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四、一人の昼食
(一)
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ビルを出て歩道橋を渡り、向かいの高層ビルに入った。このビルの地階から二階までには飲食店が軒を連ねていた。しばらく、うろうろと店先を巡るうち、当初はラーメン屋にしようと決めていたものの、満席だったので諦め、隣のイタリアンレストランに入る事にした。半分くらい、席が空いていたので、寛げると思ったのだ。席に案内されるとテーブルの端に差してあるメニューをとり、中を見た。やはり、どれも高めで、注文するのに気が引けたが、仕方ないのでその中でも安めなバジルがたっぷりかかったジェノベーゼを頼んだ。食事に金をかけたくない宮本には、店内が空いているとはいえ、選択は失敗だったかもしれなかった。宮本は、メニューを店員に手渡すと、テーブルに頬杖をついて、遠くを見るようにぼんやりと考えた。
『われてもすゑにあはむとぞおもふ』
誰の歌だったか、急に歌の一節が蘇ってきた。しかし、詠者が思い出せなかった。この歌は、以前につきあっていた女性から詳しい解説を受けたのだった。百人一首にも選ばれている有名な和歌だが、平安期の和歌を研究していた彼女は、歌の意味よりも作者の数奇な運命と悲劇的な最期を熱心に語っていた。
宮本は、作者が誰か思い出すよりも前に、彼女が語っていた時の光景を思い出していた。それは彼女の部屋で宮本が本棚から偶然引っ張り出した千載和歌集をひもといていた時だった。宮本が、この歌は聞き覚えがあると言って彼女に教えたのが、件の和歌であった。
当時、彼女が住んでいた部屋は、練馬の三宝寺池の近くにあるマンションの三階にあった。マンションは五階で、赤煉瓦の瀟洒な外見であったが、中は普通のワンルームマンションと変わりない、多少、安っぽさも感じさせる賃貸住宅であった。ただ、一階の入り口ロビーには数字を押すパネルがあり、各入居者が登録した六桁の数字を正しい順番で押さないと入り口の自動ドアが開かない仕組みになっていた。それが安心感を呼ぶのか、入居者には若い女性が多いと、彼女は言っていた。
宮本は、その当時、もう二年前くらいから、一週間の半分近くをこの部屋で過ごしていた。このマンションの管理人は、住み込みの老夫婦で、あまり住人の出入りにうるさくないせいか、宮本が頻繁に彼女の部屋に泊まっていても、一度も注意されたことがなかった。それどころか、玄関前を掃除していた管理人の老人から挨拶されたこともあった。
『われてもすゑにあはむとぞおもふ』
誰の歌だったか、急に歌の一節が蘇ってきた。しかし、詠者が思い出せなかった。この歌は、以前につきあっていた女性から詳しい解説を受けたのだった。百人一首にも選ばれている有名な和歌だが、平安期の和歌を研究していた彼女は、歌の意味よりも作者の数奇な運命と悲劇的な最期を熱心に語っていた。
宮本は、作者が誰か思い出すよりも前に、彼女が語っていた時の光景を思い出していた。それは彼女の部屋で宮本が本棚から偶然引っ張り出した千載和歌集をひもといていた時だった。宮本が、この歌は聞き覚えがあると言って彼女に教えたのが、件の和歌であった。
当時、彼女が住んでいた部屋は、練馬の三宝寺池の近くにあるマンションの三階にあった。マンションは五階で、赤煉瓦の瀟洒な外見であったが、中は普通のワンルームマンションと変わりない、多少、安っぽさも感じさせる賃貸住宅であった。ただ、一階の入り口ロビーには数字を押すパネルがあり、各入居者が登録した六桁の数字を正しい順番で押さないと入り口の自動ドアが開かない仕組みになっていた。それが安心感を呼ぶのか、入居者には若い女性が多いと、彼女は言っていた。
宮本は、その当時、もう二年前くらいから、一週間の半分近くをこの部屋で過ごしていた。このマンションの管理人は、住み込みの老夫婦で、あまり住人の出入りにうるさくないせいか、宮本が頻繁に彼女の部屋に泊まっていても、一度も注意されたことがなかった。それどころか、玄関前を掃除していた管理人の老人から挨拶されたこともあった。
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