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ケットシーの王様とガトーショコラ
④
しおりを挟むそうと決まれば急がないと、と魔女っ子さん達は部屋を後にしました。
コックさん達が沢山いるキッチンでお菓子作りをするのは、彼らの邪魔になってしまいますし、目立ってしまって王妃様に知られてしまいかねません。
なので王様は執事のケットシーにこっそりとお願いをして、秘密で使用人達が自分の為に使っている小さなキッチンを借りる事にしたのでした。
執事がいうにはこの時間帯だとキッチンにやってくる者はほとんどいないらしいのですが、カラスさんが扉の外での見張り役をすると張り切って言いました。
カラスさんは自分だけがお菓子作りを手伝えない事を気にしていたのです。
魔女っ子さんはそれをわかっていたのであえて重要な任務をお願いするかのように、真剣な表情で宜しくねと声を掛けてから、彼の為に扉を開けてあげたのでした。
カラスさんの姿が扉の向こうに消えた途端、魔女っ子さんはすっかり元の明るい笑顔に戻ってこう言いました。
「さ、それじゃあ王様も準備してくださいな」
「う、うむ。なんだか変な感じにゃ」
王様のふわふわの手はとっても気持ちがいいのですが、お菓子作りをしていて汚れがついたり毛が入ったりしてはいけないので、手袋を嵌めてもらわないといけないのでした。
このお城で働く料理人達が使っているというケットシー用の特別な手袋は、事情を説明した時に執事が渡してくれたものでした。
王様は慣れない感覚に、何度も肉球をギュッと閉じたり開いたりを繰り返しています。
魔女っ子さんはキッチンのテーブルに置かれたままになっているエプロンを目に留めると、洋服が汚れてしまわないようそれを借りる事にしました。
見た感じでは汚れてはいなさそうでしたが、念のためにと洗浄魔法をかけておけば、エプロンは白さを増しまるで新品のようになりました。
魔女っ子さんはそれを満足そうに見て、さっそく身につけたのでした。
自分たちの準備が終わったところで、魔女っ子さんは王様に向かって話し始めました。
「さて、これから簡単で美味しいチョコレートケーキ、ガトーショコラを作ろうと思っています」
「ガトーショコラ、かにゃ?」
王様はそれを聞いてどんなケーキだったかな、と首を傾げました。
甘いものを食べるのは好きでも、ケーキの名前についてはあまり知らなかったのです。
魔女っ子さんはキッチンに置いてあったレシピ本を手に取ると、テーブルの上でパラパラと捲っていき、ガトーショコラの写真を見つけると王様へ指し示しながら見せてあげました。
「これなら特別難しい技術も必要ないのですし、ハートの型で焼いたりすればロマンチックな飾りつけも出来るので、バレンタインにぴったりだと思いますよ」
魔女っ子さんが付け加えながら言いましたが、そもそも王様はお菓子造りの事はまったくの初心者ですので、何一つわかっていないままにとりあえず頷いてみせたのでした。
首振り人形のようになっている王様を見て、心のうちを察した魔女っ子さんはそれ以上の言葉は紡がず、とにかくお菓子作りを始めることにしました。
もう時間もないですし、実際に作っていった方が王様もイメージがしやすいと思ったからです。
さて、とうとうお菓子作りを始めようというところで、魔女っ子さんは困ったことに気が付きました。
あまり使われることがないというこのキッチンには、ガトーショコラを作るには足りないものが山ほどあったのです。
気が付いたのが王様であれば大慌てでパニックになってしまったでしょうが、魔女っ子さんはちっとも慌てたりしません。
だってなにしろ魔女っ子さんは一人前の魔女なのですから、どんな困難だって魔法で解決してくれるのです。
魔女っ子さんは口元に手を当てて考え事をしてから、こう呟きました。
「ふぅむ、まずは材料が必要ね」
そして何かを探すように辺りを見渡していくと、調理台の引き出しの一つに目を留めました。
試しに開けてみれば中は空っぽだったのですが、魔女っ子さんは引き出しを閉め直しながら、何故か満足そうに頷いているのでした。
「よし、ここにしましょう」
そう言うと魔女っ子さんは目を付けた引き出しの上へと右腕を伸ばし、指先で指し示しました。
ぴんと伸びた指先にぐぐっと力を込めていくと、体の内側に流れている魔力が一点に集中していくのを感じます。
魔力が集まっていくにつれて、辺りをチカチカと弾けながら輝く光が漂い始めました。
溢れ出た魔力が煌めいているだけなのですが、思わず目を奪われる美しさを持っていました。
魔女っ子さんが輝く指先を指し示したまま一振りすれば、辺りを漂っていた煌めきがぎゅっとひとつになって動き出しました。
まるで流れ星のように引き出しへと降り注ぐと、触れた側から雪が融けるみたいにすっと消えていくのでした。
するとなんの変哲もなかった引き出しが、薄らと発光し始めたのです。
驚いている王様を横に、魔女っ子さんは躊躇いなく取っ手を掴んで引っ張ると、ガラリと音を立てて引き出しを開きました。
そこにあったのはなんと、引き出しにぎっしりと詰め込まれ、零れ落ちそうになっている食材の山だったのでした。
これには王様も声をあげて驚きましたし、つい羨ましくなって口を開きました。
「すごいにゃあ、魔法の引き出しがあればなんでも好きな時に食べられるのかにゃ」
「うふふ、残念ですけどこれが出せるのは私が作った事のあるお菓子の材料だけなんです。
便利だけど不便だなんて、魔法って不思議ですよね」
魔女っ子さんの言葉に、王様は明らかにがっかりとしてしまいました。
魔法の引き出しがあれば、いつでもお魚料理やまたたびワインなんかを出せるんじゃないかと期待していたのでした。
残念そうにしている王様は置いておいて、魔女っ子さんは引き出しの中身を覗いて探し物をしていました。
これから作るお菓子のレシピを思い出しながら、必要な材料を思いつくままに呟いています。
「ええと、卵にお砂糖、バターと…」
その度にここだよ!と言わんばかりに名を呼ばれた材料たちが動き回るので、あっという間に見つけ出すことができました。
集まった材料たちは手にとられてからは素直にじっとしているので、机の上に並べていっても落ちたりしないので助かりました。
「おっと、道具も必要だったわね」
忘れ物を思い出した魔女っ子さんはそういうと、一度引き出しをしっかりとしめなおしました。
次に扉をノックする時のように右手をゆるく握りしめると、コンコンと2度引き出しを叩きました。
そしてまた引き出しを開けてみれば、今度は沢山の種類の調理器具が入っていたのでした。
どう見てもその引き出しには入りきらない量が詰め込まれているのに、不思議な事に取り出す時に引っ掛かることもないのでした。
ボウルに泡立て器、ヘラやトレーなどを取り出していくと、あっという間に机の上にはお菓子作りに必要なものが揃っていきました。
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