58 / 80
6 あらわになる陰謀
第34話 まだなにかある 1
しおりを挟む
フロンテラ領主エサルは、王城の伝令竜舎に来ていた。〈王の間〉をのぞいてはもっとも高い場所にあり、さえぎるものなく吹き込んでくる風はすでに冬の冷たさだ。
日にあせた金髪を、南部風に短く整えている。堂々とした体格の美丈夫で五公の一人ということや、年齢が近いこともあってデイミオンと比べられがちだが、漆黒のイメージが強い彼と違いエサルは金と赤とその他の色で周囲に記憶されていた。要するに、派手好みだ。
この日も空色の長衣に金と臙脂色の縁飾りという出で立ちで、南西の空に目を凝らしていた。紅竜の目を借りて張りめぐらせた大きな網に、目当ての伝令竜を感知する。
フロンテラは、王都タマリスからもっとも遠い領地になる。国境沿いにあり、先の大戦で人間側から割譲された土地も含むため、この竜の王国でもっとも多く火種を抱える場所とも言える。王の交代での登城はやむを得ないこととはいえ、領地を長く空けるのは嬉しくなかった。次代の領主である息子は、まだ幼くて〈呼ばい〉もつたないから、伝令竜でのやりとりだけが頼みの綱だ。
「新しい連絡があった? エサル公」
少女の高い声に、エサルははっと振りかえった。網を広げすぎていて、すぐ近くの人物の気配に気がつかなかったとは間抜けだ。とはいえ彼女も古竜の主人なのだから、ふつうならもっと巨大な気配を持っているはずなのだが……。
思う間に竜が飛んできて、エサルの腕に止まった。長距離飛行に向いた、ずんぐりとした胴体と鎌のような形をした長い羽を持ち、滑るように飛ぶ竜だ。脚にくくりつけられた金属管から、折りたたまれた報告用紙を取りだす。
「『護岸工事をしている作業員たちがストライキ。一日六ユスを要求している』」
「後ろから盗み読まないでいただけますか、殿下」
「『若様はご成長いちじるしく、コート号にて騎竜の訓練をおはじめになり、その勇ましいお姿はわれわれ家臣の』」
「だから、声に出して読むな」
エサルの口調が、王太子に対するものから子どもをいさめる調子に変わった。
「子ども、何歳?」
「四歳と一歳だ」
わぁかわいい、もう竜に乗るんだ、などと言う王太子に、エサルは照れ隠しの空咳をした。
「まあ……お読みになったならわかっただろう。俺は一刻も早く領地に帰りたい。だから貴殿もちゃっちゃと戴冠して、俺がいなくても早く五公会ににらみを利かせられるようになれよ」
無茶ぶりだが、リアナはそれには是とも否とも答えず、思案げに空を眺めている。
自分の領地で育ったというこの少女について、エサルはいまだに評価を下しきれないでいる。年齢相応に子どもっぽくもあるし、同時に政略で自分を巻きこむようなしたたかな面も見せる。北部領の出身とは思えないほど社交的でもあるが、こうやって黙りはじめるといつまでも一人で考えこむようなところもある。
いまも、そうやってしばらく黙考したあと、ふいに思わぬことを尋ねてきた。
「国境沿いの〈隠れ里〉を襲ったデーグルモールの雇い主は、アエディクラ。あなたもそう推測している。でしょ?」
エサルは虚を突かれたが、「……ああ」とうなずいた。
「あいつらは不気味なゾンビだが、理性がなくなってるわけでもないし、同胞を喰うのは間違いないにしても実態には誇張がある。あいつらを保護して、手の汚れる仕事をさせてるやつらが、間違いなくほかにいるはずだ」
リアナはうなずいた。「里人たちの死体は、ひどく損傷しているものもあったけど――ほとんどは単に刺殺されていた」
喰われてはいない。そう言外の意味をこめている。
「オンブリアの軍事力をそぐために、竜を育てる里を襲うこと自体は筋が通らないわけじゃない。ただ、かなりリスキーではあるよな」
「クローナン王の死を好機と見た? 政治的に混乱することを見越して……」
「あり得る。つまり様子見だ。新しい王がすぐに収拾できるのか? 混乱が続くのか?……だが、だとすると情報の精度は非常に高いとみるべきだ。王の崩御と里の襲撃には一日しかタイムラグがない」
二人は、ぽんぽんと会話の球を打ち合いながら仮定を披露し、根拠を述べ、そしていくつかの仮定を捨てていった。
