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第4章 上を向いて叫ぼう
第14話:上を向いて叫ぼう・2
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VAISが宙に浮いた、その無防備な動作にどう付き合うべきか逡巡する。
滞空時間とは弱点そのものだ。身体の軌道が筒抜け、攻撃を避けることもできない。VAISはそんな安直なミスをするプレイヤーではないが、弱点を晒してくれるなら一手くらいは叩いておいてもいい。
残り九秒半、あまり悩んでいる時間もない。VAISの着地点から彼方までは五メートルほど、つまり二歩の踏み込みで届く距離だ。
彼方は右足を大きく蹴り出す。一歩で前に出て、二歩目を軸にして身体を大きく回転させる。足を下方向から打ち出し、着地直前を狙って外回し蹴りが直撃する。
「ワオ!」
スパイクを利かせた鋭い蹴りがVAISの脇腹に届くが、案の定、蹴った感触がしない。
VAISは空中で横に流されるだけだ。蹴り倒されるままに横向きの運動量を転がす。外套が風で膨らみ、木の葉のようにゆったりと着地する。
着地際も依然として弱点だ。彼方はもう一回転し、二段目の回し蹴りを今度は頭を狙って上段に放つ。
VAISは鋭く息を吐き、左足を深く折って受けた。するりと身体を沈めて避けられる。外套のポケットから零れた切符が空中に舞い上がり、二人の間で宙に浮かぶ。
「取っていいデスよ」
「取らない」
彼方は切符からは視線を切る。手を伸ばせば届く距離だが、そんな隙を見逃すVAISではない。
切符を見ない代わりに、彼方の視界は左足を抜いて横に倒れるように走り出すVAISをよく見ていた。彼方も遅れずに足先を踏み込む。ローラーブレードに仕込んだマイクロバッテリが作動し、右方向への急加速を作り出す。
「補正入れてマス?」
「入れてない。仮想電気系統を弄ってアップグレードしただけだ」
「補正」とは、VRゲームに標準搭載されている動作自動補正機能のことだ。
いまどきほとんどのVRアクションゲームはプレイヤーの全身をフルトラッキングしてゲーム内に動きを反映している。しかしゲーマーは運動能力に優れているとは限らず、動作をそのままコピーしても大して面白くない。
よってプレイヤーがゲームキャラクターのようにアクションできるよう、デフォルトで入力動作に自動補完が入るようになっているのだ。つまりリアルではあまりちゃんと動いていなくても、ゲーム内では華麗なアクションを行っているかのように適宜動きを調整してくれる。
自動補完機能は細かい動作ごとにパラメタを弄って設定でき、デフォルトで全て50%、使い心地に応じてプラマイ20%程度を調整するのが標準的だ。例えば蹴り動作の補完パラメタを60%に設定すれば、動きの60%をAIが自動補完して勝手に最適な足さばきを実行してくれる。補正が動作に及ぼす影響は極めて大きく、プロゲーマーの間では補正パラメタチューニングはトップシークレットになっている。
「補正を入れても弱くなるだけだから」
「それはそうデスね」
しかし彼方とVAISは補正を全て0%で設定していた。つまり、二人のアバターはプレイヤー本体の動きだけを100%反映する。
それはリアルでゲームキャラと同等の身体能力が要求されることを意味する、常軌を逸したハンデだ。ゲームキャラがフィクションとして繰り出す昇竜拳を彼方は素の運動能力で捌かなければならない。同じ手口を使っているプレイヤーを彼方はVAISの他に知らないし、恐らく検討したプレイヤーすらいないだろう。
しかしそれは他の全てを覆すほどの絶大なアドバンテージをもたらす。具体的に言えば、他のプレイヤーと彼方ではゲームの戦略が全く違うのだ。
他のプレイヤーは自動補完機能の存在を前提としているため、戦略をスキルリストから考え始める。自動補完で繰り出せる技の一覧がこれだけあるから、この局面ではこれを使うことにしようという順序で戦略を立てるのだ。本質的にシステムによって決められたスキルしか使えず、戦略とはそれを使うタイミングを調整するくらいのものでしかない。
