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第6章 ほとんど宗教的なIF
第26話:ほとんど宗教的なIF・2
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彼方の問いかけに対し、巫女の少女は鈴のように凛と通る声で応じて向き直った。意志の強そうな流線形の澄んだ目が彼方の目を捉えた。愛嬌や愛想がほんの僅かも存在しない目線。
そして声と同じくらい固く結ばれた口元。生まれてこの方、一度も笑ったこともないような冷えた表情で彼方を見下ろす。
「本来、生命が持つ可能性は常に無限です」
少女は立ち上がり、傍に立つ鳥居の柱を指で撫でる。その瞬間、鳥居全体に亀裂が入った。
無秩序な断裂ではない。ブロックを切り分けるような直線が一定間隔で切り分けるライン。線で腑分けされた各パーツが折り畳まれ、回転し、反転する。立体パズルを解くかのように、ガチャガチャと音を立てて鳥居の形が変わりゆく。
「しかしながら、現実に顕在化できる可能性はただ一つです。ある唯一のものが現実態となったとき、潜在していた可能性は永遠に葬られます。一の実現と無限の棄却は常に裏表」
ゲーミング神社はゲーミング手掌へと、つまり虹色に輝く巨大な手のオブジェへと変形した。神威の身体と同じくらい大きな手掌が後ろで恭しく手を立てた。片手で行う略式の合掌。
「だから私たちは祈らなければなりません。死産すらしなかった、無数の非存在たる可能性のために」
神託のような声が空間を満たす。巫女の癖に居酒屋の個室ですら懺悔室と聖堂に変えてしまう彼女のことを、彼方はよく知っている。
「オラクルの神威、天輪神威。こんな地の底でもお前は祈るのか」
「自殺禍の彼方、空水彼方。私はあなたのことが嫌いですが、しかし、一度は諦めた知己との再会という可能性が顕在化したことは祝福に値します」
日本高校選手権ファンタジスタ部門第五位のプロゲーマー、天輪神威。
成績だけで言えばメダルに手が届かない順位だが、単独のスペックで言えば若手プロゲーマーの中でもズバ抜けている。何しろ、彼女はタッグマッチのバトルに常に単独で参戦しているのだ。そのハンデが対人戦闘、情報収集、戦略立案においてどれほど不利であるかは語るまでもない。
「嫌われたものだ。もしかして地区選手権打ち上げをまだ根に持っているのか? お前がもつ煮込みを頼むかクリームコロッケを頼むかで三十分も悩んでいる間に、私と立夏が一つずつ頼んで品切れにしてしまったことを」
「違います。そんなことで人を嫌うほど私は幼稚な人間ではありませんし、帰ったあとに自分で両方作って食べました。しかしあくまでも戯画的な解釈として、あなたが他人の可能性を躊躇なく略奪する性質の表現と見るのであれば、確かにそれは私があなたを嫌う理由の一つです」
「私はお前を嫌ってはいないし、むしろ同業者として一目置いているつもりだが。しかし今はそんなことより聞きたいことがある」
今、過去を懐かしむ会話が成立していることがどれほどの異常事態かを彼方は正しく認識していた。
神威はローチカや桜井さんとは明らかに違う。神威にはこの世界に来る以前の話が通じる。神威は今ここにいる彼方を知り合いの彼方として認識しているし、彼方もまたこの神威はあの見知った神威であると確信する。
「お前も生体印刷されてここに来たのか?」
「生体印刷されて来る? ああ、そういう経路もあるのですか」
「経路?」
「それもまた一つの有り得た可能性です。現実に取り得る経路は一つだとしても、その背後には無数の可能性が潜在している故。あなたと違って、私にはそれが手に取るようにわかります」
「確かに可能性の探索にかけてはお前に並ぶゲーマーはいない。しかしその使い方も良し悪しではあるだろう」
誰が呼んだか、神威のプレイスタイルは「可能性フェチ」という評価に集約される。
