放置された日記

斐川 帙

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二〇〇六年六月二十八日(水) 城山公園再訪

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 しばらく行ってなかった城山公園に今日、久しぶりに行ってみました。久しぶりと言っても一週間振りくらいかな。
 例の男は、まあ、つまり、広重さんなんだけど、今日はいなかった。ここで会ったら、何を話すんだろうと少々興味があったけど、いないんで肩すかし。しばらく、公園のベンチでぶらぶらして、家に帰った。帰っても落ち着かないんで、また、うちを出て、電車に乗って横浜へ。うちは駅から大分遠いのでバスで十五分くらい駅までかかるんだけど、まあ、これがいやで、勤め始めてから一人暮らしを始めたんだけどね。
 横浜に着いても、特に目的もないから、関内まで出向いて、中華街をぶらぶら。中国茶を飲ましてくれるところで、三十分ばかり、文庫本読んで、藤沢周平の蝉しぐれだったかな。最初の方で、主人公の父親が嵐の中、堤を切るところを水田に被害のない上流に変えてくれと上官に訴えるところとか、ちょっと、感動的だったね。映画にもなったけど、やっぱり、原作の方が面白い。この人の小説は剣豪小説っていう娯楽小説の分類に入るんだろうけど、単なる娯楽小説以上のよさがあるなと思う。他にも何作か、読んでるけど、どれもいいね。
 伊勢佐木町の商店街を歩いていたときかな、突然、呼び止められて、振り返ったら、広村さんがいた。いや、びっくりした。
 広村さんは、俺を呼び止めると、近くの喫茶店でも行かないかと誘うんだよね。俺も、びっくりしてちょっと興奮気味だったせいか、言われるままに、目についたスタバに入った。平日だったんで、客入りは悪かったので、逆に落ち着いてよかった。広村さんは、アイスカフェラテだったかな。広村さんは、やっぱり、普通の格好だったよ。普通ってのも変だけど、カーキ色のチノパンに半袖のTシャツ、その上にチェックのシャツを羽織るという服装で、全然違和感なし。夢の中では折れ烏帽子を被って空色の水干に腰には太刀を差しているいつもの広村さんとは、まるで違ってて、しばらく見ちゃったよ。変われば変わるもんだなって。その広村さんが、躊躇なくアイスカフェラテを頼むのも面白かったけど。もしかして、通い慣れてるのかって思っちゃったもんね。
 しかし、考えてみれば、変だよな。夢の中の人物が現実に目の前に現れるんだもん。でも、横浜で会ったときは、そんな違和感は湧かなかった。不思議に自然に広村さんの出現を受け入れちゃった。今、考えると絶対おかしいことなんだけど。もう、面倒だから、考えない事にするよ。なるようになれだな。
 スタバで広村さんと話した事は、吉田の人間がいつ報復の行動を起こすかってことだった。座った席が奥の隅っこで、人もあまりいなかったから、よかったけど、側から聞いてたらやくざの出入りみたいに聞こえたかも。内容が内容だもんね。今時、敵討ちの夜襲だの、首を討ち取るだの、軍勢二百騎だの、一般人の日常会話に出てこないでしょ。冗談とかたとえ話でならあるかも知れないけど、こっちはせっぱ詰まった生き死にの問題だからね。それに、広村さん、俺の事、「婿殿」なんて呼ぶんだもん。見た目は現代人で、しゃべるのも現代語なんだけど、微妙に言い回しが時代がかっていて、変だった。
 広村さんの話では、鎌倉には人を遣わして、近々、父上が直接、会って、事情を相談しに行きたいと伝える予定だとか。相談と言っても、実際は、一族内の問題なので、鎌倉殿にはご遠慮願いたいと暗に釘を刺しにいくということなんだけど、上総の曹司殿は、今は、都の父君と疎遠ではあるけれども、かの八幡太郎義家殿の流れであるし、相模の土豪にも与力が多いので、いざとなれば、逆らうのは難しい。なんとか、事を一族内に納めるために、事の成り行き次第では、婿殿に我々の代表として鎌倉殿に名簿を奉呈することになることもあるかもしれない。
 俺が源義朝の郎等になるってこともあるかもしれない・・・いやあ、かっこいいなあなんて脳天気な感動をしてしまった。ほんと、俺は馬鹿だ。歴史では、この後、平治の乱で清盛に惨敗、尾張で家来に惨殺されるという結末が待っている武将の配下になるなんて、自殺行為だろ。せめて、ここは平忠盛、清盛の郎等になった方がましじゃないか。とりあえず、治承じしょう寿永じゅえいの内乱までは安泰だし。と思ったのは、ブログを書いている今のことで、このときは、そんなこと、露も思わなかった。まあ、さっき調べてみたら、多分、俺の夢は、保延ほうえん永治えいじ年間(一一四〇年前後)くらいのことらしいので、平治へいじの乱までは二十年近く間があるから、大丈夫かなと思ったけど。
 そう言えば、報復の一番手と目されている三崎の広平は、三浦義次、義明親子とトラブルがあるらしくて、その点を考慮すると、鎌倉殿が味方することはないだろうとも言ってた。三浦荘と三崎荘は一部、荘域が重なっているらしい。あとは、都にいる院武者所いんのむしゃどころ広義、ぐずぐずしていると相模に戻ってくるおそれがあるので、帰ってくる前に事を片づけておく必要があると。
 結局、二時間くらい話していたかな。広村さんとは、スタバを出てすぐに別れた。俺は、そのまま、自宅に戻ったし、広村さんは、どっかに消えた。ほんと、人混みにふっと消えちゃった。ちょっと、目を離した瞬間にいなくなったんだよね。
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