「アエディクラの宣戦布告と見るか?――だが、証拠に乏しい。しかも、かの国の軍事力はあなどれない。ガエネイス王は好戦的で、周辺国を次々に落としている――つまり、一度はじめると総力戦になりかねん」
エサルが戦争の可能性にまで言及したとき、リアナは手でさえぎってそれを止めた。
「どうしても、気になることがあって……」
「なんだ?」
風がリアナの金髪をはためかせ、雲のように一刻一刻形を変えて見せている。そうエサルが思うほどの間を置いてから、少女はつづけた。
「生き残った子どもたちは、ケイエで保護している。さっき、そう言ってたわよね?」
「ああ。里近くの山林で、十名ほどが潜んでいるのが見つかった。俺はタマリスに向かってたんで、詳しいことは知らないんだが、そういう報告だ」
「彼らは、いまどこに?」
「とりあえずうちで預かって、〈乗り手〉や〈呼び手〉の素質がある子どもは、それぞれ行き先を見つけてやるつもりだ」
「あなたの領地内で、ひと固まりになっているのね?」
「……なにが言いたい?――」
見あげてくるリアナの顔は、奇妙に平静だった。
「子どもたちは竜に乗り、竜の力を操ることができるようになる、人間との混血なのよ。アエディクラは古竜を準備するだけで、オンブリアと同じ兵器を手に入れることができるかもしれない。それが彼らの目的だと、どうして思わないの?」
「な」
エサルは弓に射られたような顔をしたのち、のろのろと顔を上げた。
「ケイエが――狙われるっていうのか? 子どもたちか? だが、山里ならともかく、強固な城塞都市だぞ――」
「エサル公」さえぎった声は、驚くほど冷静だった。
「里とケイエにどれほどの距離がある? わたしなら、最低でもケイエを抑えられる軍備が背後になければ、そもそも里を襲わないわ」
日にあせた金髪を、南部風に短く整えている。堂々とした体格の美丈夫で五公の一人ということや、年齢が近いこともあってデイミオンと比べられがちだが、漆黒のイメージが強い彼と違いエサルは金と赤とその他の色で周囲に記憶されていた。要するに、派手好みだ。
この日も空色の長衣に金と臙脂色の縁飾りという出で立ちで、南西の空に目を凝らしていた。紅竜の目を借りて張りめぐらせた大きな網に、目当ての伝令竜を感知する。
フロンテラは、王都タマリスからもっとも遠い領地になる。国境沿いにあり、先の大戦で人間側から割譲された土地も含むため、この竜の王国でもっとも多く火種を抱える場所とも言える。王の交代での登城はやむを得ないこととはいえ、領地を長く空けるのは嬉しくなかった。次代の領主である息子は、まだ幼くて〈呼ばい〉もつたないから、伝令竜でのやりとりだけが頼みの綱だ。
「新しい連絡があった? エサル公」
少女の高い声に、エサルははっと振りかえった。網を広げすぎていて、すぐ近くの人物の気配に気がつかなかったとは間抜けだ。とはいえ彼女も古竜の主人なのだから、ふつうならもっと巨大な気配を持っているはずなのだが……。
思う間に竜が飛んできて、エサルの腕に止まった。長距離飛行に向いた、ずんぐりとした胴体と鎌のような形をした長い羽を持ち、滑るように飛ぶ竜だ。脚にくくりつけられた金属管から、折りたたまれた報告用紙を取りだす。
「『護岸工事をしている作業員たちがストライキ。一日六ユスを要求している』」
「後ろから盗み読まないでいただけますか、殿下」
「『若様はご成長いちじるしく、コート号にて騎竜の訓練をおはじめになり、その勇ましいお姿はわれわれ家臣の』」
「だから、声に出して読むな」
エサルの口調が、王太子に対するものから子どもをいさめる調子に変わった。
「子ども、何歳?」
「四歳と一歳だ」
わぁかわいい、もう竜に乗るんだ、などと言う王太子に、エサルは照れ隠しの空咳をした。
「まあ……お読みになったならわかっただろう。俺は一刻も早く領地に帰りたい。だから貴殿もちゃっちゃと戴冠して、俺がいなくても早く五公会ににらみを利かせられるようになれよ」
無茶ぶりだが、リアナはそれには是とも否とも答えず、思案げに空を眺めている。