神威は可能性として有り得る事態を無数に並行して考え、実況解説に予知とまで言わしめる超人的な先読みを可能にする。
ナイフ一本で完全武装した敵を相手取り、無数の可能性の中から一つの勝ち筋を探して何時間でも渡り合う。そのしつこさはと言えば、口の悪い選手は神威のことをヒルやタコに喩えるほどだ。
異常な粘りによる針に糸を通すような逆転はドラマチックでもあり、比較的コアなゲーマーからの人気が高いことにも頷ける。彼方が全裸になるまで撃ち合った相手もこの神威だ。
しかし彼方が見る限り、日本選手権クラスの高レベル帯ではそれはむしろ神威の悪癖と言って差し支えなかった。
何故なら分の悪い戦場には見切りを付けて早々に離脱することも一つの戦略だからだ。バトルロイヤル方式で最終的に勝ち残ればいいのだから、他の誰かが倒してくれることに期待して戦場が整理された頃に戻ってくればいい。
だというのに、神威は交戦を始めたら自分か相手が倒れるまで単身で馬鹿正直に戦い抜いてしまう。神威が高いポテンシャルに見合うだけの総合勝率を出せていない理由には明らかに大局的な視点の欠落があると彼方は見ていた。
「ちょうどいい機会だ。一度はっきり聞きたかったことがある。お前は何故コンマ数パーセントの勝ち筋にこだわる戦い方をする? お前は自分の敗因に気付けないほど無能なプレイヤーではないはずだ」
「私にとって、遊戯の目的とは無数の可能性を探索することだからです。勝つために可能性を選択するのではなく、可能性を選択した結果として勝利が付随します」
「しかし実際には勝利ではなく敗北を得ることもあるだろう」
「探索した可能性の総量に比べれば、最終的な戦績はそれほど重要ではありません。可能性への気付きは勝敗を超えて残る故」
「見解の相違だな。私にとっては勝者と敗者を完全に決定することがゲームにおける唯一絶対の原理だ。ゲームを終えたあとに残るのは一人の勝者という現実だけ。他の可能性など一つも残らないし残さない。だから私は終えたゲームを清算するために自殺する」
「相変わらずですね。いつでもあなたには負けと勝ちしかありません」
「ゲームとはすなわち勝利条件だ。その達成以外に目的は無い」
「このKSDですら、あなたは勝ちを目指す遊戯だと言うのでしょう」
「その通りだが、今回は先を越された。ラスボスを倒したのはお前のようだから。私にできるのは、こうしてエピローグのイベントパートでそれっぽい台詞を喋ることくらいだ」
「笑止千万です。まだ何も終わっていませんし、世界はそう簡単に終わらせてよいものではありません。そんなに勝ちたいのなら私が戦って差し上げましょうか?」
「何だと?」
神威が虹色の手掌を軽く撫でた。巨大な手が滑らかに動き、持ち上がる指先が彼方を挑発する。
「私が最後の戦闘編を担当しても良いと言っています。最後の敵に辿り着いたと思ったら裏面の敵がいたというような展開はよくあるでしょう。私たちは遊戯者同士だったのですから、遠慮することはありません」
「勝利条件は」
「特に捻る必要もないでしょう。体力を零にすること、すなわち対戦相手の殺害です」
「本気か? 私は手加減なしでお前を殺すぜ。お前の首に刀を突き付けたらそのまま刎ねる。ここがファンタジスタの仮想世界じゃなくてもだ。私はお前を友人だと思っているが、私がそんなことを気にしないのはお前もよく知っているはずだ。もし仮にお前が世界一の善人でノーベル平和賞受賞者で私の命の恩人だとしても私は絶対にお前を殺す。今ならまだ取り消してもいい」
「お構いなく。ファンタジスタではないことはむしろ好都合です。あなたの有害さは殺害に値する故」
「それこそ驚きだな、お前に私を殺せるのか。もっと宗教者らしい素朴なヒューマニストかと思っていたよ。お前のその、可能性フェチについて私は完全に理解しているわけではないが、私を殺したら私の可能性とやらが闇に葬られるんじゃないのか?」
