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第6章 ほとんど宗教的なIF
第25話:ほとんど宗教的なIF・1
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「昨晩は何してたんだ? ローチカ博士と」
「ワールドシミュレーターでお花の研究をね~。色々なシミュレーションが回ってるなら植物とか動物にもバリエーションありそうじゃない? 博物館みたいな感じでさ」
「ローチカ博士は嫌がりそうなものだが。彼女、相当に倫理的な研究者だから。本来と違う用途にシミュレーターを使うことに首を縦に振るとはあまり思えない」
「渋々って感じだったけど、負い目がある手前なかなか断れないよね~。ま、一晩見たくらいじゃよくわかんなかったけど。気象とか湿度にそこまでバリエーションがあるわけじゃないし」
「色々見て改めてどう思った? 私たちの世界はシミュレーション世界だったと思うか?」
「私にわかるのは花の育ち方くらいだけど、どこでも割と同じなんだよね。足が生えて歩き出したり、言葉を喋ったりはしないよ。彼方ちゃんこそ何か収穫はあったのかな? 桜井さんの部屋で」
昨晩、立夏はローチカと共にシミュレーションルームに、彼方は桜井さんと共に彼女の部屋に泊まることになった。
部屋はいくらでもあるから一人で寝袋に入っても良かったのだが、この退廃した世界であえて一人になる気もあまり起きなかった。無論、桜井さんが熱烈に誘ってきたことは言うまでもないとして。
桜井さんの部屋には少女の写真が大量にコレクションされていた。映る少女たちの容姿や外見は千差万別でも、何となくクールで強そうな雰囲気が彼方に似ていた。ローチカの目を盗み、シミュレーション世界からお気に入りの女の子をコツコツ撮影するのが彼女の趣味らしい。かなりレベルの高い盗撮をローチカは許さないだろうが、この廃れた世界で彼女の欲望がその程度で済んでいることはむしろ幸運なことかもしれない。
「収穫があったのは私じゃなくて桜井さんの方だろうな。質問責めにされたり抱き枕にされたり、色々やかましくはあった」
「あは、桜井さんってば変わらないね~」
かつて、元現実世界で彼方と立夏は一度だけ桜井さんの家に泊まったことがあった。
そこでも彼方と立夏の写真が壁に貼られまくっていると共に全てのグッズが揃ってショーケースに並んでおり、その有様には彼方ですら若干引いた。「マネージャーこそ第一のファンであれ」と桜井さんは語っていたが、別にマネージャーではないはずの今も同じような行動をしているのを見ると、シンプルにこれが彼女の性癖なのだろう。
それでも桜井さんはその戦闘美少女へのフェチズムによって有能極まりないサポーターだったのは間違いない。芸能にしても戦闘にしても。
実際、彼女がデザインしたトレンチコートやローラーブレードのおかげで彼方は生き残っている。家事や契約にも強い桜井さんは寝たきりの此岸の代わりに姉代わりくらいはしていたものだ。
「それで実際のところ、立夏は昨日の話はどちらが正しいと思っているんだ?」
「KSD世界と元現実世界はどっちがオリジナルでどっちがシミュレーションかって話?」
「そうだ。そういうのを考えるのは私より立夏の方が得意だろうから」
喋りながら、彼方は隣人にローラーブレードの飛び蹴りを放った。隣人の手から巨大な機関銃が離れて宙を舞う。
彼方は土壁の凸凹を駆け上がって銃をキャッチし、そのまま真上から隣人の首筋を撃ち抜いた。一発で綺麗に脊髄を破壊され、動きを停止した隣人は大きな音を立てて地面に倒れ伏す。
ローチカからは出発前にいくつかの装備を貰っていたが、その大半はとうの昔に使い捨ててしまった。相手が持っている武装を奪うハックアンドスラッシュ方式の方が手っ取り早いし持ち運ぶ装備も少なくて済む。
