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第1章 完全自殺マニュアル
第4話:完全自殺マニュアル・4
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「あー、終わった終わった……まったく、何で毎回こんなに色々撮るんだ。試合の動画は配信されてるんだし、それを見ればいいじゃないか」
会場でのインタビューと撮影を済ませてからは、その場でCM素材撮影。更にその後は別室でゲーム雑誌やネットメディアからウェブカメラ越しに勝利インタビュー。
優勝によって積み上げられたタスク全てから解放されたのはすっかり日が沈んでからだった。目立つことは嫌いではないが好きではない、などと言っていられる段階はもう過ぎてしまった。
「あは、そんなの需要があるからだよ~。彼方ちゃんは知らないだろうけど、最近はファッション誌だってプロゲーマー特集してるんだからさ」
「私の写真なんかより、私の対戦動画を見てプレイミスの一つでも指摘してくれた方がありがたいが」
「対戦ゲームにはぜんぜん興味ないけど彼方ちゃんには興味ある人が世の中にはたくさんいるんだよ。むしろそっちの方が多いかもね。さっき取材来てたe-anan誌のプロゲーマー人気ランキングだってどうせ見てないんでしょ」
「ランキングならリーダーボードでレートを見れば十分だから」
「それでわかるのは実力だけだから。人気投票はまた別」
彼方は立夏を両腕で抱き抱えて廊下を滑っていた。屋内でローラーブレードを走らせるのはあまり褒められたことではないが、どうせ人なんてほとんどいない。
背中と両足を支え、立夏も腕を首元に回してくる、いわゆるお姫様抱っこというやつだ。ゲーム内では慎重に移動するとき、リアルでは宣材写真のペアショットを撮影するときとかによく使う。今は最後の撮影を終えてからそのまま走っている。
「女性読者が選ぶ人気プロゲーマーはいま彼方ちゃんが一位だよ。『強くてかっこいい』『クールで憧れます』……その半分は彼方ちゃんが何のゲームやってるかもよく知らないんだけどね。そういう層が彼方ちゃんのトレンチコートとかローラーブレードを買って部屋に飾るんだ」
「私が好意を向けられて嬉しいのは好きな相手からだけだよ。立夏、君からだ」
「おやおや」
立夏は腕の中から軽く身体を起こして彼方の唇に指を当てた。それ以上の言葉は発さない。
上から覗き込んでも立夏の目は半分見えない。左目に植えられた大きな花が表情を読むことを妨げる。今日は純白の花弁に黄色い雌しべが映えるオーソドックスなものだ。毎日交換している花は日によって色がまちまちだが、入浴時と睡眠時以外には常に左目に大輪が咲いている。
彼方からの度重なる真剣な告白に、立夏は一度として何かを返答したことはない。ただし代わりに彼方を拒絶することも一度もない。一歩踏み込んでは拒絶されないことを確認する繰り返し。今だってお姫様抱っこが許容される程度には消極的な好意があるかもしれないことを確認しているわけで、それはそれで良いと言えば良い。
しかしそんな穏やかな気持ちは、控室のドアノブに片手をかけた瞬間に完膚なきまでに破壊された。
「……はあ」
部屋とは一つの密閉空間であり、扉だけがそこにアクセスできる窓口である。
室内は扉を開けなければ完全に不可知だが、開けた瞬間に誰もが知るものになる。すなわち扉を開けることは室内という局所的な世界の存亡を左右する行為に等しいのだ。
金属製のドアノブが文鎮のように重く、氷のように冷たい。バネでも付いているかのように押下に抵抗する。寒気が手を伝って背中に伝播する。これ以上中に入るなと告げられている。もちろん、ドアノブに何か仕掛けがあるわけではない。物理的には今日の試合前に出ていったときと全く変わらない。
それでも彼方にはわかる。この先に破滅的な事態が待ち受けていることが。
扉の前でこの感覚に襲われたことは一度や二度ではない。何度も何度も、この硬くて重いドアノブを押し下げ、この先にあるものを見てきた。
「どうせ結果は変わらないんだから、さ!」
するりと腕の中から降りた立夏が後ろからショルダータックルを食らわせてくる。小柄な立夏のアタックで揺らぐ彼方の体幹ではないが、今ばかりは自然と前によろけてしまう。体重がかかったドアノブが完全に押し下げられ、二人揃って部屋の中へと雪崩れ込む。
案の定目に入ったものを見て、彼方は叫ばずにはいられない。もはや無駄とは知りつつも。