「それはその通りです。しかし、あなたを排除して得られる可能性の総量はあなたが摘み取る可能性の総量よりも多いと言わざるを得ません」
「記憶にない糾弾だが、まさか、ファンタジスタで私に負けたプレイヤーとか私のファンが勝手に自殺しまくっていた件について私を責めているんじゃあないだろうな。彼らの自殺は私にとっても災難だった。むしろ簡単に死なないでくれと思っていたくらいなんだぜ」
「私が問題にしているのは計量された可能性の多寡だけです。望むと望まざるとに関わらず、あなたは死を撒き散らす台風の目です。何故かあなただけはこうして無事に立っていて、あなたが通ったあとにはいつだって大量の死体が転がっている」
「私は自殺者の保護者でも友人でもない。そこまで面倒を見ることはできない」
「自殺に限ったことではありません。あなたはこの世界ですら既に膨大な量の死を撒き散らしています。あなたはここに来るまでに山吹さんを何人殺しましたか?」
「誰だ?」
「日本選手権司会のお姉さんです」
「ああ、彼女、そんな名前だったのか。九十八人だったはずだ」
「百一人だね~。後ろから見てると、転落とかで地味に死んでた人がプラス三人」
立夏の訂正を聞きながら、彼方は足元に転がっている隣人の頭部を足先で蹴り飛ばした。
ヘルメットの下から見覚えのある顔が現れる。日本選手権で司会をしていた人気MCの山吹さんの顔。
だが、瞳は輝きを失って口は中途半端に空いている。生命活動を完全に停止した死体に特有の、生命という余剰の無い完結。何度も見てきた自殺者と同じ、ありふれた死体に過ぎない。
隣人が山吹さんであることは別に驚くべきことでもない。敵役である隣人のクローン兵も顔見知りの誰かであるという可能性を彼方が考えないわけがない。
ローチカたちから見ればこの世界で山吹さんは人間を裏切って隣人に協力したリーダーとかだったのかもしれないし、彼方たちから見れば誰でもいいNPC枠にたまたま司会のお姉さんが収まった程度のことなのかもしれない。
いずれにせよ、彼方にとって重要なのは山吹さんと同じ外見のキャラクターが敵であるということだけだ。その意味や真相など、気が向いたときに考えればいいオマケでしかない。
「山吹さんをこんなに射殺する必要はありましたか? あなたの腕前なら、脊髄を破壊せずに強化兵装だけ停止させて無力化することも出来たはずです」
「KSDでの獲得スコアは射殺したときの方が高い。そもそも彼女たちは私に襲いかかってきた敵だ。私が敵をどう捌こうが私の自由だ。殺し合いに参加したのに殺されたくないというのは筋が通らない。お前が何に怒っているのかいまいちよくわからない」
「あなたが祈らないことに、死者の可能性への敬意が全く欠落していることにです。確かに、勝負に勝者と敗者がいるのは事実ですし、敵を殺すなと言っているわけではありません。私とて無数の遊戯者を倒してきましたし、この大敵を倒したのも私です。ですが、それはその行為に鈍感で良いことを意味しません。最良以外の可能性は棄却せざるを得ないとしても、むしろそれゆえに果たされなかった可能性は適切に弔う必要があるのです。あなたは殺した山吹さんから摘んだ可能性について一度でも思いを馳せましたか?」
「可能性を摘むだと? 冗談じゃない。勝負の場に立った時点で私も敵も未来の全てをベットしている。それは賭けられた時点でお互いの手を離れ、勝者が総取りするという誓いと共にテーブルに乗せられたんだ。あとはもう勝つしかない。賭けが終わってから後出しでごちゃごちゃ言うのは通らない」
「勝者が可能性を総取りすることは失われた可能性を考慮しないことを正当化しません。勝者にこそ顕在化しなかった可能性に対する敬意と祈りが必要です」
「そんなことをして敗者が喜ぶと思うか? 私はお前を殺したあとにお前の死体をその辺に放って捨てるだろうが、それはお前が嫌いだからじゃない。丁寧に埋めて葬ることに何の意味もないからだ。だがお前は私を殺したとして埋葬した墓前で祈るんだろう。私は望んでもいないのに!」