隣人たちが持っているメカニカルな機関銃は彼方の半身ほどもあり、トリガーを引くだけでも十キロ近い荷重を必要とするが、彼方の握力なら小指一本で軽く持ち上げられる重さでしかない。巨大な機銃を小脇に抱え、使い捨てながら洞窟内を駆け抜けていく。
「ま、昨日はいったん釘を刺しといたっていうのが正直なとこだけどね。『こっちがシミュレートして印刷してあげたんですよ』みたいなパワーバランスって放置しとくといざというとき立場悪くなるから」
「私はあまり気にしないが、立夏がそう言うならそうなんだろう」
彼方と立夏はいつものように無線マイクとイヤホンを通じて会話していた。
高性能のノイズキャンセルを備えたイヤホンでは弾幕の中でも音が聞こえる。戦況が大して困難ではないときは暇潰しに取り止めのない雑談をしているのもいつも通り。この程度の相手にはこの程度の集中力で事足りる。彼方の対隣人用戦闘ルーチンは既に最適化を完了している。
進撃を続ける彼方の後ろで、立夏は小型の装甲車に乗っていた。重厚なキャタピラを回し、倒れた隣人たちを踏み越えながら、ドドドドと力強い駆動音を反響させながら付いてくる。強化ガラスと鋼板が銃弾の一発も通さない。
一人乗りの車両は軽自動車よりも小さく、何となく愛らしさが漂う見た目をしている。戦車というよりは子供用カートの方がイメージが近い。
これは彼方が要望してローチカに印刷してもらった立夏専用移動車両である。攻撃は彼方だけで十分なので、立夏は移動手段と防御力さえあればいい。印刷技術とは便利なもので、簡単に図面を描くだけですぐに実物が出てきた。
「とはいえ、証拠になりそうなものが無いわけじゃないよ。だって私たちは知ってて桜井さんたちが知らないのは、えーっと、名前なんだっけ……」
「終末器」
「そうそれ」
「言わせたいだけだろ?」
「あは」
KSDは一方向のダンジョン侵攻ゲームだ。隣人の拠点であるダンジョンは地中を掘って作った洞窟状になっており、緩やかに下降しながら最深部に向けて進んでいく。申し訳程度の分岐があるものの、どちらに行ってもすぐに合流する程度のものだ。
VRゲームにしてはやたら単純な設計で、たくさんの部屋を行ったり来たりする必要はない。元々単調な構成に加えて、隣人の配置やステージの進行も全て彼方の記憶通りだった。
「しかしそれでもいいところイーブンじゃないか。結局、世界を移動した原因がどちらにあるのかは特定できない。つまり私たちが移動したのはローチカ博士が生体印刷機を動かしたからなのか、それとも私が終末器を押下したからなのか?」
「私はその二つって両立すると思うな~。主導権を持っていることと、直接の原因になることって厳密には別のことだからね」
「もう少し噛み砕いて頼む」
「私はこう考えてるんだ。確かに元現実世界はKSD世界のシミュレーションだったかもしれないけど、それをやらせたのは彼方ちゃんの終末器じゃないかって。つまり、終末器の機能って強制的に世界を創造させることかもしれないよね?」
「……それは因果関係がおかしくないか? 創造された世界から創造を強制するのは時系列が逆だ。創造を強制できる時点でもう創造は完了しているはずだから」
「でも確かめる方法が存在しないなら問題はなくない? それは昨日彼方ちゃん自身が神降臨の喩えで説明したはずだよ。創造された世界の内側から被造されているかどうかを論証することは出来ないけど、逆に一度被造が確定した瞬間からは絶対に疑えない事実になるんだ。だから終末器が押された瞬間にその世界を被造物だったことにするって挙動は成立するはず」
「もしそうだとしたら、確かに創造したのはシミュレーターでも、創造させたのは終末器だ。本当の主導権は私にある」
「そゆこと。あとはもう実績の問題だね。せいぜいこの世界でしか使われたことがない生体印刷機とかシミュレーターに比べて、終末器の方は世界を跨いで二回使われてる。ファンタジスタ世界から元現実世界への転移、あと元現実世界からKSD世界への転移」
「いずれにせよ、あと何度か終末器を押せばはっきりすることか。そのためには、とりあえずこのイージーゲームをさっさとクリアしなければならないが」