一方、彼方にとってスキルリストは自ら作り出すものだ。自動補完を使わないため使用技は既存のスキルリストに縛られず、必要な技は自分で編み出すことができる。「この局面に対応したいからこんな技を作って使えるようにしておこう」という通常とは逆の順序で戦略を立てていることが、特に近接戦闘においては圧倒的優位を生む。
彼方は急加速したローラーブレードでVAISの足元に滑り込んだ。下から突くように手を伸ばすが、VAISは悠々と蹴り飛ばして避ける。
「その動きは初めて見まシタ……が、まだ粗いデス」
「まだジャストアイデアだからな」
これは強がりだ。本当は高校選手権の最中に思い付いた対VAISの秘策の一つだった。
VAISとの戦いはいつもスキルの総力戦になる。彼方とVAISは二人とも「補正切り」である以上、新しいスキルを使えること自体はアドバンテージにならない。あとはスキルの豊富さと精度の勝負だ。
彼方は更に前に出て、あえて綺麗な左ストレートを打った。補正をかけた選手がよく使う捻りのない打撃。
VAISが横から叩き落とそうとする手刀を腕力でねじ伏せて更に強引に突き進む。彼方が明確にVAISよりも上回るものは身体の膂力であり、補正切りによってその推進力も完全に反映される。
強引に突き進んだ手が車掌服の大きな襟を掴んだ。
「取った!」
彼方は組み技や掴み技こそが補正切り最大の使いどころだと確信している。自動補正では一連のコマンド技扱いになっていることが多いが、彼方にとっては生来の腕力が最も活かせる領域だからだ。
投げはダメージがあまり入らないのがネックだが、今はVAISを投げ飛ばしてしまえば立ち上がるまでの間に切符を拾いに行ける。
「悪くはないデス、が!」
しかし投げ飛ばされて足が浮く直前、VAISは思い切り地面を蹴った。
彼方の投げる力にVAISの蹴る力が加わり、VAISの身体は彼方の想定を超えた勢いで空中に投げ出される。予想外の行動で作られた運動量に彼方の体幹が揺らぐ。
やられたな、と思った次の瞬間には逆にトレンチコートの襟を掴まれていた。宙に浮いた状態から遠心力を使ってVAISが投げをかける。姿勢を崩した反動で地に足が付かずに踏ん張れない。
彼方の身体は鮮やかに宙を回り、最後は子供を寝かしつけるように背中から優しく地面に落とされた。
仰向けになって見上げた視界には、夜空を背景に切符を二本指でキャッチするVAIS。
滞空時間とは弱点そのものだ。身体の軌道が筒抜け、攻撃を避けることもできない。VAISはそんな安直なミスをするプレイヤーではないが、弱点を晒してくれるなら一手くらいは叩いておいてもいい。
残り九秒半、あまり悩んでいる時間もない。VAISの着地点から彼方までは五メートルほど、つまり二歩の踏み込みで届く距離だ。
彼方は右足を大きく蹴り出す。一歩で前に出て、二歩目を軸にして身体を大きく回転させる。足を下方向から打ち出し、着地直前を狙って外回し蹴りが直撃する。
「ワオ!」
スパイクを利かせた鋭い蹴りがVAISの脇腹に届くが、案の定、蹴った感触がしない。
VAISは空中で横に流されるだけだ。蹴り倒されるままに横向きの運動量を転がす。外套が風で膨らみ、木の葉のようにゆったりと着地する。
着地際も依然として弱点だ。彼方はもう一回転し、二段目の回し蹴りを今度は頭を狙って上段に放つ。
VAISは鋭く息を吐き、左足を深く折って受けた。するりと身体を沈めて避けられる。外套のポケットから零れた切符が空中に舞い上がり、二人の間で宙に浮かぶ。
「取っていいデスよ」
「取らない」
彼方は切符からは視線を切る。手を伸ばせば届く距離だが、そんな隙を見逃すVAISではない。
切符を見ない代わりに、彼方の視界は左足を抜いて横に倒れるように走り出すVAISをよく見ていた。彼方も遅れずに足先を踏み込む。ローラーブレードに仕込んだマイクロバッテリが作動し、右方向への急加速を作り出す。
「補正入れてマス?」
「入れてない。仮想電気系統を弄ってアップグレードしただけだ」
「補正」とは、VRゲームに標準搭載されている動作自動補正機能のことだ。
いまどきほとんどのVRアクションゲームはプレイヤーの全身をフルトラッキングしてゲーム内に動きを反映している。しかしゲーマーは運動能力に優れているとは限らず、動作をそのままコピーしても大して面白くない。
