悪夢に苦しむ皇帝の寝間着を繕ったら、夢の中へ!?特別な侍女になった私の秘密の恋

久遠翠

文字の大きさ
10 / 15

第9話「魂の呼び声、悪夢の奥底へ」

しおりを挟む
 瑛心の願いが届いたのか、あるいは二人の魂の絆が奇跡を起こしたのか。
 その夜、昏睡状態にあるはずの玲花の意識は、再びあの悪夢の世界へと誘われた。
 しかし、いつもと様子が違う。炎も、剣戟の音も、悲鳴も聞こえない。ただ静かで冷たい闇が広がっているだけ。まるで悪夢の主が、その悪夢を見ることさえ拒絶しているかのように。

(陛下……?どこにいるのですか……?)

 玲花が暗闇の中で呼びかけると、少し離れた場所で何かがぼんやりと光った。近づいてみると、それは幼い頃の瑛心の姿だった。彼は膝を抱えてうずくまり、ただ虚空を見つめている。

「陛下……」

 玲花が声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。その瞳には光がなかった。深い絶望と悲しみに満ち、まるで感情というものが抜け落ちてしまった人形のようだ。

「……君か。なぜ、ここにいる。もう、来るなと言ったはずだ」

「いいえ、来ました。あなたが、呼んだから」

「呼んでなどいない」

「いいえ。あなたの魂が、私を呼んでいました」

 玲花は、彼の隣にそっと座り込んだ。彼を苦しめているのは、もうあの日の記憶だけではない。自分を助けるために玲花が毒を飲んだこと、その事実が新たな悪夢となって彼を苛んでいるのだ。

「あなたのせいではありません。私が、自分で決めたことです」

「だが、お前が傷ついたのは事実だ。俺が、お前を……」

「陛下」

 玲花は彼の言葉を遮るように、その冷たい手を両手で包み込んだ。

「後悔している暇はありません。戦わなければ。全てを終わらせるために」

 その強い瞳に、瑛心の虚ろな眼差しがわずかに揺れた。

「……戦う?どうやって。俺は、何もできなかった」

「いいえ、できます。あなたの記憶の中に、きっと犯人に繋がる手がかりが眠っているはずです。私に、もう一度あの日の光景を見せてください。あなたが見落とした何かを、私が必ず見つけ出します」

 玲花の真剣な眼差しに、瑛心はしばらく黙っていた。やがて、彼は小さく頷いた。

「……分かった。だが、危険だ。悪夢の奥底は、俺自身でさえ完全に制御できるわけではない」

「覚悟の上です」

 玲花が迷いなく答えると、瑛心は覚悟を決めたようにすっと立ち上がった。彼が手を挙げると周囲の闇が揺らぎ、まるで時間が逆再生されるかのように、あの日の燃え盛る宮殿が再び姿を現した。
 ごう、と熱風が吹き荒れる。

「行くぞ」

 瑛心は、玲花の手を強く握った。現実の彼は意識がないはずなのに、夢の中の彼は確かに玲花を守ろうとしていた。二人は手を繋いだまま、地獄のような記憶の中へと足を踏み入れた。

 刺客たちがなだれ込み、父である皇帝が胸を貫かれる。あの日の光景が、スローモーションのように再生されていく。

「よく見ておけ、玲花。何か些細なことでもいい。気づいたことがあれば、すぐに言うんだ」

「はい……!」

 玲花は目を皿のようにして、刺客たちの一挙手一投足を見つめた。彼らは皆、黒い覆面で顔を隠している。体格や剣筋から個人を特定するのは不可能に近い。

(何か……何か、あるはず……)

 焦りが募る。このままでは、また何も見つけられずに終わってしまう。
 その時、父帝に最期の一撃を加えた中心的な役割の刺客が、倒れた皇帝の亡骸を見下ろした。その男の腰元で何かがきらりと光ったのを、玲花は見逃さなかった。

「……あれ!」

 玲花が指さした先には、刺客が腰に下げた小さな飾りがあった。翡翠で作られた、鳳凰の尾を模した根付のような装飾品だ。炎の光を反射して、不気味な輝きを放っている。

「鳳凰の尾……?」

 瑛心が眉をひそめる。鳳凰は、皇族の中でも特に皇后や皇太后など高貴な女性を象徴する瑞鳥だ。

「あの紋様……どこかで……」

 瑛心が記憶を探ろうとした、その時だった。
 悪夢が二人の侵入に気づいたかのように、その様相を変え始めた。刺客たちが、一斉にこちらを向いたのだ。その覆面の下の目が、赤く爛々と輝いている。

「まずい……!」

 悪夢が、自分たちを敵と認識した。刺客たちが、人間とは思えない素早い動きで二人に向かって殺到してくる。

「玲花、俺の後ろへ!」

 瑛心は玲花をかばい、立ち向かおうとする。だが、ここは彼のトラウマが生み出した世界。彼の力は悪夢そのものによって封じられてしまう。体が思うように動かない。
 刃が、すぐそこまで迫る。
 もうだめだ、と思った瞬間。
 玲花は、強く念じた。

(守りたい!この人を、今度こそ私が!)