「とか余裕ぶってるけど、右腕ちょっと怪我してない? 私の目は誤魔化せないよ~」
「これはあえて掠らせたんだ、ハンディプリンターの性能を試すために。私に自殺癖はあっても自傷癖は無い」
彼方はトレンチコートのポケットから小さな四角い装置を取り出した。
プラスチック製の直方体、手のひらにすっぽり収まる大きさだ。透明な窓が付いた片面を出血している右腕に押し当てる。
肌がじんわりと熱される感覚が走る。一秒だけ待って装置を放すと、傷は完全に塞がっていた。代わりにプラモデルの継ぎ目のような線だけがうっすら浮かんでいる。
これもローチカに渡された装備の一つ、ハンディタイプの生体プリンターだ。必要な素材はカートリッジに入れて着脱できるようになっており、生体印刷技術を応用して人体の分解と再構築を簡易的に行う代物らしい。
「あは、便利だね~。それソーン系のヒーリングツールに似てない? ほら、森系のエリアでたまにドロップしたやつ」
「確かに。あれに比べると効果範囲は今一つだが、これだけ即効性があれば応急処置には使えそうだ。もっとも、ラスボス相手でもこれを使うとはあまり思えないが」
通路を塞ぐ巨大な岩を前蹴りで吹き飛ばし、見覚えのある最深部に辿り着いた。
ホールのような広く丸い空洞で、地面の中央には直径十メートル以上の巨大な穴が空いている。それには何か深い意味や設定が込められているわけではなく、戦闘をちょっと華やかにするギミックに過ぎない。プレイヤーがそこに落ちれば即ゲームオーバーになるが、逆に敵をそこに落として倒すこともできるというだけの。
「オオオオオ……」
「来たか」
右側の壁が大きく崩れてラスボスが姿を現す。
今まで倒してきた隣人の何倍も大きなヘルメット、大きな身体、大きな機関銃。ただそれだけ。
要するに、ラスボスとは超巨大な隣人なのだ。雑魚敵を単に拡大し、細部のディテールを少し弄っただけの手抜き感が泣けてくる。
申し訳程度に配置されている雑魚敵の隣人を蹴散らしながら、彼方はそこらに落ちているロケットランチャーを手に取った。
ラスボスも弱点は雑魚敵とそう変わらない。ロケランを足に当てて動きを止め、あとはいつものように首から脊髄を破壊すれば終わりだ。目を瞑っていても倒せる気がする。
だが彼方が攻撃を加えるよりも早く、ラスボス隣人は前のめりにバランスを崩した。大きな図体がゆっくり倒れていき、大穴を跨ぐように地面に倒れ伏した。洞窟全体に衝撃が走る。
「こんなイベントあったか?」
「知らないよ~、私はKSDやってないからね。Wikipediaで設定読んだだけ」
「この挙動は全ルートクリア済みの私でも知らない。待て、あれはなんだ?」
二人の目の前、うつ伏せに倒れたラスボスの背中の上に、世界観に全くそぐわないオブジェクトが出現していた。
それは神の世界への門。二本の太い柱が立ち、その上に反り返った組み木が取り付けられている。神域と俗界を隔てる結界である鳥居。しかしそれが奇怪なのは、色合いが塗装された赤でも木組みの茶でもないことだ。
鳥居は全体が虹色に光り輝いていた。赤から橙へ、橙から黄へ、黄から緑へと次々に色を変えていく。
「えーっと……ゲーミング神社?」
これはこのKSD世界の埒外にあるものだ。
既定のクリアチャートなど意にも介さずに襲来する異物、世界を貫いて現れる存在者。意識の空隙から、次元の狭間から、因果の断裂から、世界の外側から。何の脈絡もなく、予想すら許さないようなやり方で。
「……」
鳥居の中央には一人の少女が跪いていた。
彼方たちに背を向けて、両手を合わせて空を仰いでいる。背丈は立夏より少し大きいくらい、長い髪を両サイドで結っている。
鳥居に並び立つにふさわしく、その少女は巫女装束を着ていた。白い小袖に紅の袴、そして随所に赤いラインが入っている。ただし白衣は肩のところで切れてノースリーブになっており、下も膝よりは少し長い程度しかない。
何故なら、彼女の本業は神職ではないからだ。巫女装束をモチーフとしたオリジナルの戦闘衣装を纏う、プロゲーマーの一人。