「死ぬなよ、たかがゲームに負けたくらいで!」
天上から釣り下がるのはゲーマーアイドル、ツバメとツグミの首吊り死体。
会場でのインタビューと撮影を済ませてからは、その場でCM素材撮影。更にその後は別室でゲーム雑誌やネットメディアからウェブカメラ越しに勝利インタビュー。
優勝によって積み上げられたタスク全てから解放されたのはすっかり日が沈んでからだった。目立つことは嫌いではないが好きではない、などと言っていられる段階はもう過ぎてしまった。
「あは、そんなの需要があるからだよ~。彼方ちゃんは知らないだろうけど、最近はファッション誌だってプロゲーマー特集してるんだからさ」
「私の写真なんかより、私の対戦動画を見てプレイミスの一つでも指摘してくれた方がありがたいが」
「対戦ゲームにはぜんぜん興味ないけど彼方ちゃんには興味ある人が世の中にはたくさんいるんだよ。むしろそっちの方が多いかもね。さっき取材来てたe-anan誌のプロゲーマー人気ランキングだってどうせ見てないんでしょ」
「ランキングならリーダーボードでレートを見れば十分だから」
「それでわかるのは実力だけだから。人気投票はまた別」
彼方は立夏を両腕で抱き抱えて廊下を滑っていた。屋内でローラーブレードを走らせるのはあまり褒められたことではないが、どうせ人なんてほとんどいない。
背中と両足を支え、立夏も腕を首元に回してくる、いわゆるお姫様抱っこというやつだ。ゲーム内では慎重に移動するとき、リアルでは宣材写真のペアショットを撮影するときとかによく使う。今は最後の撮影を終えてからそのまま走っている。
「女性読者が選ぶ人気プロゲーマーはいま彼方ちゃんが一位だよ。『強くてかっこいい』『クールで憧れます』……その半分は彼方ちゃんが何のゲームやってるかもよく知らないんだけどね。そういう層が彼方ちゃんのトレンチコートとかローラーブレードを買って部屋に飾るんだ」
「私が好意を向けられて嬉しいのは好きな相手からだけだよ。立夏、君からだ」
「おやおや」
立夏は腕の中から軽く身体を起こして彼方の唇に指を当てた。それ以上の言葉は発さない。
上から覗き込んでも立夏の目は半分見えない。左目に植えられた大きな花が表情を読むことを妨げる。今日は純白の花弁に黄色い雌しべが映えるオーソドックスなものだ。毎日交換している花は日によって色がまちまちだが、入浴時と睡眠時以外には常に左目に大輪が咲いている。
彼方からの度重なる真剣な告白に、立夏は一度として何かを返答したことはない。ただし代わりに彼方を拒絶することも一度もない。一歩踏み込んでは拒絶されないことを確認する繰り返し。今だってお姫様抱っこが許容される程度には消極的な好意があるかもしれないことを確認しているわけで、それはそれで良いと言えば良い。
しかしそんな穏やかな気持ちは、控室のドアノブに片手をかけた瞬間に完膚なきまでに破壊された。
「……はあ」
部屋とは一つの密閉空間であり、扉だけがそこにアクセスできる窓口である。
室内は扉を開けなければ完全に不可知だが、開けた瞬間に誰もが知るものになる。すなわち扉を開けることは室内という局所的な世界の存亡を左右する行為に等しいのだ。
金属製のドアノブが文鎮のように重く、氷のように冷たい。バネでも付いているかのように押下に抵抗する。寒気が手を伝って背中に伝播する。これ以上中に入るなと告げられている。もちろん、ドアノブに何か仕掛けがあるわけではない。物理的には今日の試合前に出ていったときと全く変わらない。
それでも彼方にはわかる。この先に破滅的な事態が待ち受けていることが。
扉の前でこの感覚に襲われたことは一度や二度ではない。何度も何度も、この硬くて重いドアノブを押し下げ、この先にあるものを見てきた。
「どうせ結果は変わらないんだから、さ!」
するりと腕の中から降りた立夏が後ろからショルダータックルを食らわせてくる。小柄な立夏のアタックで揺らぐ彼方の体幹ではないが、今ばかりは自然と前によろけてしまう。体重がかかったドアノブが完全に押し下げられ、二人揃って部屋の中へと雪崩れ込む。
案の定目に入ったものを見て、彼方は叫ばずにはいられない。もはや無駄とは知りつつも。
「死ぬなよ、たかがゲームに負けたくらいで!」
天上から釣り下がるのはゲーマーアイドル、ツバメとツグミの首吊り死体。
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