ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第8章 いまいち燃えない私

第37話:いまいち燃えない私・1

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 地平線を埋め尽くすオークの群れ!
 無数の目がギラギラと血走る。緑色の肌に赤い血管が浮かび上がり、激情のあまりに破裂して出血しているものすらいる。どの口も泡を立てて何事かを喚いている。
 言葉にならない叫び声はきっと彼らの間ですら意味を持つ言語ではないだろう。全ての音階が殺意で塗り潰された、言語以前の絶叫。

「はあ~……」

 彼方は突撃してくる軍勢の前で大きく両手を広げた。騒乱を眺めて大きく深呼吸する。
 オークが撒き散らす悪臭が鼻腔を満たす。まるで温泉地に漂う硫黄の香りのように、剥き出しの殺意が脱力した全身をぽかぽかと温める。
 発狂した声は全身を揺らす心地よいサウンドだ。不安もストレスも一気に吹き飛び、澄み切った頭では世界の全てが輝いて見える。
 長い髪を後ろで縛る。右手にはサバイバルナイフ、左手にはメリケンサック。
 群れの尖兵が唸りを上げて棍棒で殴りつけてくる。正面から左ストレートで迎え撃つ。棍棒は綺麗に砕け散り、そのまま右手でナイフを添えた。
 刃先をオークの腕に突き刺して抉る。骨に沿って押し切る。魚をおろすように太い筋肉を切り裂き、刃先を関節に捻じ込んだ。こじあけた可動部を膝蹴りでへし折ると、前腕が身体から外れて落下した。
 千切れた腕を軍勢に向けて蹴り飛ばす。無駄に解体してみせたのはオークどもの激昂を煽るためだが、効果があったかどうかはわからない。なにせ、テンションはずっと前から最高潮なのだ。
 振りかぶった棍棒が彼方の頭上で火花を散らす。的の小さい彼方を目がけて何人もが全力で棍棒を振り抜くものだから、同士討ちになってバタバタと倒れる。
 しかしそれは彼らの勢いを落とすどころか、ますます狂乱を搔き立てるばかりだ。何があろうと減衰しない殺意。彼らは地の果てまでも彼方を追跡し、足が擦り切れるまで永劫に追い続けるだろう。

「はあ……」

 しかし、早くも彼方の身体には悪寒が走る。それは予兆だった。何の? 飽和の!
 この興奮は保って三分だろうという予感、そしてそれを最後に自分が関心を失うだろうという予感。
 今はまだ熱中のさなかにあるとして、その賞味期限を正確に把握できてしまっているのなら、それはもう部分的には終わっているのではないか。客観視できないはずのことが何故か出来てしまって不可知な確信を持っているとき、それはだいたい当たるのだ。
 例えば明晰夢がそうであるように。

「わかっているさ、これが夢だということくらい。本物のオークはこんなに私に殺意を向けてくれないし、こんなに強くもない」

 もうだめだ。これが夢だと気付いてしまった。
 そもそも空は真っ赤に染まる原色で、地面には骸骨が積み重なっている。これは彼方自身の空想の産物。
 いよいよ興奮が減速し、夢から醒めた夢がもうどうなろうが知ったことではない。所詮、夢は自分の意識の残骸をパッチワークしたものでしかない。
 元から頭にある限りの出来事しか起こらない。それが想像力の限界だ。イメトレだけで強くなれるなら誰も苦労はしない、だからこそ成長には優れた競争相手が必要なのだ。

「……?」

 だが、彼方は忘れていた。
 他人の夢という不可侵領域にこそ襲来する異分子を。意識の空隙から、次元の狭間から、因果の断裂から、世界の外側から。何の脈絡もなく、予想すら許さないようなやり方で。
 彼方がそれを思い出したのは、赤い空に虹色のインクが飛び散ったからだ。
 虹色の墨をたっぷり含ませた筆を叩き付けたように、大きく歪んだ点が空に刻まれる。ビチャビチャと飛び散ったインクがコートの裾の内側にも付着して虹色の輝きを放つ。
 虹のインクがずるりと空を舐めて荒い軌道で円周を描いた。筆先は円周の内側へとぐるぐると回転し、螺旋状に内側を塗り潰す。
 そして丸い虹の落書きの中央に罅が入り、ガラスのように亀裂が広がっていく。