彼方はその背中に問う。
「お前は何故祈っている? 誰のために?」
「祈りとは、果たされなかった可能性への弔いです」
「ワールドシミュレーターでお花の研究をね~。色々なシミュレーションが回ってるなら植物とか動物にもバリエーションありそうじゃない? 博物館みたいな感じでさ」
「ローチカ博士は嫌がりそうなものだが。彼女、相当に倫理的な研究者だから。本来と違う用途にシミュレーターを使うことに首を縦に振るとはあまり思えない」
「渋々って感じだったけど、負い目がある手前なかなか断れないよね~。ま、一晩見たくらいじゃよくわかんなかったけど。気象とか湿度にそこまでバリエーションがあるわけじゃないし」
「色々見て改めてどう思った? 私たちの世界はシミュレーション世界だったと思うか?」
「私にわかるのは花の育ち方くらいだけど、どこでも割と同じなんだよね。足が生えて歩き出したり、言葉を喋ったりはしないよ。彼方ちゃんこそ何か収穫はあったのかな? 桜井さんの部屋で」
昨晩、立夏はローチカと共にシミュレーションルームに、彼方は桜井さんと共に彼女の部屋に泊まることになった。
部屋はいくらでもあるから一人で寝袋に入っても良かったのだが、この退廃した世界であえて一人になる気もあまり起きなかった。無論、桜井さんが熱烈に誘ってきたことは言うまでもないとして。
桜井さんの部屋には少女の写真が大量にコレクションされていた。映る少女たちの容姿や外見は千差万別でも、何となくクールで強そうな雰囲気が彼方に似ていた。ローチカの目を盗み、シミュレーション世界からお気に入りの女の子をコツコツ撮影するのが彼女の趣味らしい。かなりレベルの高い盗撮をローチカは許さないだろうが、この廃れた世界で彼女の欲望がその程度で済んでいることはむしろ幸運なことかもしれない。
「収穫があったのは私じゃなくて桜井さんの方だろうな。質問責めにされたり抱き枕にされたり、色々やかましくはあった」
「あは、桜井さんってば変わらないね~」
かつて、元現実世界で彼方と立夏は一度だけ桜井さんの家に泊まったことがあった。
そこでも彼方と立夏の写真が壁に貼られまくっていると共に全てのグッズが揃ってショーケースに並んでおり、その有様には彼方ですら若干引いた。「マネージャーこそ第一のファンであれ」と桜井さんは語っていたが、別にマネージャーではないはずの今も同じような行動をしているのを見ると、シンプルにこれが彼女の性癖なのだろう。
それでも桜井さんはその戦闘美少女へのフェチズムによって有能極まりないサポーターだったのは間違いない。芸能にしても戦闘にしても。
実際、彼女がデザインしたトレンチコートやローラーブレードのおかげで彼方は生き残っている。家事や契約にも強い桜井さんは寝たきりの此岸の代わりに姉代わりくらいはしていたものだ。
「それで実際のところ、立夏は昨日の話はどちらが正しいと思っているんだ?」
「KSD世界と元現実世界はどっちがオリジナルでどっちがシミュレーションかって話?」
「そうだ。そういうのを考えるのは私より立夏の方が得意だろうから」
喋りながら、彼方は隣人にローラーブレードの飛び蹴りを放った。隣人の手から巨大な機関銃が離れて宙を舞う。
彼方は土壁の凸凹を駆け上がって銃をキャッチし、そのまま真上から隣人の首筋を撃ち抜いた。一発で綺麗に脊髄を破壊され、動きを停止した隣人は大きな音を立てて地面に倒れ伏す。
ローチカからは出発前にいくつかの装備を貰っていたが、その大半はとうの昔に使い捨ててしまった。相手が持っている武装を奪うハックアンドスラッシュ方式の方が手っ取り早いし持ち運ぶ装備も少なくて済む。
隣人たちが持っているメカニカルな機関銃は彼方の半身ほどもあり、トリガーを引くだけでも十キロ近い荷重を必要とするが、彼方の握力なら小指一本で軽く持ち上げられる重さでしかない。巨大な機銃を小脇に抱え、使い捨てながら洞窟内を駆け抜けていく。