「ええ、私は最大の敬意を払います。今から殺されるあなたに対しても。可能性の名の下に、あなたを粛清します」
神威がゲーミング手掌を手の甲で打った。それがゲーム開始の合図。
そして声と同じくらい固く結ばれた口元。生まれてこの方、一度も笑ったこともないような冷えた表情で彼方を見下ろす。
「本来、生命が持つ可能性は常に無限です」
少女は立ち上がり、傍に立つ鳥居の柱を指で撫でる。その瞬間、鳥居全体に亀裂が入った。
無秩序な断裂ではない。ブロックを切り分けるような直線が一定間隔で切り分けるライン。線で腑分けされた各パーツが折り畳まれ、回転し、反転する。立体パズルを解くかのように、ガチャガチャと音を立てて鳥居の形が変わりゆく。
「しかしながら、現実に顕在化できる可能性はただ一つです。ある唯一のものが現実態となったとき、潜在していた可能性は永遠に葬られます。一の実現と無限の棄却は常に裏表」
ゲーミング神社はゲーミング手掌へと、つまり虹色に輝く巨大な手のオブジェへと変形した。神威の身体と同じくらい大きな手掌が後ろで恭しく手を立てた。片手で行う略式の合掌。
「だから私たちは祈らなければなりません。死産すらしなかった、無数の非存在たる可能性のために」
神託のような声が空間を満たす。巫女の癖に居酒屋の個室ですら懺悔室と聖堂に変えてしまう彼女のことを、彼方はよく知っている。
「オラクルの神威、天輪神威。こんな地の底でもお前は祈るのか」
「自殺禍の彼方、空水彼方。私はあなたのことが嫌いですが、しかし、一度は諦めた知己との再会という可能性が顕在化したことは祝福に値します」
日本高校選手権ファンタジスタ部門第五位のプロゲーマー、天輪神威。
成績だけで言えばメダルに手が届かない順位だが、単独のスペックで言えば若手プロゲーマーの中でもズバ抜けている。何しろ、彼女はタッグマッチのバトルに常に単独で参戦しているのだ。そのハンデが対人戦闘、情報収集、戦略立案においてどれほど不利であるかは語るまでもない。
「嫌われたものだ。もしかして地区選手権打ち上げをまだ根に持っているのか? お前がもつ煮込みを頼むかクリームコロッケを頼むかで三十分も悩んでいる間に、私と立夏が一つずつ頼んで品切れにしてしまったことを」
「違います。そんなことで人を嫌うほど私は幼稚な人間ではありませんし、帰ったあとに自分で両方作って食べました。しかしあくまでも戯画的な解釈として、あなたが他人の可能性を躊躇なく略奪する性質の表現と見るのであれば、確かにそれは私があなたを嫌う理由の一つです」
「私はお前を嫌ってはいないし、むしろ同業者として一目置いているつもりだが。しかし今はそんなことより聞きたいことがある」
今、過去を懐かしむ会話が成立していることがどれほどの異常事態かを彼方は正しく認識していた。
神威はローチカや桜井さんとは明らかに違う。神威にはこの世界に来る以前の話が通じる。神威は今ここにいる彼方を知り合いの彼方として認識しているし、彼方もまたこの神威はあの見知った神威であると確信する。
「お前も生体印刷されてここに来たのか?」
「生体印刷されて来る? ああ、そういう経路もあるのですか」
「経路?」
「それもまた一つの有り得た可能性です。現実に取り得る経路は一つだとしても、その背後には無数の可能性が潜在している故。あなたと違って、私にはそれが手に取るようにわかります」
「確かに可能性の探索にかけてはお前に並ぶゲーマーはいない。しかしその使い方も良し悪しではあるだろう」
誰が呼んだか、神威のプレイスタイルは「可能性フェチ」という評価に集約される。
神威は可能性として有り得る事態を無数に並行して考え、実況解説に予知とまで言わしめる超人的な先読みを可能にする。
ナイフ一本で完全武装した敵を相手取り、無数の可能性の中から一つの勝ち筋を探して何時間でも渡り合う。そのしつこさはと言えば、口の悪い選手は神威のことをヒルやタコに喩えるほどだ。
異常な粘りによる針に糸を通すような逆転はドラマチックでもあり、比較的コアなゲーマーからの人気が高いことにも頷ける。彼方が全裸になるまで撃ち合った相手もこの神威だ。
しかし彼方が見る限り、日本選手権クラスの高レベル帯ではそれはむしろ神威の悪癖と言って差し支えなかった。
何故なら分の悪い戦場には見切りを付けて早々に離脱することも一つの戦略だからだ。バトルロイヤル方式で最終的に勝ち残ればいいのだから、他の誰かが倒してくれることに期待して戦場が整理された頃に戻ってくればいい。
だというのに、神威は交戦を始めたら自分か相手が倒れるまで単身で馬鹿正直に戦い抜いてしまう。神威が高いポテンシャルに見合うだけの総合勝率を出せていない理由には明らかに大局的な視点の欠落があると彼方は見ていた。
「ちょうどいい機会だ。一度はっきり聞きたかったことがある。お前は何故コンマ数パーセントの勝ち筋にこだわる戦い方をする? お前は自分の敗因に気付けないほど無能なプレイヤーではないはずだ」
「私にとって、遊戯の目的とは無数の可能性を探索することだからです。勝つために可能性を選択するのではなく、可能性を選択した結果として勝利が付随します」
「しかし実際には勝利ではなく敗北を得ることもあるだろう」
「探索した可能性の総量に比べれば、最終的な戦績はそれほど重要ではありません。可能性への気付きは勝敗を超えて残る故」
「見解の相違だな。私にとっては勝者と敗者を完全に決定することがゲームにおける唯一絶対の原理だ。ゲームを終えたあとに残るのは一人の勝者という現実だけ。他の可能性など一つも残らないし残さない。だから私は終えたゲームを清算するために自殺する」
「相変わらずですね。いつでもあなたには負けと勝ちしかありません」
「ゲームとはすなわち勝利条件だ。その達成以外に目的は無い」
「このKSDですら、あなたは勝ちを目指す遊戯だと言うのでしょう」
「その通りだが、今回は先を越された。ラスボスを倒したのはお前のようだから。私にできるのは、こうしてエピローグのイベントパートでそれっぽい台詞を喋ることくらいだ」
「笑止千万です。まだ何も終わっていませんし、世界はそう簡単に終わらせてよいものではありません。そんなに勝ちたいのなら私が戦って差し上げましょうか?」
「何だと?」
神威が虹色の手掌を軽く撫でた。巨大な手が滑らかに動き、持ち上がる指先が彼方を挑発する。
「私が最後の戦闘編を担当しても良いと言っています。最後の敵に辿り着いたと思ったら裏面の敵がいたというような展開はよくあるでしょう。私たちは遊戯者同士だったのですから、遠慮することはありません」
「勝利条件は」
「特に捻る必要もないでしょう。体力を零にすること、すなわち対戦相手の殺害です」
「本気か? 私は手加減なしでお前を殺すぜ。お前の首に刀を突き付けたらそのまま刎ねる。ここがファンタジスタの仮想世界じゃなくてもだ。私はお前を友人だと思っているが、私がそんなことを気にしないのはお前もよく知っているはずだ。もし仮にお前が世界一の善人でノーベル平和賞受賞者で私の命の恩人だとしても私は絶対にお前を殺す。今ならまだ取り消してもいい」
「お構いなく。ファンタジスタではないことはむしろ好都合です。あなたの有害さは殺害に値する故」
「それこそ驚きだな、お前に私を殺せるのか。もっと宗教者らしい素朴なヒューマニストかと思っていたよ。お前のその、可能性フェチについて私は完全に理解しているわけではないが、私を殺したら私の可能性とやらが闇に葬られるんじゃないのか?」
「それはその通りです。しかし、あなたを排除して得られる可能性の総量はあなたが摘み取る可能性の総量よりも多いと言わざるを得ません」
「記憶にない糾弾だが、まさか、ファンタジスタで私に負けたプレイヤーとか私のファンが勝手に自殺しまくっていた件について私を責めているんじゃあないだろうな。彼らの自殺は私にとっても災難だった。むしろ簡単に死なないでくれと思っていたくらいなんだぜ」
「私が問題にしているのは計量された可能性の多寡だけです。望むと望まざるとに関わらず、あなたは死を撒き散らす台風の目です。何故かあなただけはこうして無事に立っていて、あなたが通ったあとにはいつだって大量の死体が転がっている」
「私は自殺者の保護者でも友人でもない。そこまで面倒を見ることはできない」
「自殺に限ったことではありません。あなたはこの世界ですら既に膨大な量の死を撒き散らしています。あなたはここに来るまでに山吹さんを何人殺しましたか?」
「誰だ?」
「日本選手権司会のお姉さんです」
「ああ、彼女、そんな名前だったのか。九十八人だったはずだ」
「百一人だね~。後ろから見てると、転落とかで地味に死んでた人がプラス三人」
立夏の訂正を聞きながら、彼方は足元に転がっている隣人の頭部を足先で蹴り飛ばした。
ヘルメットの下から見覚えのある顔が現れる。日本選手権で司会をしていた人気MCの山吹さんの顔。
だが、瞳は輝きを失って口は中途半端に空いている。生命活動を完全に停止した死体に特有の、生命という余剰の無い完結。何度も見てきた自殺者と同じ、ありふれた死体に過ぎない。
隣人が山吹さんであることは別に驚くべきことでもない。敵役である隣人のクローン兵も顔見知りの誰かであるという可能性を彼方が考えないわけがない。
ローチカたちから見ればこの世界で山吹さんは人間を裏切って隣人に協力したリーダーとかだったのかもしれないし、彼方たちから見れば誰でもいいNPC枠にたまたま司会のお姉さんが収まった程度のことなのかもしれない。
いずれにせよ、彼方にとって重要なのは山吹さんと同じ外見のキャラクターが敵であるということだけだ。その意味や真相など、気が向いたときに考えればいいオマケでしかない。
「山吹さんをこんなに射殺する必要はありましたか? あなたの腕前なら、脊髄を破壊せずに強化兵装だけ停止させて無力化することも出来たはずです」
「KSDでの獲得スコアは射殺したときの方が高い。そもそも彼女たちは私に襲いかかってきた敵だ。私が敵をどう捌こうが私の自由だ。殺し合いに参加したのに殺されたくないというのは筋が通らない。お前が何に怒っているのかいまいちよくわからない」
「あなたが祈らないことに、死者の可能性への敬意が全く欠落していることにです。確かに、勝負に勝者と敗者がいるのは事実ですし、敵を殺すなと言っているわけではありません。私とて無数の遊戯者を倒してきましたし、この大敵を倒したのも私です。ですが、それはその行為に鈍感で良いことを意味しません。最良以外の可能性は棄却せざるを得ないとしても、むしろそれゆえに果たされなかった可能性は適切に弔う必要があるのです。あなたは殺した山吹さんから摘んだ可能性について一度でも思いを馳せましたか?」
「可能性を摘むだと? 冗談じゃない。勝負の場に立った時点で私も敵も未来の全てをベットしている。それは賭けられた時点でお互いの手を離れ、勝者が総取りするという誓いと共にテーブルに乗せられたんだ。あとはもう勝つしかない。賭けが終わってから後出しでごちゃごちゃ言うのは通らない」
「勝者が可能性を総取りすることは失われた可能性を考慮しないことを正当化しません。勝者にこそ顕在化しなかった可能性に対する敬意と祈りが必要です」
「そんなことをして敗者が喜ぶと思うか? 私はお前を殺したあとにお前の死体をその辺に放って捨てるだろうが、それはお前が嫌いだからじゃない。丁寧に埋めて葬ることに何の意味もないからだ。だがお前は私を殺したとして埋葬した墓前で祈るんだろう。私は望んでもいないのに!」
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