「あいやーっ!」

 虹の平面を蹴り破って現れた侵入者は、そのままオークを蹴り飛ばした。
 オークがコメディ映画のようにくるくると回転しながら空中へ吹っ飛んでいく。彼方だけに向いていたオークの注意が初めて離れ、その少女に視線が集まった。

「おお?」

 深いスリットの入った真紅のチャイナドレスを纏う少女。どこかコミカルな動きで、チャイナシューズが元気よく骸骨の地平に降り立った。
 ドレスの至るところに刻まれた純金のラインと金房の装飾は成金趣味と貴族的のどちらとも捉え難い。肩から先の袖はやたら長くて大きく、彼女の手の先は長い袖に巻き込まれて見えなくなっていた。髪の両サイドを丸い髪飾りで止めた彼女は片手を顎に当て、オークたちを見渡して首を傾げる。
 仲間が吹き飛ばされたことを受け、オークの群れは今度はチャイナガールへと殺到していく。

「うわっ、何するかーっ」

 チャイナガールは迫るオークに慌てた素振りで手を当てた。
 瞬間、触れたオークが空へと巻き上がっていく。彼方のように力任せに直線で吹き飛ばすのではなく、くるくると回転しながら放物線を描いて空を舞うのだ。
 これが力のベクトルを自在に操作する技術の本家。彼方の似非は助走の勢いを付けないと使えないが、彼女はゼロ距離からのノーモーションでも相手を吹き飛ばせる。

「あいあい、お片付けあるな」

 迫るオークを次々に空に飛ばし、自らが現れたゲートの中へと放り込んでいく。ゲートの縁は虹色に輝いているが、内側は星一つない漆黒の空間だ。オークの身体が境界を超えた途端に黒く染まって全く見えなくなる。
 オークを全て片付けると、少女はまたくるくると腕を回して黒い円を虹色で塗り潰した。
 そして虹の鏡面を拳で叩き割る。破片だけがキラキラと宙に舞い、後には何も残らなかった。

 少女はパンパンと二回手を叩き、彼方に向かって両拳を突き合わせて軽く頭を下げた。

「あいやー、おひさーあるね」
「なんだ、チョウか」
「なんだとは何あるかーっ」
「こうも行く先々で知り合いと会うとはな。世界は狭いどころじゃない」

 チョウ睡蓮スイレン。日本高校選手権決勝最下位の女子高生プロゲーマー、つまり彼方の元同業者だ。
 ふざけた言動と挙動はコメディリリーフのように見えて、近接戦闘にかけては達人中の達人。純粋な身体能力だけで最近接距離から彼方をするりと無力化できるプレイヤーは趙一人しかいない。趙が日本高校選手権を最下位で終えたのも決して実力が足りなかったからではない。
 趙は買収の受付を公言している唯一のプロゲーマーなのだ。
 趙は日本高校選手権決勝でも七桁円で買収を公募し、自分の選手をなんとしても勝たせたいどこかのスポンサーがその額を支払い、そして趙は約束通りに試合開始直後にサレンダーを宣言した。
 もちろんその後は批判の嵐を浴びたが、謝罪配信と称したカラオケ生配信でけっこうクオリティの高いダンスを歌って踊って全部有耶無耶にしてしまった。
 彼方は買収を良いとも悪いとも思わない。買収はゲーム以前の振る舞いの問題であり、趙の生き方にまで口出しするつもりはない。そして趙の滅茶苦茶な買収公募が成立してしまうのは彼女の実力が広く認められていることの証明でもあり、それは彼方も例外ではない。
 ただ、趙ほどの実力者と大舞台で戦えなかったことを勿体ないとは思っていた。再戦はいつでも吝かではない程度には。

「人の夢に踏み込んでおいて無料ということもないだろう。オークの代わりにお前がやるか?」
「んあ?」

 彼方が拳を向けたとき、趙は仰向けに寝っ転がってストローからジュースを啜っていた。
 身体は水着だし、真っ白いビーチチェアの上で横たわって、顔にはサングラスまでかけている。