「ま、昨日はいったん釘を刺しといたっていうのが正直なとこだけどね。『こっちがシミュレートして印刷してあげたんですよ』みたいなパワーバランスって放置しとくといざというとき立場悪くなるから」
「私はあまり気にしないが、立夏がそう言うならそうなんだろう」
彼方と立夏はいつものように無線マイクとイヤホンを通じて会話していた。
高性能のノイズキャンセルを備えたイヤホンでは弾幕の中でも音が聞こえる。戦況が大して困難ではないときは暇潰しに取り止めのない雑談をしているのもいつも通り。この程度の相手にはこの程度の集中力で事足りる。彼方の対隣人用戦闘ルーチンは既に最適化を完了している。
進撃を続ける彼方の後ろで、立夏は小型の装甲車に乗っていた。重厚なキャタピラを回し、倒れた隣人たちを踏み越えながら、ドドドドと力強い駆動音を反響させながら付いてくる。強化ガラスと鋼板が銃弾の一発も通さない。
一人乗りの車両は軽自動車よりも小さく、何となく愛らしさが漂う見た目をしている。戦車というよりは子供用カートの方がイメージが近い。
これは彼方が要望してローチカに印刷してもらった立夏専用移動車両である。攻撃は彼方だけで十分なので、立夏は移動手段と防御力さえあればいい。印刷技術とは便利なもので、簡単に図面を描くだけですぐに実物が出てきた。
「とはいえ、証拠になりそうなものが無いわけじゃないよ。だって私たちは知ってて桜井さんたちが知らないのは、えーっと、名前なんだっけ……」
「終末器」
「そうそれ」
「言わせたいだけだろ?」
「あは」
KSDは一方向のダンジョン侵攻ゲームだ。隣人の拠点であるダンジョンは地中を掘って作った洞窟状になっており、緩やかに下降しながら最深部に向けて進んでいく。申し訳程度の分岐があるものの、どちらに行ってもすぐに合流する程度のものだ。
VRゲームにしてはやたら単純な設計で、たくさんの部屋を行ったり来たりする必要はない。元々単調な構成に加えて、隣人の配置やステージの進行も全て彼方の記憶通りだった。
「しかしそれでもいいところイーブンじゃないか。結局、世界を移動した原因がどちらにあるのかは特定できない。つまり私たちが移動したのはローチカ博士が生体印刷機を動かしたからなのか、それとも私が終末器を押下したからなのか?」
「私はその二つって両立すると思うな~。主導権を持っていることと、直接の原因になることって厳密には別のことだからね」
「もう少し噛み砕いて頼む」
「私はこう考えてるんだ。確かに元現実世界はKSD世界のシミュレーションだったかもしれないけど、それをやらせたのは彼方ちゃんの終末器じゃないかって。つまり、終末器の機能って強制的に世界を創造させることかもしれないよね?」
「……それは因果関係がおかしくないか? 創造された世界から創造を強制するのは時系列が逆だ。創造を強制できる時点でもう創造は完了しているはずだから」
「でも確かめる方法が存在しないなら問題はなくない? それは昨日彼方ちゃん自身が神降臨の喩えで説明したはずだよ。創造された世界の内側から被造されているかどうかを論証することは出来ないけど、逆に一度被造が確定した瞬間からは絶対に疑えない事実になるんだ。だから終末器が押された瞬間にその世界を被造物だったことにするって挙動は成立するはず」
「もしそうだとしたら、確かに創造したのはシミュレーターでも、創造させたのは終末器だ。本当の主導権は私にある」
「そゆこと。あとはもう実績の問題だね。せいぜいこの世界でしか使われたことがない生体印刷機とかシミュレーターに比べて、終末器の方は世界を跨いで二回使われてる。ファンタジスタ世界から元現実世界への転移、あと元現実世界からKSD世界への転移」
「いずれにせよ、あと何度か終末器を押せばはっきりすることか。そのためには、とりあえずこのイージーゲームをさっさとクリアしなければならないが」
「とか余裕ぶってるけど、右腕ちょっと怪我してない? 私の目は誤魔化せないよ~」
「これはあえて掠らせたんだ、ハンディプリンターの性能を試すために。私に自殺癖はあっても自傷癖は無い」