 その純粋な願いが、力になった。玲花の体から柔らかな光が溢れ出す。光は二人を包み込む温かい繭となり、刺客たちの凶刃をことごとく弾き返した。

「こ、これは……」

 瑛心は、目の前の光景に息をのんだ。玲花の力が、悪夢の法則を書き換えている。

「……思い出しました」

 光の中で、玲花が静かにつぶやいた。

「あの鳳凰の飾り……宴の夜、皇太后様が身に着けていらっしゃった髪飾りの紋様と、同じです」

「……!」

 瑛心の脳裏に、記憶が蘇る。そうだ、確かにあの女は同じ意匠の装飾品を好んで身に着けていた。あれは、彼女の一族に伝わる特別な紋様。
 全てのピースが、繋がった。
 父を殺し、自分を傀儡にしようとした黒幕。それは、やはり――

「皇太后……!」

 瑛心の口から、怒りに満ちた声が漏れた。
 その瞬間、悪夢の世界がガラガラと音を立てて崩壊を始めた。真実にたどり着いたことで、トラウマの呪いが解け始めたのだ。
 崩れゆく瓦礫の中、瑛心は玲花を強く抱きしめた。

「ありがとう、玲花。お前のおかげだ」

「陛下……」

「もう、大丈夫だ。必ず、現実の世界へ帰してやる」

 柔らかな光に包まれながら、二人の意識はゆっくりと現実世界へと浮上していく。
 長い夜が、明けようとしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~

ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。 彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。 ――死んだはずの彼女が、生きている? 同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。 「今さら、逃げ道があると思うなよ」 瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。 秘された皇子と、選び直した愛。 三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?    * * * 後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。

最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない

花瀬ゆらぎ
恋愛
囚われた弟を救うため、貧民育ちのリーゼは公爵令嬢になりすまし、騎士団長シルヴィオに嫁いだ。 彼女に与えられた任務は、夫を監視すること。 結婚後、新居で待っていたのは、「氷の騎士」と恐れられる無口な夫。 しかし──戦地から帰還した彼は、別人のようにリーゼを溺愛し始めて……!? 「あなたのことを考えない日は一日たりともなかった」 次第にシルヴィオに惹かれていくリーゼ。けれど彼女は知らない。この結婚には、さらなる罠が仕掛けられていることを。 守り守られ真の夫婦を目指す恋愛ファンタジー! ※ヒロインが実家で虐げられるシリアスな展開がありますが、ヒーローによる救済・溺愛へと繋がります。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

魔王城の清掃係ですが、ラスボスに懐かれて世界を磨くことになりました

由香
恋愛
異世界に転移したら、なぜか魔王城の清掃係に就職していました。 巨大な玉座、血のついた回廊、禍々しい装飾品の数々。 今日も黙々と床を磨いていたら―― 「お前の磨いた床は、よく眠れる」 恐怖の象徴と名高い魔王様に懐かれました。 見た目は完全にラスボス。 中身はちょっと不器用で、独占欲強めの努力型。 勇者は帰還の道を示し、魔王は隣を選べと願う。 光と闇のはざまで、選ぶのは――ただの清掃係。 戦争よりも、まず床。 征服よりも、まず対話。 これは、世界最強の存在に溺愛されながら 世界平和を“足元から”始める物語。 甘くて、少し熱くて、ちゃんと選ぶ恋。

エリート医務官は女騎士を徹底的に甘やかしたい

鳥花風星
恋愛
女騎士であるニーナには、ガイアという専属魔術医務官がいる。エリートであり甘いルックスで令嬢たちからモテモテのガイアだが、なぜか浮いた話はなく、結婚もしていない。ニーナも結婚に興味がなく、ガイアは一緒いにいて気楽な存在だった。 とある日、ニーナはガイアから女避けのために契約結婚を持ちかけられる。ちょっと口うるさいただの専属魔術医務官だと思っていたのに、契約結婚を受け入れた途端にガイアの態度は日に日に甘くなっていく。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました

まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」 あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。 ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。 それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。 するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。 好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。 二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。

処理中です...