「おい、人の夢の中で好き勝手しやがって」
「リビングインメトロポリスあるな。どぞどぞ、ウェルカムあるある」

 彼方の視線を全く意に介さず、趙は切ったオレンジが淵に刺さった赤いジュースを差し出してきた。
 彼方は溜息を吐いてそれを受け取る。そういえば、趙が糾弾されたときに出す釈明動画には水着で踊るバリエーションもよくあった。こう見えて実は脱ぐとかなりスタイルがいい。

「どうせお前は不法侵入者なんだろう。私が見ている夢も私が創造したローカルな世界に過ぎない。だったら貫存在トランセンドの誰かがアクセスできても不思議じゃない。VAISがファンタジスタに不法侵入してくるのと同じだ」
「バタフライズドリームあるね」
「その通り。私が夢だと思っているだけだ。こんなもの」

 ざぶーんと波が立つ音がした。
 見れば赤い液体が、文字通りの血の海が骸骨の地面に押し寄せてきている。足元もじゃりじゃりしてきた、転がる骸骨が風化して砂状になり始めているのだ。趙に影響されてロケーションが浜辺っぽくなってきている。
 彼方も馬鹿馬鹿しくなってビーチチェアにダイブして腰かけた。ストローを投げ捨て、ミックスジュースを喉に流し込む。
 いつの間にか彼方もいつものトレンチコートを脱いで上下セパレートの水着を着ている。黒い生地に藍色のラインが入ったかっこいい水着。かつて桜井さんがグッズの一環としてデザインしたものの記憶だ。

「あははははは……」
「待ってよーっ」

 視線の先には白いビキニを着て水をかけあう美少女が二人いる。ツバメとツグミだ。
 浅瀬でぱちゃぱちゃと水をかけあってはしゃぐ姿はアイドルのイメージビデオのようだが、その水は赤く染まった血液だ。じゃれつけばじゃれつくほど頭から血を浴びて凄惨な情景へと変わっていく。それでも彼女たちは楽しそうに丸いボールを投げ合っていた。

「お前は私が知っている趙本人だが、ツバメとツグミは私の記憶だろうな。あの二人は貫存在ではない」
「へえー、そういうのもわかるのね」
「あの二人は死んだはずだし、腐っても私の夢だからな。侵入者がずかずか踏み込んできて自殺者が楽しく遊んでいる、とんだ悪夢だが」
「汝の夢、我が来る前からどうせずっと悪夢だったあるな」
「一理ある。こう見えて私も色々参っているんだ」
「汝も大変あるなー」
「雑な相槌を打つタイミングが早いぞ。それは私が色々参っている内容を話してから出す相槌だ」
「汝も色々参っているのね」
「そうだよ」
「そこの女二人ーっ! 一緒に遊ぶあるーっ」
「聞けよ」

 趙が海に向かって叫び、ボールを打ち合っていた二人が血しぶきを伴って振り向く。
 赤い水で髪が肌に張り付いてしたたり落ちる。殺人鬼の双子のようだが、この二人はそれが却って美しい。立ち居振る舞いの一つ一つを切り出して静止画にしてしまうようなオーラがある。
 ツグミがこちらに向けて放ったボールを趙がレシーブした。ラリーを始めた二人をよそに、ツバメが話しかけてくる。

「初めまして! ちょうど私たちも二人だけで暇してたんです」
「よろしく。あまり初めましてという気もしないが、私は君と前にどこかで会ったことがあっただろうか?」
「あれ、さっそく口説かれてますか? もし一度会ってたらこんなにかっこいい方を忘れるはずないですよ」
「そうか。ありがとう」

 綺麗なウィンクを飛ばすツバメと握手すると、趙が横から顔を出した。指先でボールをしゅるしゅると回して一方的に宣言する。

「ツーオンツーでいいあるねー」
「何が」
「ビーチバレーに決まってある。公式ルールわかるか?」
「普通に遊ぶ程度なら」
「十分! ファンタジスタのスポーツラダーと同じね。長引くからデュースはなしで」
「コートもネットも無いが、まあ、夢の中だし作ればいいか」
「コートは我が作るあるよ」
「任せる」

 次の瞬間にはゲームのセッティングが完了していた。
 小さな頭蓋骨の上に引かれた白線、高いネット、誰も座っていない審判員席まである。四人の立ち位置まで初期配置された状態になっていた。趙&ツグミチームvs彼方&ツバメチームだ。

「便利だな、夢って」
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