よってプレイヤーがゲームキャラクターのようにアクションできるよう、デフォルトで入力動作に自動補完が入るようになっているのだ。つまりリアルではあまりちゃんと動いていなくても、ゲーム内では華麗なアクションを行っているかのように適宜動きを調整してくれる。
自動補完機能は細かい動作ごとにパラメタを弄って設定でき、デフォルトで全て50%、使い心地に応じてプラマイ20%程度を調整するのが標準的だ。例えば蹴り動作の補完パラメタを60%に設定すれば、動きの60%をAIが自動補完して勝手に最適な足さばきを実行してくれる。補正が動作に及ぼす影響は極めて大きく、プロゲーマーの間では補正パラメタチューニングはトップシークレットになっている。
「補正を入れても弱くなるだけだから」
「それはそうデスね」
しかし彼方とVAISは補正を全て0%で設定していた。つまり、二人のアバターはプレイヤー本体の動きだけを100%反映する。
それはリアルでゲームキャラと同等の身体能力が要求されることを意味する、常軌を逸したハンデだ。ゲームキャラがフィクションとして繰り出す昇竜拳を彼方は素の運動能力で捌かなければならない。同じ手口を使っているプレイヤーを彼方はVAISの他に知らないし、恐らく検討したプレイヤーすらいないだろう。
しかしそれは他の全てを覆すほどの絶大なアドバンテージをもたらす。具体的に言えば、他のプレイヤーと彼方ではゲームの戦略が全く違うのだ。
他のプレイヤーは自動補完機能の存在を前提としているため、戦略をスキルリストから考え始める。自動補完で繰り出せる技の一覧がこれだけあるから、この局面ではこれを使うことにしようという順序で戦略を立てるのだ。本質的にシステムによって決められたスキルしか使えず、戦略とはそれを使うタイミングを調整するくらいのものでしかない。
一方、彼方にとってスキルリストは自ら作り出すものだ。自動補完を使わないため使用技は既存のスキルリストに縛られず、必要な技は自分で編み出すことができる。「この局面に対応したいからこんな技を作って使えるようにしておこう」という通常とは逆の順序で戦略を立てていることが、特に近接戦闘においては圧倒的優位を生む。
彼方は急加速したローラーブレードでVAISの足元に滑り込んだ。下から突くように手を伸ばすが、VAISは悠々と蹴り飛ばして避ける。
「その動きは初めて見まシタ……が、まだ粗いデス」
「まだジャストアイデアだからな」
これは強がりだ。本当は高校選手権の最中に思い付いた対VAISの秘策の一つだった。
VAISとの戦いはいつもスキルの総力戦になる。彼方とVAISは二人とも「補正切り」である以上、新しいスキルを使えること自体はアドバンテージにならない。あとはスキルの豊富さと精度の勝負だ。
彼方は更に前に出て、あえて綺麗な左ストレートを打った。補正をかけた選手がよく使う捻りのない打撃。
VAISが横から叩き落とそうとする手刀を腕力でねじ伏せて更に強引に突き進む。彼方が明確にVAISよりも上回るものは身体の膂力であり、補正切りによってその推進力も完全に反映される。
強引に突き進んだ手が車掌服の大きな襟を掴んだ。
「取った!」
彼方は組み技や掴み技こそが補正切り最大の使いどころだと確信している。自動補正では一連のコマンド技扱いになっていることが多いが、彼方にとっては生来の腕力が最も活かせる領域だからだ。
投げはダメージがあまり入らないのがネックだが、今はVAISを投げ飛ばしてしまえば立ち上がるまでの間に切符を拾いに行ける。
「悪くはないデス、が!」
しかし投げ飛ばされて足が浮く直前、VAISは思い切り地面を蹴った。
彼方の投げる力にVAISの蹴る力が加わり、VAISの身体は彼方の想定を超えた勢いで空中に投げ出される。予想外の行動で作られた運動量に彼方の体幹が揺らぐ。
やられたな、と思った次の瞬間には逆にトレンチコートの襟を掴まれていた。宙に浮いた状態から遠心力を使ってVAISが投げをかける。姿勢を崩した反動で地に足が付かずに踏ん張れない。
彼方の身体は鮮やかに宙を回り、最後は子供を寝かしつけるように背中から優しく地面に落とされた。
仰向けになって見上げた視界には、夜空を背景に切符を二本指でキャッチするVAIS。
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