自分の領地で育ったというこの少女について、エサルはいまだに評価を下しきれないでいる。年齢相応に子どもっぽくもあるし、同時に政略で自分を巻きこむようなしたたかな面も見せる。北部領の出身とは思えないほど社交的でもあるが、こうやって黙りはじめるといつまでも一人で考えこむようなところもある。
いまも、そうやってしばらく黙考したあと、ふいに思わぬことを尋ねてきた。
「国境沿いの〈隠れ里〉を襲ったデーグルモールの雇い主は、アエディクラ。あなたもそう推測している。でしょ?」
エサルは虚を突かれたが、「……ああ」とうなずいた。
「あいつらは不気味なゾンビだが、理性がなくなってるわけでもないし、同胞を喰うのは間違いないにしても実態には誇張がある。あいつらを保護して、手の汚れる仕事をさせてるやつらが、間違いなくほかにいるはずだ」
リアナはうなずいた。「里人たちの死体は、ひどく損傷しているものもあったけど――ほとんどは単に刺殺されていた」
喰われてはいない。そう言外の意味をこめている。
「オンブリアの軍事力をそぐために、竜を育てる里を襲うこと自体は筋が通らないわけじゃない。ただ、かなりリスキーではあるよな」
「クローナン王の死を好機と見た? 政治的に混乱することを見越して……」
「あり得る。つまり様子見だ。新しい王がすぐに収拾できるのか? 混乱が続くのか?……だが、だとすると情報の精度は非常に高いとみるべきだ。王の崩御と里の襲撃には一日しかタイムラグがない」
二人は、ぽんぽんと会話の球を打ち合いながら仮定を披露し、根拠を述べ、そしていくつかの仮定を捨てていった。
「アエディクラの宣戦布告と見るか?――だが、証拠に乏しい。しかも、かの国の軍事力はあなどれない。ガエネイス王は好戦的で、周辺国を次々に落としている――つまり、一度はじめると総力戦になりかねん」
エサルが戦争の可能性にまで言及したとき、リアナは手でさえぎってそれを止めた。
「どうしても、気になることがあって……」
「なんだ?」
風がリアナの金髪をはためかせ、雲のように一刻一刻形を変えて見せている。そうエサルが思うほどの間を置いてから、少女はつづけた。
「生き残った子どもたちは、ケイエで保護している。さっき、そう言ってたわよね?」
「ああ。里近くの山林で、十名ほどが潜んでいるのが見つかった。俺はタマリスに向かってたんで、詳しいことは知らないんだが、そういう報告だ」
「彼らは、いまどこに?」
「とりあえずうちで預かって、〈乗り手〉や〈呼び手〉の素質がある子どもは、それぞれ行き先を見つけてやるつもりだ」
「あなたの領地内で、ひと固まりになっているのね?」
「……なにが言いたい?――」
見あげてくるリアナの顔は、奇妙に平静だった。
「子どもたちは竜に乗り、竜の力を操ることができるようになる、人間との混血なのよ。アエディクラは古竜を準備するだけで、オンブリアと同じ兵器を手に入れることができるかもしれない。それが彼らの目的だと、どうして思わないの?」
「な」
エサルは弓に射られたような顔をしたのち、のろのろと顔を上げた。
「ケイエが――狙われるっていうのか? 子どもたちか? だが、山里ならともかく、強固な城塞都市だぞ――」
「エサル公」さえぎった声は、驚くほど冷静だった。
「里とケイエにどれほどの距離がある? わたしなら、最低でもケイエを抑えられる軍備が背後になければ、そもそも里を襲わないわ」
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】一番腹黒いのはだあれ?
やまぐちこはる
恋愛
■□■
貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。
三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。
しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。
ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる