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第6章 ほとんど宗教的なIF
第28話:ほとんど宗教的なIF・4
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戦車に内蔵された補給用の投擲板から、サッカーボール大の物体が打ち出された。
立夏が作り上げたそれが宙を舞う。戦車から大きく山なりに、彼方の頭上を超えて神威を目がけて。
これは飛び道具や爆弾の類ではない。攻撃力など一切ないが、それでもこれ一つで神威を殺すのには十分だと彼方と立夏は確信していた。
「!」
それは死体人形!
山吹さんの死体の断片を生体印刷機でパッチワークした、限りなく悪趣味なネクロドール。
頭部と胴体が同じサイズの二頭身。首から上だけの顔面は瞼と口元が緩やかな曲線状に癒着させられ、ピエロのように不気味な笑顔が形作られている。鼻はいくつかの肉をまとめて接合させ、西洋人形のように高い鼻骨を表現していた。悲惨な顔面にそぐわず、髪の毛だけが丁寧に短い三つ編みに編まれているのが却って奇妙で、不均衡の醜さを演出する。
胴体は太ももの一部が使われている。本来頭を支える部位ではないはずが、生体印刷機で癒着されて寸胴な身体を構成していた。股間に当たる部位、すなわち太もも断面は修復せずに切りっぱなしだ。血の赤と脂肪の黄色が滴り、下痢か経血が垂れ流しになっているように見える。
手足も胴体に接着されているが、手首や足首から先の部分だけだ。全体の頭身に合わせた短い四肢がファンシーさを記号だけ象っている。
無理矢理笑顔を作られた頭部、血肉滴る太ももの胴体、そして四本の短い手足。まるでぬいぐるみのようなデフォルメされた意匠が限りなくキッチュでグロテスク。
彼方ですらネクロドールの完成度には苦笑いが漏れる。こんなものを即席一分で作り上げる立夏のセンスはどうなっているのか。さすが眼球に花を植えているだけのことはある。
「……!」
山吹ネクロドールを視認した神威の行動が停止する。視線が引き付けられて呆然と口が開く。神威が持つ注意の全てが宙を舞う死体に注がれる。
神威の意識は手元と彼方から完全に離れた。反射的に両手を合わせそうになる。今まさに攻撃しかけていた鎌を取り落とし、両手を合掌しようとしてしまう。
これは神威への渾身の嫌がらせだ。神威が絶対に無視できないこと、何よりも許せないこと。それは死体に敬意を払うことの反対、つまり死体に凌辱の限りを尽くすことだ。
神威は弄ばれた遺体を無機物として見られない。理不尽な人の死を見ればその無念に思いを馳せ、果たされなかった生を祈らずにはいられない。
彼方と立夏にとってそれは全く美点ではない。単なる隙と弱点だ。こうして攻略に利用する程度の!
「敵から目線を離すな」
彼方は残り十メートルを三歩で詰めた。ようやく意識を戻した神威が汎将に手を伸ばすが、もう遅い。
たとえ右腕を失っていようが、相手が汎将を扱える神威であろうが、戦闘中に完全な空白を作った敵に負ける彼方ではない。敵に集中するのはゲームにおける最低条件だ。それを満たさない者はあらゆる意味で敵ではない。
僅か数十センチの間合い。彼方は神威の顎を目がけ、残った左手で掌底を放った。神威は両手を胸の上に運んで受けの姿勢を作る。
汎将を拾うより防御に回ることを優先した、その判断は誤ってはいないが正しくもない。いずれにしても結果は変わらないから。
受け止められる直前で彼方は左手を引っ込めた。代わりに音速の膝蹴りが防御ごと神威の顎を打ち抜いた。
そして残った左腕一本を軸にして、逆立ちするように下半身を地面から巻き上げる。両足で神威の頭部を挟み込んで地面に引き倒す。
仰向けに倒れた神威を踏みつけて動きを封じ、左手で銃口を額に押し付けた。汎将は地面に転がって元の正二十面体に戻った。
「ゲームセット。決まり手がフランケンシュタイナーというのも気が利いているだろう。もっともこの世界にプロメテウスはいないし、ネクロドールに生命が再び吹き込まれることなど有り得ないわけだが」
「最低ですね。死者を冒涜する者にどんな世を歩く資格もありません」
「お前と善悪を論じる気はない。私のゲームルールに倫理は組み込まれていないからだ。私とお前はこのゲームの勝利条件は相手の殺害であることを合意した。だったらそれが唯一のルールだ。決めた目的を達成するためなら何をしてもいい。お前を殺してこのゲームは終わりだ」
銃口にかけた指に力が入る。
彼方とて、これが殺人だということを全く考えていないわけではない。つまり彼方は本当に人を殺すのは初めてで、今ならまだ引き返せるということが頭に浮かばないわけではない。
確かに彼方は山吹さんを山ほど殺してきたが、この世界にいる山吹さんは無数にいるクローンだ。血肉が通っているとはいえ大した意志を持たない自動機械のようなものかもしれないし、山吹さんはゲームデータか何かで本当は生き物ではないという可能性もまだ残ってはいる。
だが目の前にいる神威はそうではない。彼女は間違いなくかつて共にゲームをプレイした知り合いだ。ここがどこであろうと、彼方と神威の関係は世界を貫いて存続していた。今ここで神威を殺すことはそれを永久に終わらせることなのだ。
「さよなら、神威。お前は良い敵で、これは良いゲームだった。お前を殺してこの世界も終わらせる」
引き金にかけた指がことのほか軽いことに自分でも少し驚く。やはり設定した勝利条件を達成することがゲームであり、それより優先される行動原理など一つもありはしない。自分の信条は間違っていない。
彼方が銃の引き金を引いたのと、神威が両手を合わせたのは同時だった。火薬が弾ける音が炸裂する。
立夏が作り上げたそれが宙を舞う。戦車から大きく山なりに、彼方の頭上を超えて神威を目がけて。
これは飛び道具や爆弾の類ではない。攻撃力など一切ないが、それでもこれ一つで神威を殺すのには十分だと彼方と立夏は確信していた。
「!」
それは死体人形!
山吹さんの死体の断片を生体印刷機でパッチワークした、限りなく悪趣味なネクロドール。
頭部と胴体が同じサイズの二頭身。首から上だけの顔面は瞼と口元が緩やかな曲線状に癒着させられ、ピエロのように不気味な笑顔が形作られている。鼻はいくつかの肉をまとめて接合させ、西洋人形のように高い鼻骨を表現していた。悲惨な顔面にそぐわず、髪の毛だけが丁寧に短い三つ編みに編まれているのが却って奇妙で、不均衡の醜さを演出する。
胴体は太ももの一部が使われている。本来頭を支える部位ではないはずが、生体印刷機で癒着されて寸胴な身体を構成していた。股間に当たる部位、すなわち太もも断面は修復せずに切りっぱなしだ。血の赤と脂肪の黄色が滴り、下痢か経血が垂れ流しになっているように見える。
手足も胴体に接着されているが、手首や足首から先の部分だけだ。全体の頭身に合わせた短い四肢がファンシーさを記号だけ象っている。
無理矢理笑顔を作られた頭部、血肉滴る太ももの胴体、そして四本の短い手足。まるでぬいぐるみのようなデフォルメされた意匠が限りなくキッチュでグロテスク。
彼方ですらネクロドールの完成度には苦笑いが漏れる。こんなものを即席一分で作り上げる立夏のセンスはどうなっているのか。さすが眼球に花を植えているだけのことはある。
「……!」
山吹ネクロドールを視認した神威の行動が停止する。視線が引き付けられて呆然と口が開く。神威が持つ注意の全てが宙を舞う死体に注がれる。
神威の意識は手元と彼方から完全に離れた。反射的に両手を合わせそうになる。今まさに攻撃しかけていた鎌を取り落とし、両手を合掌しようとしてしまう。
これは神威への渾身の嫌がらせだ。神威が絶対に無視できないこと、何よりも許せないこと。それは死体に敬意を払うことの反対、つまり死体に凌辱の限りを尽くすことだ。
神威は弄ばれた遺体を無機物として見られない。理不尽な人の死を見ればその無念に思いを馳せ、果たされなかった生を祈らずにはいられない。
彼方と立夏にとってそれは全く美点ではない。単なる隙と弱点だ。こうして攻略に利用する程度の!
「敵から目線を離すな」
彼方は残り十メートルを三歩で詰めた。ようやく意識を戻した神威が汎将に手を伸ばすが、もう遅い。
たとえ右腕を失っていようが、相手が汎将を扱える神威であろうが、戦闘中に完全な空白を作った敵に負ける彼方ではない。敵に集中するのはゲームにおける最低条件だ。それを満たさない者はあらゆる意味で敵ではない。
僅か数十センチの間合い。彼方は神威の顎を目がけ、残った左手で掌底を放った。神威は両手を胸の上に運んで受けの姿勢を作る。
汎将を拾うより防御に回ることを優先した、その判断は誤ってはいないが正しくもない。いずれにしても結果は変わらないから。
受け止められる直前で彼方は左手を引っ込めた。代わりに音速の膝蹴りが防御ごと神威の顎を打ち抜いた。
そして残った左腕一本を軸にして、逆立ちするように下半身を地面から巻き上げる。両足で神威の頭部を挟み込んで地面に引き倒す。
仰向けに倒れた神威を踏みつけて動きを封じ、左手で銃口を額に押し付けた。汎将は地面に転がって元の正二十面体に戻った。
「ゲームセット。決まり手がフランケンシュタイナーというのも気が利いているだろう。もっともこの世界にプロメテウスはいないし、ネクロドールに生命が再び吹き込まれることなど有り得ないわけだが」
「最低ですね。死者を冒涜する者にどんな世を歩く資格もありません」
「お前と善悪を論じる気はない。私のゲームルールに倫理は組み込まれていないからだ。私とお前はこのゲームの勝利条件は相手の殺害であることを合意した。だったらそれが唯一のルールだ。決めた目的を達成するためなら何をしてもいい。お前を殺してこのゲームは終わりだ」
銃口にかけた指に力が入る。
彼方とて、これが殺人だということを全く考えていないわけではない。つまり彼方は本当に人を殺すのは初めてで、今ならまだ引き返せるということが頭に浮かばないわけではない。
確かに彼方は山吹さんを山ほど殺してきたが、この世界にいる山吹さんは無数にいるクローンだ。血肉が通っているとはいえ大した意志を持たない自動機械のようなものかもしれないし、山吹さんはゲームデータか何かで本当は生き物ではないという可能性もまだ残ってはいる。
だが目の前にいる神威はそうではない。彼女は間違いなくかつて共にゲームをプレイした知り合いだ。ここがどこであろうと、彼方と神威の関係は世界を貫いて存続していた。今ここで神威を殺すことはそれを永久に終わらせることなのだ。
「さよなら、神威。お前は良い敵で、これは良いゲームだった。お前を殺してこの世界も終わらせる」
引き金にかけた指がことのほか軽いことに自分でも少し驚く。やはり設定した勝利条件を達成することがゲームであり、それより優先される行動原理など一つもありはしない。自分の信条は間違っていない。
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