくれた女性の事を思い出していた。そういえば、彼女は、いま、どうしているだろうか、宮本は、大学二年から五年ほどつきあっていたその女性の現在に思いを馳せ、そして、共有した時間を懐かしんだ。しかし、それは砂漠の砂でのどを潤すがごとく、焦燥と欠落を伴った不快な感傷であった。彼女と共有した時間を再び経験したい気はするものの、それは過去にしか存在し得ないものであって、現在にはありえないし、ありえないということ自体が宮本に不快感を与えるからだ。
宮本は、なんだか、オフィスに戻るのがいやになった。時計を見ると、四時近くになっている。幕張までは一時間もかからないだろうから、直帰は無理だろう。諦めて、帰社することにして、船橋駅に向かった。
京成線の高架をくぐると、JRの船橋駅が見えてきた。総武線で西船橋まで行って、そこで乗り換えて京葉線の海浜幕張まで行くのだ。
「後で読んで。」
女性は、更に何かを言いたそうにしている風に見えたが、微笑しながら、宮本から離れていった。宮本は、呆然と彼女を見送るばかりだった。宮本の手の甲には彼女の手のひらのぬくもりが残っていた。
女性が公園から出て行ったのを見計らって、宮本は、封筒を開いて、中の便せんを取り出した。そこには、何かが流麗な筆跡で書かれていた。かつて、古文書に興味を持って、当時、つきあっていた国文科出の女性から変体仮名を教えてもらった事があったが、その経験から、便せんに書かれた文字が仮名であろうことは察しがついた。見た記憶のある文字をいくつか発見したからだ。しかし、何が書いてあるのかまでは解読できなかった。今になって、宮本は、あのとき、変体仮名を習得しなかったことに小さな後悔を抱いたが、そのときにもらった仮名の教本がまだ、自宅に残っていたのを宮本は思い出した。自宅に帰ってから、あの教本を引っ張り出して、解読すればいい話だろ。宮本は、そう考えると、その封筒を背広の内ポケットにつっこんで、歩き出した。歩きながら、面識のない自分に無遠慮な物言いで、突然、何が書かれているかわからない封筒を手渡した、あの女性は一体何者なのだろうかと狐にでもつままれた心持ちで首をひねった。以前、どこかで会った事のある人物だろうかと記憶の引き出しを片っ端から開けてみたが、どこにも該当の人物は出てこなかった。そもそも、あのような変な事をする女性なら、強い印象を残すはずだから、忘れているはずはないのだ。やはり、初対面の女性なのだろう。
公園から出ると、宮本は、駅に向かって歩いた。しばらくして、駅の近くの十字路に出た。ここは、見覚えがあった。ここからは駅はすぐだ。宮本は、足取りが軽くなるのを感じながら、遠くに見える京成線の高架を目標に歩いた。
宮本は、今度は、変体仮名の教本の事を考えながら、同時に、それを笑顔でくれた女性の事を思い出していた。そういえば、彼女は、いま、どうしているだろうか、宮本は、大学二年から五年ほどつきあっていたその女性の現在に思いを馳せ、そして、共有した時間を懐かしんだ。しかし、それは砂漠の砂でのどを潤すがごとく、焦燥と欠落を伴った不快な感傷であった。彼女と共有した時間を再び経験したい気はするものの、それは過去にしか存在し得ないものであって、現在にはありえないし、ありえないということ自体が宮本に不快感を与えるからだ。
宮本は、なんだか、オフィスに戻るのがいやになった。時計を見ると、四時近くになっている。幕張までは一時間もかからないだろうから、直帰は無理だろう。諦めて、帰社することにして、船橋駅に向かった。
京成線の高架をくぐると、JRの船橋駅が見えてきた。総武線で西船橋まで行って、そこで乗り換えて京葉線の海浜幕張まで行くのだ。
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