彼方はトレンチコートのポケットから小さな四角い装置を取り出した。
プラスチック製の直方体、手のひらにすっぽり収まる大きさだ。透明な窓が付いた片面を出血している右腕に押し当てる。
肌がじんわりと熱される感覚が走る。一秒だけ待って装置を放すと、傷は完全に塞がっていた。代わりにプラモデルの継ぎ目のような線だけがうっすら浮かんでいる。
これもローチカに渡された装備の一つ、ハンディタイプの生体プリンターだ。必要な素材はカートリッジに入れて着脱できるようになっており、生体印刷技術を応用して人体の分解と再構築を簡易的に行う代物らしい。
「あは、便利だね~。それソーン系のヒーリングツールに似てない? ほら、森系のエリアでたまにドロップしたやつ」
「確かに。あれに比べると効果範囲は今一つだが、これだけ即効性があれば応急処置には使えそうだ。もっとも、ラスボス相手でもこれを使うとはあまり思えないが」
通路を塞ぐ巨大な岩を前蹴りで吹き飛ばし、見覚えのある最深部に辿り着いた。
ホールのような広く丸い空洞で、地面の中央には直径十メートル以上の巨大な穴が空いている。それには何か深い意味や設定が込められているわけではなく、戦闘をちょっと華やかにするギミックに過ぎない。プレイヤーがそこに落ちれば即ゲームオーバーになるが、逆に敵をそこに落として倒すこともできるというだけの。
「オオオオオ……」
「来たか」
右側の壁が大きく崩れてラスボスが姿を現す。
今まで倒してきた隣人の何倍も大きなヘルメット、大きな身体、大きな機関銃。ただそれだけ。
要するに、ラスボスとは超巨大な隣人なのだ。雑魚敵を単に拡大し、細部のディテールを少し弄っただけの手抜き感が泣けてくる。
申し訳程度に配置されている雑魚敵の隣人を蹴散らしながら、彼方はそこらに落ちているロケットランチャーを手に取った。
ラスボスも弱点は雑魚敵とそう変わらない。ロケランを足に当てて動きを止め、あとはいつものように首から脊髄を破壊すれば終わりだ。目を瞑っていても倒せる気がする。
だが彼方が攻撃を加えるよりも早く、ラスボス隣人は前のめりにバランスを崩した。大きな図体がゆっくり倒れていき、大穴を跨ぐように地面に倒れ伏した。洞窟全体に衝撃が走る。
「こんなイベントあったか?」
「知らないよ~、私はKSDやってないからね。Wikipediaで設定読んだだけ」
「この挙動は全ルートクリア済みの私でも知らない。待て、あれはなんだ?」
二人の目の前、うつ伏せに倒れたラスボスの背中の上に、世界観に全くそぐわないオブジェクトが出現していた。
それは神の世界への門。二本の太い柱が立ち、その上に反り返った組み木が取り付けられている。神域と俗界を隔てる結界である鳥居。しかしそれが奇怪なのは、色合いが塗装された赤でも木組みの茶でもないことだ。
鳥居は全体が虹色に光り輝いていた。赤から橙へ、橙から黄へ、黄から緑へと次々に色を変えていく。
「えーっと……ゲーミング神社?」
これはこのKSD世界の埒外にあるものだ。
既定のクリアチャートなど意にも介さずに襲来する異物、世界を貫いて現れる存在者。意識の空隙から、次元の狭間から、因果の断裂から、世界の外側から。何の脈絡もなく、予想すら許さないようなやり方で。
「……」
鳥居の中央には一人の少女が跪いていた。
彼方たちに背を向けて、両手を合わせて空を仰いでいる。背丈は立夏より少し大きいくらい、長い髪を両サイドで結っている。
鳥居に並び立つにふさわしく、その少女は巫女装束を着ていた。白い小袖に紅の袴、そして随所に赤いラインが入っている。ただし白衣は肩のところで切れてノースリーブになっており、下も膝よりは少し長い程度しかない。
何故なら、彼女の本業は神職ではないからだ。巫女装束をモチーフとしたオリジナルの戦闘衣装を纏う、プロゲーマーの一人。
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